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『ソーシャルデザイン・アトラス』 [仕事の小ネタ]

ソーシャルデザイン・アトラス: 社会が輝くプロジェクトとヒント

ソーシャルデザイン・アトラス: 社会が輝くプロジェクトとヒント

  • 作者: 山崎 亮
  • 出版社/メーカー: 鹿島出版会
  • 発売日: 2012/08/01
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
災害復興や生活支援、環境保護の活動にデザインの力が求められている。仮設住宅、給水設備、交通インフラ、景観広告、食育菜園…かたちやアイデアに優れているばかりでなく、地域の人がみずから使える素材や技術で、コミュニティの持続的な安定を図る。社会を見つめた実践者とアイデアの数々―「空腹の人に魚の獲り方を教える」思考で描くソーシャルデザインの世界地図。
ここのところものづくりに関する本を続けざまに読んでいる。本日ご紹介する本は、以前妻が図書館で借りてきていたのをパラパラとページをめくっていたら面白そうだったので、間をおいて僕自身で借りて読んでみようと考えたものである。

最近、「ソーシャル・デザイン」とか、「コミュニティ・デザイン」という言葉をよく目にする。いずれも発信源となっているのは京都造形芸術大学の山崎亮教授。studio-Lという、公共空間のデザインやまちづくりのデザイン、プロジェクトの運営管理などを手がける会社の経営者でもある。以前、その著書を少しだけ書店で立ち読みしたことがあるが、本業はまちの中に何かを作るときにどれだけ社会的機能を果たせるのか、それができた場合の受益者や製作過程で参加する住民といったステークホルダーの意見も十分踏まえた設計にまとめるのが仕事のようだが、やっていることはファシリテーターにも近いような印象だ。

空間デザインや公共物の設計によって、コミュニティが直面していた問題を解決しようと建築家やデザイナーが取り組むケースはだんだん増えてきている。著者が本書の中で紹介している事例の多くは発信源が米国で、Rural Studioのサミュエル・モクビー、BaSICイニシアチブのセルジオ・パレローニ、iDEの設立者ポール・ポラック、Architecture for Humanityのキャメロン・シンクレア、Design Corpの設立者ブライアン・ベルなどが手がけたもので、既に各々の設計したものが米国で本になっているものの中から、著者が選りすぐった54点を本書では紹介している。

こうした建築家やデザイナーが社会的問題の解決に取り組む事例が増えてきているのは、ブライアン・ベルの言葉を借りると、次のような動機からだということになる。従来から建築家やデザイナーがやっているのは「見た目をきれいに整える形成外科的な感覚の仕事」であり、自分としてはむしろ、「人の命を救うことに直結する救急救命病棟で働きたい、建築の恩恵はすべての人のためにあるべき」と考えたのだという。

「すべての人々のため」という目的意識からスタートすれば、自ずと貧しい開発途上国での実践事例も多くなってくる。米国のNPO「One Laptop Par Child(OLPC)」が進める、貧困地域で子供に廉価ノートパソコンを普及させる試みは本書でも取り上げられており、本書によれば、2011年には42ヵ国、200万人の子供の手に100ドルラップトップが渡ったとのことである。他にも、Architecture for Humanity(AfH)が手がけた、バングラデシュの都市の隙間に作られた超狭小な住空間構築の試み「Life in 1.5 x 30」や、ケニア中山間地の高校のバスケットボールコートの屋根に雨水集水設備を据え付けて飲料水確保に充てる「Mahiga Hope High School Rainwater Court」という試みも紹介されている。特にこの後者の方では、スポーツメーカーのナイキが、「ゲームチェンジャー・デザインチャレンジ」という、地域におけるスポーツ施設の建設を応援する事業からの資金供与も受けており、資金調達面での工夫もされている。ナイキがこんな事業を行なっているというのもこれで初めて知った。

また、こうしたデザインによる社会貢献は決して米国の建築家やデザイナーの十八番というわけでもない。中国・甘粛省毛寺村の蒲河に建設された、増水時でも流されない安全な橋づくり「A Bridge Too Far」では、香港中文大学のエドワード・ン教授がプロジェクトチームを立ち上げ、専門家や学生たちが地元住民とともに「無止橋」を建設した(下写真)。

CIMG3428.JPG

「無止橋」建設プロジェクトでは、既に15の村で学生と住民が協力して橋を架けている。プロジェクトには4つのデザイン原理があるという。それは、➀安全で効果的で手作りであること、②地域の文脈に沿っていて持続可能であること、③環境に配慮していること、④伝統と近代を調和させること、である。単に村に橋を作るというだけではなく、技術の習得を通じて住民同士の結束力を高めることにも貢献しているという。

他にも、飲料水確保を目的として、子供たちの遊具と地下水汲上げポンプを融合させた「Play Pump」や、水運搬用の容器をローラー状にして、転がして運べるようにした「Hippo Water Roller」など、企業や国際援助機関の支援も受けて、アフリカで広まりつつある取り組みもある。

PlayPump.jpg
WaterRoller.jpg

水問題は途上国の喫緊の課題でもあるので、この種の取組みはアフリカ以外でも展開されているものが多い。写真は割愛するが、他には、個人で持ち歩けるストロー型の簡易浄水器「Life Straw」や、オランダのIdeas at Work(IaW)がカンボジアで具体化させ、世界銀行の開発アイデアコンペDevelopment Marketplaceで2006年に優勝した、ハンドルを回転させるだけで井戸水を汲み上げられる「ローバイ・ポンプ(ROVAI Pump)」等も本書で紹介されている。いずれもその開発ストーリーが面白く、そのひとつひとつをもっと詳細に紹介したいぐらいだが、取りあえず頭出しだけしておくということで、その作業は将来機会があればまた行ないたいと思う。

わくわくしながら読んだ。建築家やデザイナーが途上国でこうした構造物やシステムの設計に関わっている事例を見ていると、政府が独占して開発援助をやっている時代ではなくなりつつあるというのを強く感じる。僕は、このところ、ものづくりのアイデアや公共空間の設計、建設建築が社会の問題解決に貢献する可能性というのを感じさせてくれる書籍を立て続けに読んでいるところなのだが、うちの子供たちが将来工学部や芸術学部を目指してくれたとして、それが今僕自身が関わっているような仕事とどのように接点が出てくるのかを考えた場合、こうした途上国の問題解決に取り組むという領域は親子の関心の接点となりそうな気がする。そういう可能性を示してくれたという点で、本書は忘れることができない1冊となりそうだ。

本書は参考文献リストもかなり充実している。著者が事例を集めるのに使ったと思しき欧米の原書もあるが、既に翻訳が日本語で出ているものや、元々日本人が執筆した文献も相当数含まれており、有用なのでこの部分だけでもコピーして手元に置いておきたい。

でも、欲を言うと、デザイナーもただでやっているわけではないだろうから、それぞれの事例で何にいくら金がかかり、その資金をどういうふうに融通したのか、地元の負担が(労働参加以外に)どれくらいあったのかというのももっと示して欲しかった。中には資金調達をどうやって行なったかにまで言及されていた事例もあったが、全案件についてそういうのを示してくれると、こういう取組みを誰かが途上国で複製していく際に参考になるに違いない。

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