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『北畠太平記』 [読書日記]

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北畠太平記―南朝の大義に生きた一族と家臣団

  • 作者: 横山 高治
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 1986/08/20
  • メディア: 新書

1991年にNHK大河ドラマ『太平記』が放映された時、太平記ものの書籍が書店店頭を賑わせた。中には大河ドラマ便乗の新刊本で、いかにも急ごしらえで中味の薄い、あるいはありきたりのことしか書かれていない本も多かったが、吉川弘文館や新人物往来社あたりが昔から扱っていた南北朝時代の歴史書は読みごたえがあった。そうした既刊本が大河ドラマをきっかけに再び脚光を浴びるのはよいことだと思う。NHKが大河ドラマを続けている意義もそんなところにもあったのだろう。

中にはかなりオタク系の太平記ものというのもある。例えば河内国の楠木一族を扱った書籍であっても、有名な楠木正成であるならともかく、息子の正行や北朝に降りたりして歴史上の評価が芳しくない正儀に注目したものが出てきたり、はるか西方の九州で南朝方一大勢力として活躍した征西将軍・懐良親王と菊池一族とか、足利尊氏のご落胤で弟・直義に養子として引き取られ、実父に複雑な感情を抱きながら成長した足利直冬とか、さほど史料が存在しない中でイマジネーションを働かせて魅力的な小説に仕立てた作品も幾つか見られた。

その中で僕が当時注目していたのが北畠氏。後醍醐天皇の命を受けて東北に赴任し、畿内で足利勢が勢力拡大して都を奪還される度に、天皇の宣旨を受けて東北の軍隊を引き連れて畿内に遠征してきた北畠顕家だ。北畠顕家の二度目の上洛は美濃・青野ヶ原の合戦で勢いを止められ、伊勢から大和に転戦し、結局阿倍野での討死で潰えた。青野ヶ原というのが僕の実家から近いということもあるが、戦では足利方が差し向けた土岐の軍を打ち破った北畠軍が、何故進路を変えて伊勢に向かったのかは結構謎で、いろいろな解釈がされている。もし、青野ケ原から関ヶ原の地峡を抜けて近江に入っていれば、その後の展開はどう変わっていたのか――想像をかき立てられて結構面白い。

その北畠氏が、南北朝の時代からさらに時代を下って、伊勢で戦国大名として君臨していたというのは、恥ずかしながら本日紹介する本を読むまで知らなかった。顕家の弟・顕能(あきよし)の系統で、初代伊勢国司に任ぜられた顕能を筆頭に、八代目・具教(とものり)まで、多気を拠点に伊勢一国を支配し続けた。そして、最後は織田信長に滅ぼされる。南北朝の戦乱が戦国の戦乱にまで繋がるという、展開のユニークさを感じる。三重県出身の方には当たり前の話で、三重の郷土史研究家の間では歴史秘話でもなんでもないのかもしれないが、他県の出身者にとっては興味深いお話だ。

特に、八代目の北畠具教は、剣聖・塚原卜伝から奥義「一の太刀」を伝授されたほどの剣豪で、全国各地を行脚した剣豪を伊勢に招いて長期滞在を許し、交流を深めたという。そうした場を作ったことで、全国の剣豪同士の交流もそこでは生まれていたらしい。残念ながら織田軍の攻撃は苛烈で、北畠一族は滅亡の運命となったが、具教自身は自慢の太刀を振るい、一騎当千の大立ち回りを見せたらしい。

こういうのを扱っている本は希少価値があると思う。3月に「断・捨・離」作業をやっていて久し振りに手に取り、捨てるのが惜しくて手元に残した1冊で、三重県出身のジャーナリストが書いている。フィクションではなくそれなりの史料に基づき事実が整理されている。かなり評価していい本だ。ただ、初版刊行が30年近く前の本に今さらイチャモンをつけても仕方がないが、北畠氏の系図と伊勢・伊賀・北勢の地図ぐらいは付けておいて欲しかったなとは思う。

僕はこれを読んで、多気の北畠神社や霧山城址、田丸城址、阿坂城址などを訪ねたことがある。今の北畠館跡周辺からは想像もできないが、当時は結構栄えていてさながら都のようなところだったらしい。それが、羽柴秀吉軍による総攻撃で霧山城が陥落して北畠一族が滅亡した際、惨殺現場のあまりの凄惨さに秀吉の命によってこの地域が封鎖されたそうで、それが多気周辺の現在の閑散にも繋がっているのだろう。

1990年代初期の一時期、僕は史跡めぐりを趣味にしていた時期があって、山川出版社の『都道府県歴史散歩』シリーズを片手に、三重、大阪、兵庫、福井、埼玉、神奈川などを歩き回っていた。僕が結婚するずっと前の話だ。最近、自宅の書棚を整理していたら、当時撮った写真を発見して、懐かしさに作業する手を休めてしばし思い出に浸った。

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