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『土の文明史』 [仕事の小ネタ]

土の文明史

土の文明史

  • 作者: デイビッド・モントゴメリー
  • 出版社/メーカー: 築地書館
  • 発売日: 2010/04/07
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
文明が衰退する原因は気候変動か、戦争か、疫病か?古代文明から20世紀のアメリカまで、土から歴史を見ることで社会に大変動を引き起こす土と人類の関係を解き明かす。
文明の興亡を、土壌の肥沃度と関連付けて論じた1冊。僕が自分の読書データを管理しているSNS「読書メーター」のサイトで、僕の読書記録を「お気に入り」登録して下さっている方が紹介されているのを見つけ、自分も読んでみることにしたものだ。その方が評価されていた通りで、相当面白い。いつの時代も、土壌の肥沃度維持能力を超えてまで農業生産を行ったら、短期的には収量をあげられても長期的には何も育てられない荒れ地になってしまうが、人類は世界各地でこの愚行を繰り返してきた。人口はこれからも増加が予想され、食料生産の必要性はこれまで以上に高まるが、市場に任せていたらこの愚行がまた繰り返される。有機栽培や不耕起栽培等、市場原理主義の米国ですら有効性が科学的に実証されている農法が、これからの15年、もっと普及していかないといけない。簡単に言ってしまうとそんなことが書かれているのだが、「文明史」と銘打っているだけに、実際に世界各地で栄え、そして滅んでいった文明の衰亡の経緯が、かなり網羅的に述べられている。

今の僕は、こうした文明の歴史がどうこうというよりも、今後15年の間に何が起こりそうかという興味から、この手の本を読むようにしている。勿論、僕らは歴史から学ばなければいけないことも多いわけで、過去に世界各地で起こったことから教訓を導き出し、同じ失敗を繰り返さない努力が必要だ。

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 最近の農務省の評価によれば、アメリカの耕地からの土壌侵食は、1992年の約30億トンから2001年の20億トンを少し切るまでに減少した。確かに相当な進歩だが、まだ土壌生成をはるかに上回っている。1990年代後半、インディアナ州の農場では依然として1トンの穀物を収穫するために1トンの土が失われていた。古代文明の土壌保全の努力がきわめて不十分で、いつも遅すぎたことを私たちは知っているが、それでも今もって先人の轍を踏もうとしているのだ。ただ今回、我々はそれを地球規模で行なっている。
 地球全体で、中程度から極度の侵食により、1945年以来12億ヘクタール―――中国とインドを合わせた面積―――の農地が劣化している。ある推定によれば、過去50年間に利用され、放棄された農地の面積は、現在耕作されているものに等しいとされる。国連は、全世界の耕地の38パーセントが第2次世界大戦以降、ひどく劣化していると推定している。毎年世界中の農場から750億トンの土壌が失われている。土壌侵食の世界的な影響に関する1995年のある調査は、土壌侵食と土地の劣化で毎年1200万ヘクタールの耕地が消えていると報告した。これは、年間の耕地の喪失が、利用可能な土地の総面積のほぼ1パーセントであるということだ。これは明らかに持続可能ではない。
 世界的に見て、平均年間1ヘクタールあたり10ないし100トンの耕地の侵食で、土壌は生成されるより10倍から100倍速く失われる。農耕が始まってから現在までに、世界中で潜在的に耕作可能な土地の1/3近くが侵食によって喪失し、そのほとんどが過去40年以内に起きている。1980年代後半、オランダ主導で行なわれた世界規模の土壌侵食アセスメントにより、かつて農地だった約20億ヘクタールの土地で、もう作物が育たないことがわかった。それだけの土地があれば数十億人に食糧を供給できる。私たちは失うことのできない泥を使い果たそうとしている。(p.238)

