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『ドキュメント豪雨災害』 [読書日記]

ドキュメント 豪雨災害――そのとき人は何を見るか (岩波新書)

ドキュメント 豪雨災害――そのとき人は何を見るか (岩波新書)

  • 作者: 稲泉 連
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/06/21
  • メディア: 新書
内容紹介
決壊する河川、崩壊する山々、危険をはらむ土砂ダム……。東日本大震災から半年後、紀伊半島を襲った台風は百名近くの犠牲者を生んだ。いったい何が起きたのか。どんな危険が身を襲ったのか。奈良県十津川村、和歌山県那智勝浦町の現場を、ノンフィクション作家が行く。豪雨のリスクに無縁な地は日本にはない。首都水没予測も含め、豪雨災害の実態を伝える迫真のドキュメント。

少し前に僕が新刊本の情報をどうやって仕入れているかについて少し述べたことがある。その時のご紹介した通り、僕のメジャーな情報源の1つはポケットラジオであり、ジョギングに出かける時に携行し、そこで聴いているラジオ番組で紹介された本を、図書館の順番待ちで登録しておくのである。

『ドキュメント豪雨災害』もそんな1冊。TBSラジオで平日午後10時から放送されている『荻上チキ Session 22』に著者の稲泉連さんが出演され、この本について紹介されたのをたまたま聴いた。本書でも紹介されている奈良県十津川村や和歌山県那智勝浦町の土石流災害は、2011年8月末から9月にかけて日本列島を襲った台風12号のことは、当時十津川村で起きた土石流による堰き止め湖が形成されていた映像が印象には残っているが、その被災規模の割にはその半年前に起きた東日本大震災や福島原発事故の影響が大きすぎて、堰き止め湖映像のインパクトの割には、その後もメディア等でのフォローがあまりなかった。正直なところ、久しぶりに聞いた話だ。

ラジオで本書の話を聞いて思ったのは、この災害には僕らが学ぶべき教訓やこれからの僕らの生き方に関する示唆があるのではないかということだ。機会があれば読んでみようかなと思い、しばらく図書館で順番が来るのを待ち続けていた。また、仕事の上でも「防災」は1つの重要なキーワードである割にはこれまで日本の自然災害に関する本をあまり読んだことがなく、この際だからちょっと勉強してみようかとも思った。

本書は大きく分けて3部構成。第1部では十津川村の山々の深層崩壊、第2部は那智谷の集中豪雨と土石流災害、第3部は高まる首都水没への備えについての考察となっている。第1部、2部は被災地での取材に基づいてまとめられている一方、将来のリスクに備えるという第3部は、取材だけでなく、かなりの文献調査も行っている。

東京の場合は、過去には荒川や利根川の氾濫による水没が何度か起きているらしいが、その後官学連携して防災のための様々な措置が講じられ、それらがそれなりに効力を発揮してきたことによって、1960年代以降大きな水害は起きてこなかった。その結果として、市民の災害への意識が薄れてしまい、これまでは地域に伝わっていた水害の記憶も、住民の転入転出が頻繁に起きて地域への参加意識が低い中で失われてきている。地域の中でどこに誰がいるか、何か起きたらどうやってどこに避難するか、そういった記憶が未だ残っており、有事の際には地域で団結できる力が残っていた前2者とは対照的だ。

書籍紹介にも書かれている通り、僕自身も本書は十津川村や那智勝浦町の土石流災害からの教訓の話が中心だと思っていたが、実際には首都圏のゼロメートル地帯の水没リスクの話が全体の半分ぐらいを占めており、著者の狙いは首都圏住民への注意喚起があったのかもしれないと思った。

ちょっと長いが、十津川村の村長の回想についての引用をここで挙げておく。
「260町歩の山がクエて、道路も至る所で寸断されたとき、我がの力だけでは何ともならない。多くの人たちの助けがなければ、災害を乗り越えることができなかった。以前から林業の六次産業化を謳い、何とか働く場所を作らなければならないと行政を進めてきました。そうしなければ、過疎と少子高齢化で村はダメになってしまう、と。そのなかで林業振興、観光振興を考えていくと、我が村の宝物と資源はやはり山しかないわけです。これまでずっと村の人たちが長い時間をかけて守ってきた山――その山を守るのが俺たちの使命なのだと痛切に思いました。」

