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『ポスト・クライシスの世界』 [仕事の小ネタ]

土壇場になってさらにひと悶着ありましたが、ここ2ヶ月にわたって準備に携わってきたイベント、週明けから本番を迎えることになり、昨日(金曜日)夜、ようやく僕の手を離れました。これでブログ更新頻度は少しは上がるでしょうか。

ポスト・クライシスの世界―新多極時代を動かすパワー原理

ポスト・クライシスの世界―新多極時代を動かすパワー原理

  • 作者: 田中 明彦
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2009/03
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
経済危機の次に来るものは―深まる実体経済の悪化。世界は再び大破局に向かうのか。1930年代との違いはどこにあるか。歴史的・構造的視点から現代世界の見取り図を示し、「知識基盤」がカギを握る新たなパワー原理を提示する。
日米関係を考えてみる上で、前回ご紹介した孫崎享氏は「対米自立派」の論客だと思うが、今回ご紹介する本の著者である田中明彦氏は、どちらかというと日米同盟重視、言い方は語弊があるが「対米追従派」であるような気がする。孫崎氏のバックグランドが元外務官僚であるのに対し、田中氏は国際政治学者であるから、国際政治のリアリティが官僚とは違う形で表出しているというのが本書を読んだ感想だ。本書を発刊した後、田中氏は2012年4月からJICAの理事長に就任しているが、国際政治学者の捉えたリアリティが、日本のODAの活用のされ方にどう反映されていくのか興味深い。

この本が出された当時、著者は未だ東京大学の副学長だったが、当時も既に超多忙で、執筆に時間がなかったからか、長時間インタビューをもとにライターが編集し、それに著者ご本人が手を加えて、書籍に仕上がったものなのだ。書かれたタイミングが米国のオバマ政権第1期の発足直後で、日本では民主党政権発足前の麻生首相の頃なので、扱われるエピソードはどれもちょっと古さを感じさせるが、それでも今に通じる著者の世界観は、この本でも十分学ぶことができそうだ。

著者によれば、20世紀末から今世紀初頭にかけて、『新しい中世』ともいえる世界システムの大きな変革が起こっているという。1つは新興国の台頭。アンガス・マディソンの2050年に向けた世界各国の経済シェアを見ていくと、先進国のシェアが大きく後退し、中国やインドのシェアが大きく増加する。これは、植民地時代以前の中国やインドが世界経済に占めていたシェアに戻りつつあるものでもあるという。著者の『新しい中世』の根拠の1つがそこにある。

そして、もう1つは、国家に代わるアクターの登場である。企業やNGO、市民社会というアクターに、国際的テロリストや犯罪組織が絡んで主権国家の枠組みを越えて、国境を跨いで跋扈するようになってきた。テロや犯罪の横行に加えて、感染症や環境問題も国境を越えた国際的な枠組みの中での取組みが必要となり、そのために国際機関や多国間交渉の枠組みなども形成されてきている。

こうした世界では、たとえある主権国家がその国の中ではしっかり機能していたとしても、近隣に脆弱な国があればその国からでも影響を受ける可能性はあるし、しっかり機能している国の中でもよく見ていけば格差も生まれていて一枚岩とは言い難い。

こうした多極化多様化した世界において新たな秩序はどのように形成されていくのだろうか。米国のように圧倒的な経済力と軍事力にものを言わせて世界秩序を守る警察国家として機能しようというアプローチもあるかもしれないが、1国で世界システムの安定と繁栄を実現させることは難しい。どの国のどのアクターも、自分たちに有利な世界システムを形成したいという願いがあるわけで、それを実現させていくためには、誰かと組んだり(同盟関係)、よりデータや証拠に裏打ちされた主張を国際場裏で展開できる説得力を身につける必要があると著者は考える。

日本のケースで言えば、日本の持つ影響力を最大化させていくこととは、米国のような強力なパートナーとの同盟関係を維持・強化していくことであり、そして、日本企業や研究機関が持つ高い技術力や研究成果と政府の繋がりを強化して、より説得的な議論を国際場裏で行っていくことなのだという。また、国際社会から聞く耳を向けてもらうためには日本という国の魅力を高めておくことも必要で、それが国際協力での長きにわたる実績であったり、やることはきっちり地道にやっていくという勤勉や匠の文化であったり、自然環境への畏怖や「もったいない」の精神であったり、アニメやマンガなどのポップカルチャーだったりする。著者はハーバード大学のジョゼフ・ナイ教授がその著書で提唱している「ソフトパワー」という言葉も引用している。高齢社会への対応や、環境未来都市など、日本は「課題先進国」としての数々の取組み実績が国内にあり、それが今後同様の課題に直面する国々にとっても参考になりやすい。この点も日本への注目に繋がる。

軍事力や外交力、経済力といったハードなパワーの強化だけではなく、世界にいい影響を与えてくれる国という評価のようなソフト面でのパワーの維持発展も求められるということだ。ODAを含め、様々な形での世界の貧困撲滅への貢献、持続可能な開発への貢献も、日本の影響力を高める要素の1つである。

そう考えると、著者がなぜ東大副学長という立場を捨ててJICAの理事長に就任したのかもなんとなくわかる。

また、著者の論点から考えれば日米の同盟関係の重視は当然のことであり、ハードとソフトを組み合わせて世界の安定と繁栄に繋げていこうという『国家安全保障戦略』の理念への著者の支持も、当然の帰結だといえる。日本版NSC(国家安全保障会議)を中心に、日本の英知が集結し、情報が中央に集まってくる仕組みを作り、そうした情報や知見を生かして国の政策や国際交渉で反映させていこうという考え方にも繋がってくるといえる。

ただ、著者の考え方からすると、中国・インドが新しい世界秩序の形成過程にしっかり参加してくるように仕向けるのが肝心だということになるが、残念なことに、今の安倍政権が対中国で取っている対応は、中国の国際社会への「復帰」とは逆方向に進んでいるような気がしてならない。著者が言う日本の進むべき道とは真逆の方向に向かっているようだ。

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