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 土壌侵食は古代社会を破壊し、そして現代社会を根底から蝕みうるという無視できない証拠があるのは確かだが、地球規模の土壌危機と食糧不足の切迫を警告する声の中には、誇張されたものもある。1980年代初頭、農業経済学者レスター・ブラウンは、現代文明はは石油より先に泥を使い果たしてしまうだろうと警告した。こうした不安を煽る予言がこの数十年当たらなかったことから、土壌侵食が食糧安全保障を危うくする可能性を、頭の古い資源経済学者は軽視した。しかし、侵食は土壌を農地から生成されるよりも速く奪い去ってしまう以上、そのような考え方は先見性を欠いている。土壌喪失が重大な危機となるのは2010年か2100年かを議論するのは的はずれである。
 世界の貧困撲滅が遅々として進まないことに対してはさまざまな理由づけがなされているが、貧困が深刻な地域はほとんどすべて、環境が悪化していることで共通している。土地の生産能力が衰えると、土地に直接依存して生計を立てている者たちがもっとも影響を受ける。土地の劣化は経済的、社会的、政治的作用を原因とするが、一方でそれらの作用の原動力でもある。開発途上国において、土地劣化はますます貧困の元凶となっている。現実的に考えて、貧困撲滅は土地劣化をさらに進めるような方法では達成できない。(p.240)

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 今日、中国の耕地面積1億3000万ヘクタールの約1/3は、水や風に著しく侵食されている。黄土高原の侵食速度は20世紀中にほとんど倍増した。この地域は現在、平均して年間15億トン以上の土壌を失っている。文化大革命時に労働力を集中して段々畑を作り、そのための黄河の土砂量は半分になったが、にもかかわらず黄土高原では丘陵地帯の優に半分が表土を失っている。
 1950年代から70年代にかけて、中国は1000万ヘクタールの耕地を侵食で失った。中国南部の土壌の20~40パーセントはA層位(註:いちばん肥沃度が高い地層)を喪失し、土壌有機物、窒素、リンを最大90パーセント減らしている。化学肥料の使用量が増えているにもかかわらず、中国の作物生産量は1999年から2003年の間に10パーセント以上低下した。中国で農地が払底し始め、10億の国民が食糧をめぐって隣人といさかいを始めたらどうなるか、考えると気が気ではない。(p.248)

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 意外なことではないが、農業と化学肥料を集約的に用いた農業が、世界の貧しい人々に食糧を与えるために必要だとアグリビジネスは言っている。しかし、約10億人が日々飢えていようとも、工業的農業は答えではないかもしれない。過去5000年にわたり、人口は食糧供給能力と足並みを揃えてきた。ただ食糧生産量を増やすだけではこれまでうまくいかなかったし、人口増加が続くかぎりこれからもうまくいかないだろう。国連食糧農業機関は、すでに地球上の人間すべてに1日3500カロリーを与えられるだけの作物が生産されていると報告している。1人あたり食糧生産量は1960年代以降、世界の人口よりも速く増加している。世界から飢餓がなくならないのは、農業生産能力の不足よりも、食料事情の不平等や分配の社会的問題、経済が原因なのだ。
 世界の飢餓がこれほどまでになった理由の1つが、工業化された農業が地方の農民を追いだし、十分な食物を買う余裕のない都市の貧困層に加わらざるを得なくしていることだ。多くの国で、旧来の農地の多くが自給農業から付加価値の高い輸出作物を栽培するプランテーションへと転換された。自分の食糧を作る土地のない都市の貧困層は、食料が売られていても、たいていの場合十分に買う金がない。
 アメリカ農務省は、国内で毎年使われてる化学肥料の約半分が、表土の侵食で失われた土壌栄養分を補充しているだけだと推定している。このことは、化石燃料(今までに発見された中で地質学的にもっとも希少でもっとも便利な資源の1つ)を消費して、泥(考えうるもっとも安くどこにでもある農業資源)の代用品を供給するという異様な立場に私たちを立たせることになる。(p.274)

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 長年の研究で、有機農業はエネルギー効率と経済的利益を共に高めることが明らかになっている。問題は私たちが有機でやっていかれるかどうかではない、とだんだん思われるようになってきた。長期的に見れば、アグリビジネス関係者が言うこととは裏腹に、そうしなければやっていかれないのだ。有機農法の要素を取り入れることで、環境および経済の観点から、従来の農業慣行を大きく改善できる。近年のいくつもの研究は、有機農法が長期的に土壌肥沃度を維持するだけでなく、短期的にも費用効果を高められることを報告している。(註:この後、幾つかの研究成果が紹介されている。)(p.284)