「水や食料を分かち合って、日頃はいがみ合うてばかりいる土建屋の男たちも重機を自ら操作し、カギをつけっぱなしにして、道路も橋もみんな地元の人たちが力を合わせて応急処置をしてくれたんです。そうした彼らの姿に集落を回って触れたとき、この村には自然への感謝の気持ちやいざとなれば一致団結して力を合わせる十津川魂が、いまもちゃんと残っておったと気付かされた思いがしました。
 なら、それを守らないかん。こんな田舎を守ることが俺らの使命だ、と。とっくに薄らいでいると感じていたその意識がそれぞれの集落に残されていた。そのことが本当に嬉しかったし、今後の復興を考える上での大切な価値観にもつながっていくと思うんです。」(pp.46-47)

これと対照的なのが第3部の東京に関する記述である。著者は、東京都東部の歴史を調べていく中で、寺田寅彦の随筆「天災と国防」の一節を思い出すという。「ここで1つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増すという事実である」――寺田はこう述べた上で、さらに以下のように続ける。
 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである。災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。(中略)
 それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか、そのおもなる原因は、畢竟そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顚覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。(pp.160-161)

堤防やダムなどのハード対策が進んだことで、中小規模の洪水は確かに発生しなくなった。するとこれまでの水害常習地での水害が激減する一方、ときおり発生する災害のひとつひとつが大きくなっていく。
「ある規模までは影響がゼロで、来るときはドカンとくる。そうしたなかで、災害に慣れていない社会が形成されてきた結果、『まさかこんなところで』という言葉が何かが起こるたびに決まって出てくるようになったわけです。そして東京が非常に深刻なのは、内閣府の報告書にもあるように、利根川や荒川で決壊が起こると場所によっては数週間も水が引かないことです。急峻な日本では多くの地域の水害は水に浸かってもたいていは1日ですみますが、関東平野の江東・隅田などと淀川の下流だけは様相が異なり、長期間にわたって孤立状態が続くことが予想される。
 その意味では、なぜか高度成長期からバブル期までの間に雨も地震も大きなものがなく、平穏な時代が続いたことは決して幸運だったとは言えないと私は思っています。よく言われる『異常気象』について考える以前の問題として、平穏だった時代が自然災害に対する無関心、無経験につながってしまっているのが、現在の首都圏の抱える1つの課題でしょう」(pp.164-165)

日本政府は「防災」を世界中で普及させ、各国の政策に主流化させ、できうれば日本の優れた防災技術を売り込もうという取組みを進めている。が、一方で非常に大事だと思う日本の災害に関する教訓は、高度成長期の首都圏への人口集中により、工業用水と生活用水の両方の需要から、東京都東部では地下水の汲み上げを進めざるを得ず、それにより地盤沈下がさらに進んで、水害のリスクがさらに高まったということ。(但し、地盤沈下は大正から昭和初期にかけて既に進行している。)高度成長期は経済優先で、それに合わせて人もどんどん首都圏に流入し、元々は水はけが悪くて居住には向かないと見られていた東京都東部の土地もどんどん宅地造成されていってしまった。「成長」という錦の御旗の下では、住民が直面する将来のリスクに対する備えは後回しになり、「科学技術」で克服できるだろうという慢心にもつながったところはないだろうか。今まさに高度成長期を迎えているような世界の多くの国々では、「持続可能な開発」が叫ばれている中でも成長は持続させなければならない。そうしたところに、日本が高度成長期にちゃんとやっていなかったことについても、我々はそれを率直に認めて、日本の教訓として世界に発信していく必要があるのではないかと思える。

そして、そうした多くの国々では、「コミュニティ」というものが未だ残っている。いざとなれば地域の中で助け合うといったことは、日本の地方や中山間地なら今でも辛うじて見られるところだが、大都市になるとどうなんだろうか。大災害が起きてみないとわからない部分であるし、できればそんな大災害は起きて欲しくはない。自然災害の発生した時、コミュニティが機能することの意義、機能しなかった時の苦労を、教訓として国際社会と共有していくことも、日本には期待されているのではないだろうか。

読みながらいろいろと考えさせられる本だった。首都圏に住んでいる人には、一度読んでみることを強く勧めたい。

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