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『ホテルローヤル』 [読書日記]

ホテルローヤル

ホテルローヤル

  • 作者: 桜木 紫乃
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2013/01/04
  • メディア: ハードカバー
内容紹介
ホテルだけが知っている、やわらかな孤独―――。
湿原を背に建つ北国のラブホテル。訪れる客、経営者の家族、従業員はそれぞれに問題を抱えていた。閉塞感のある日常の中、男と女が心をも裸に互いを求める一瞬。そのかけがえなさを瑞々しく描く。
小説というのはいろいろな舞台設定で描かれる。マスの読者層を狙って書くなら、大都会を舞台にした中高年を主人公とした話を描くだろう。しかも、都会の中高年といえば、生まれも育ちもその土地だという人は少なく、たいていは大学進学を機に都会にやって来て、大学を卒業してもそこで就職し、そして結婚して家庭を築く。そして、故郷で今も暮らしている高齢の親のことで思い悩んでいる―――そういう人々を読者層に見立てるなら、書かれる小説は自ずと重松清的作品になってしまいそうだ。逆に、結婚して家庭を持つに至っていない独身者の場合や、バツイチになってしまった場合、そういう作品は森浩美なんかが得意だといえるだろう。そして、飛びぬけて幸福ではないけれど、なんとなく未来は明るそうだと思わせるエンディングが多い。読者は容易に登場人物を自分の境遇と照らし合わせられるから、読後感も良くて、ファンになりやすい。

一方で、そういう都会の日常とは別世界の、辺境の地を舞台にして人間模様を描いた作品も時として読むのは刺激もあっていいと思う。伊藤たかみ『海峡の南』とか、佐藤泰志『海炭市叙景』,、朝倉かすみ『ともしびマーケット』などは、北海道を舞台とした作品で、どこかしら寂しさや暗さというのがあった。登場人物にも訳ありの人が多い。佐藤や朝倉の作品は連作短編というスタイルをとり、同じ人物が何度も登場してくる面白さはある。(但し、期待したほど頻繁には出てこなかったので、連作短編の良さが生かされた作品だとはちょっといえない。)伊藤たかみは連作短編ではないが、登場人物には各々に影があり、都会で順風満帆で生きているように見える人ばかりの世界とは一線を画している。ほとんど全ての登場人物が訳ありで、うまく生きれていない。

連作短編では、ある回の主人公が別の回の脇役になっていたりする。あの人物の行動にはこういう裏事情があったのだというのを後で気づかされたり、逆にそういう事情が描かれた後でその人物が再登場してきた場合には、「なるほど」と思ったりもできる。地方が舞台なので、あまり聖人君子のような人は登場しない。各々の事情といったら、多少の暗さ、寂しさを伴うものが多い。

本日ご紹介の『ホテルローヤル』も、北海道・釧路を舞台にした連作短編である。直木賞を受賞したばかりの作品なので、ご存知の方は多いだろう。著者の桜木紫乃さんは世代としては僕と近い。

前評判として、この作品は地方のラブホテルを舞台として人間模様を描いたものだと聞いていたから、きっとそこを休憩に訪れて一時を過ごす何組かの男と女の話を描いているのかと思っていたが、読んでみてそうではないことがわかった。実はそういう描写はほとんどない。唯一と言っていいのは収録されている最初の作品だが、なんとそこではホテルローヤルは既に廃業となり、廃墟として描かれている。そして、最後の収録作品は、このラブホテルを建てるオーナーが、この建設用地に何を夢見たのかが描かれる。要するに、今は廃墟となってしまったホテルローヤルの歴史を、どんどん時間を遡っていき、最後は建てられる前の話にまでたどり着くのである。

この歴史を遡るという描き方でもう1つ気付いたのは、現在は廃れている地方の町と、町内にラブホテルが数件も立つような昔の賑やかさの対比である。第1話と最終話を比べると、昔の方が人が大勢いたことが窺える。

登場する人は、女性であれば飛び切りの美人がいるわけでもない。容姿を理由に嫁の貰い手に恵まれなかった看護師とか、高校卒業と同時に父の経営するラブホテルの管理を任されて廃業までの10年をラブホテルの事務所に縛れて過ごした娘とか、どこかしらに影がある。

舞台がラブホテルだというのは差し引いたとしても、好きな作風。女性もいろいろな事情、悩みを抱えているんだね。都会のきらびやかな女性ばかりがもてはやされるのはどうかと思っていたので、こういう、どこかしらに寂寥感を感じさせる作品は好きです。

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