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 ヨーロッパの研究者も、有機農場はより効率的で土壌肥沃度を損ないにくいと報告している。21年にわたる収穫高と土壌肥沃度の比較では、有機の区画は収量は農業と化学肥料を集約的に使用した区画より20パーセント収量が低かった。しかし、有機の区画は肥料とエネルギーの投入量が1/3から半分で、農薬はほとんど使用していない。加えて、有機の区画には害虫を捕食する生物がはるかに多く棲息し、より活発な生物活動全般を支えていた。勇気の区画では、ミミズのバイオマスは最大3倍多く、有益な根菌が定着した植物の根の総延長は40パーセント長かった。有機農法は土壌肥沃度を増すばかりでなく、有機農場からの利益は慣行農場と遜色がない。(p.287)

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 その絶頂期、ローマ帝国は奴隷労働に頼ってプランテーションを経営し、それは共和国時代の自作農市民による堅実な土地管理に取って代わった。南北戦争以前、アメリカ南部は土壌肥沃度を低下させる同じような方法に溺れた。いずれの場合も、利益の大きな換金作物が大地主を誘惑するにつれて、土壌を破壊する慣行が確立したのだ。土壌の喪失はあまりに遅く、社会の関心を引くほどのものではなかった。
 小さく効率的な政府には賛成論が多数ある。市場の効率性は、ほとんどの社会制度を効果的に動かすことができる。農業はその例外である。全体の幸福を維持するためには、土壌管理によって社会が長期的に受ける利益を優先しなければならない。それは私たちの文明にとって根源的に重要な問題なのだ。農業を単なるビジネスの一種として見ることはできない。土壌保全の利益は数十年管理を続けてやっと実を結ぶものであり、また土壌の誤用のコストは万人が負担するものだからだ。(p.321)

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 農耕が始まった肥沃な河川流域を除けば、文明は一般に800年から2000年、おおむね30世代から70世代存続している。歴史を通じて、新たに耕作する土地があるか土壌生産性が維持されているかぎり、社会は発展し繁栄する。いずれも可能でなくなったとき、すべては崩壊する。より長く繁栄した社会は、土壌を保全する方法を考え出したか、自然に泥が補充されるような環境に恵まれていたかどちらかだ。
 歴史書をぱらぱらと読むだけで、政変、過酷な気候、資源の濫用のどれか1つ、あるいは複数の組み合わせという条件があれば社会が転覆しうることがわかる。恐ろしいことにこれからの1世紀、気候パターンの変動や石油の枯渇が、土壌侵食および農地喪失の加速にぶつかって、私達は上に挙げた3つすべてが同時発生する可能性に直面することになるのだ。もし世界の肥料や食糧生産がつまづいたら、政治的安定はまず持たないだろう。
 農耕社会に特徴的な繁栄と衰退の循環を回避するには、人間1人を養うのに必要な土地の面積を継続的に減らすか、人口を抑制して土壌生成と侵食のバランスを保つような農業を構築するしかない。(中略)
 私たちがどうしようと、私たちの子孫は何とかバランスを保たざるを得ないだろう――好むと好まざるとにかかわらず、そうするうちに、農業が化石燃料と化学肥料に依存していることは、半乾燥地で塩類化を引き起こしたり、氾濫原から傾斜地に農地を拡大して、土壌喪失を招いたりした古代の慣行と類似しているという現実に彼らは向きあうだろう。技術は、新しい鋤であろうが遺伝子操作された作物の形をとろうが、しばらくの間現行制度を発展させ続けるかもしれないが、それが長く機能するほど維持するのが難しくなる――特に土壌侵食が土壌生成を上回り続けるかぎりは。
 問題の一端は、文明と個々人が刺激に反応する速度の相違にある。農民にとってもっとも望ましい行動が、必ずしも社会の利益と一致するわけではないのだ。個々の観察者にはほとんど気づかないほど少しずつ変化する経済のエコロジーは、文明の寿命を定めるために役立つ。重要な再生資源――土壌のような――の自然のストックを使い果たした社会派、経済を天然資源の供給基盤から切り離すことで、自滅の種をまいているのだ。(pp.324-325)

