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『道誉なり』 [読書日記]

道誉なり

道誉なり

  • 作者: 北方 謙三
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/12
  • メディア: ハードカバー
内容(「MARC」データベースより)
南北朝動乱を勝ち抜いた「ばさら大名」佐々木道誉。足利尊氏の天下獲りを支えた、稀代の策士の選択と決断とは。ばさら大名の波瀾に富んだ半生を描く、渾身の歴史巨篇。
数ヶ月前から我が家で続けられている「断・捨・離」の一環で、僕の書棚にあった北方謙三の南北朝ものにもメスを入れることになった。とはいっても、僕は1993年の転職以前に購入していた本は東京ではなく実家の書棚の方に残しているので、東京の我が家の書棚にある北方作品は実はこの1冊しか存在しない。つまり、北方が書いた南北朝ものの中で、『道誉なり』はかなり後期になって発表されている作品なのである。

自分の理解としては、北方が初めて南北朝もの、というか歴史小説に取り組んだのは、『武王の門』が最初だったと思う。この作品は南北朝時代といっても比較的後期の九州、懐良親王と菊池武光の2人を主人公に、九州統一を図って京(中央)から離れ、朝鮮半島や中国との交易で栄える独立国家を形成する夢の実現に奔走する姿を描いた作品で、その視点のユニークさと戦略と戦術の豊かさで、読み応えのある長編小説に仕上がっていた。

続いて北方は、北畠顕家を主人公とする『破軍の星』を書き、その父・北畠親房を主人公に『南北朝の梟』を書き、さらには赤松円心則村を中心に描いた『悪党の裔』をたて続けに発表している。いずれも、南北朝時代の主人公ともいえる後醍醐天皇や足利尊氏、さらには日本史の教科書ではよく取り上げられる楠木正成、新田義貞などを中心に据えているわけではなく、当時のバイプレーヤーたちにスポットを当て、限られた史料の中でその間を埋めるためにフィクションを上手く加えて、ユニークな作品に仕上がっている。

その後北方は、『武王の門』の続編として完全フィクションもの『陽炎の旗』を著し、2000年には『楠木正成』を発表していくが、初期の南北朝ものを締めくくるという意味では、1994年の『道誉なり』がそれに位置する作品と言えるのではないだろうか。読んでいくと、佐々木道誉が北畠顕家率いる奥州の軍勢に相当な注意を払っていたように描かれているし、青野ヶ原の合戦で勝利した奥州軍が伊勢へと進路を変えた理由も、近江を押さえていた佐々木道誉の策略があったように書かれている。その北畠顕家が戦死すると、次に頻繁に出てくるのが北畠親房だが、そこでは策略家としての親房には一目置きつつも、武士を見下している公家としての親房の南朝の限界という点にも言及している。

作品の終盤、特に足利尊氏が晩年を迎える段階で新たに登場するのが九州の懐良親王と菊池武光が率いる征西府である。いったん都を追われて西に落ち延びた足利の軍勢が勢力挽回を図ったのは20年以上前の話で、筑紫・多々良浜の合戦で勝利を収めた足利尊氏は、そこから京都奪還へと動いたのに対し、20年後に台頭してきた征西府は、京都奪還よりも京都からの独立を指向し、その構想のスケールの大きさで晩年の尊氏の最後のライバル心を掻き立てるというストーリーとなっている。

そうした意味からも、『道誉なり』は、北方の南北朝ものの1つの集大成とも言っていい作品だと思う。しかも、本書では佐々木道誉という、足利尊氏に非常に近い位置で南北朝の時代の推移を見守っていた人物を中心に据えているので、当時の畿内で次々と起こっていった、後醍醐天皇vs足利尊氏、後醍醐天皇vs護良親王、護良親王vs足利尊氏、足利直義vs高師直、直義vs尊氏、尊氏vs直冬―――などの一連の対立・抗争を非常にうまく取り込んでストーリーを展開させている。結局のところ、本作品は佐々木道誉を表の主人公に据えつつも、実質の主人公は足利尊氏だと言うことができる。

いろいろな歴史書を読むと、足利尊氏を悪役として描くものがどうしても多いのは間違いないが、尊氏が終始一貫して鋭い戦略家・戦術家だったかというとそうでもなくて、うじうじ悩んでみたり、政務を弟や執事に丸投げしてみたり、武家の棟梁というわりには結構いい加減なところもあったらしい。そういう、等身大の人間として尊氏を描いた作品がもっと多ければ、尊氏に対する一般的な評価も変わってくるのではないだろうか。

同様に、高師直といえば残虐非道かつ好色で、当時のばさら武士の典型例として、常に南北朝時代最大の悪人と評されることが多いが、その言動にはそれなりの考えもあり、足利家のことをしっかり考えている有能な執事としての側面もあり、しかも自分の退場するべき時期をわきまえているというところもちゃんとあったかもしれない。そういうところにも北方は光を当てている。

この時代を描いた小説はどうしても南朝方の人物を悲劇の主人公として取り上げ、北朝方の人物は全般的に悪役で日和見的に描かれていることが多いが、北方作品は北朝方の人々もフェアに取り上げている。僕らが学校で習う政治中心の日本史としてはメインストリームで取り上げられているような出来事が取り上げられているので、日本史の復習をするのにもちょうどいい小説だと思った。

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