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 歴史を通じて、経済と不在地主制度は土壌劣化を促進してきた――古代ローマの農園で、19世紀アメリカ南部のプランテーションで、20世紀の工業農場で、この3例のいずれも政治と経済が土壌肥沃度と土壌そのものの消費を促進するような土地利用のパターンを形成した。再生可能な資源と不可能な資源が共に乱開発されたことはよく知られていると同時に、瞬間的な利益を最大にした個人を利する制度のもとでは、ほとんど対処不可能である。たとえそれが長期にわたり重要な資源を枯渇させるとしても。世界的な森林と漁場の減少はわかりやすい例だが、食糧の95パーセント以上を供給する土壌が現在失われつつあることは、はるかに重大である。別の、非市場的なメカニズム――文化であれ、宗教であれ、法律であれ――が、脱工業化された農業を抱えた工業化社会を維持するという難問に対処しなければならない。直感に反して、黄土地帯以外の世界ではこの課題に取り組むために、土地により多くの人を集め、集約的な有機農業を小規模な農場で行ない、技術を利用しながら過大な投資をしないことが必要である。(p.336)

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開発途上国に食糧を供給しようとするなら、安価な食糧を生産することで飢餓を根絶できるという、直感的な、しかhし単純な考えを捨てなければならない。私たちはすでに食糧を安く作っており、それでも地球上では多くの人が飢えているのだ。それとは違う、現実に機能する手法が必要である。それは開発途上国の小規模農場の繁栄を促すことだ。小農が自給して貧困から抜け出せるだけの収入を生み出すようにする一方で、知識、適切な道具、自給しながら市場に出せる余剰の作物を作れるだけの土地を提供して、土地の管理をさせなければならない。
 気候変動と並んで、食糧需要は今後数十年間に地球環境の変化をもたらす大きな要因である。過去1世紀、長期にわたる土壌侵食の影響は、新たな土地が耕作された。また、化学肥料、農業、土壌生産性の低下を補う新品種が開発されたことで隠されていた。しかし、こうした進んだ技術は、深い有機物に富む表土に利用した時に最大の利益をもたらす。農業技術的な解決は、土壌が薄くなるにつれ維持するのが徐々に難しくなる。土壌の喪失と共に収量が幾何級数的に減少するからだ。石油由来の化学肥料の消滅が避けられないことに加えて、進行する耕地と土壌の喪失は、増加する人口を縮小する土地基盤で養わなければならないという問題を生む。土壌侵食の影響を一時的には化学肥料と、場合によっては灌漑で埋め合わせることができるとしても、現段階での工業的農業の特徴である土壌有機物の減少、土壌生物相の全滅、薄くなる土壌などを考え合わせると、長期的な土地の生産性は維持できない。(pp.336-337)

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引用が長くて申し訳ありません。でも、これらの箇所を読むだけでも雰囲気は十分伝わるのではないかと思う。

著者はワシントン大学の土壌歴史学の研究者なので、有機栽培や不耕起栽培の先行研究のレビューも米国中心で、マグサイサイ賞を受賞している福岡正信への言及はないし、ブラジル・セラード開発のように荒れ地の土壌改良により耕作地を拡大したという、耕作放棄とは逆の流れに対する言及もない。日本人の読者の目からすると、そうして点では物足りなさはある。でも、それでも十分読み応えがあるいい本だ。

これから2030年までの15年間の世界を考える上で、「土壌」というのは「石油」や「水」と並んで、我々が賢く使うことをもっと考えていかなければいけない要素なのかもしれない。途上国では様々な農業開発プロジェクトが行なわれてきた。灌漑施設の整備や、新作物の導入、あるいは化学肥料の供与を通じて。でもこれからの15年間はそうした従来的な農業開発協力ではうまくいかない可能性もかなり強くなってくることが予想される。

世界の農業に対する見方がちょっとだけ変わるかもしれない、そんな1冊だ。

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コメント 1

Nicky

お疲れ様です。

面白そうですね。私も是非一度読んでみたいと思います。
by Nicky (2014-08-04 23:40) 

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