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『いつでも夢を』 [読書日記]

いつでも夢を (光文社文庫)

いつでも夢を (光文社文庫)

  • 作者: 辻内 智貴
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2005/04/12
  • メディア: 文庫
出版社からのコメント
手にカッターナイフを握りしめ、街角で雨に打たれつづける女。その姿を放ってはおけない二人の男。女と同様、胸の奥に深い哀しみを抱えるヤクザ者。生きるのに無器用な、売れない小説家。それぞれの孤独が出会ったとき、ほのかに希望は生まれ、やがてそれは、大きな愛情へと育ってゆく。太宰治賞作家が描く、ひとを愛するよろこびに満ち溢れた「純愛小説」の傑作!
『青空のルーレット』以来、久し振りの辻内智貴である。先週、普段あまり利用していないM市の市立図書館で本を予約する機会があり、受取場所を駅前の分館に指定した。予約していた専門書は3冊あったが、せっかく分館に来たのだからそこしか置いていない辻内作品でも借りてみようかと思いたち、2冊ほど借りた。ここの辻内作品の品ぞろえは相当なものだ。

『青空のルーレット』が強烈に印象に残っている作品でなかっただけに、積極的に作品を読んでいこうと思える作家では正直言ってないのだけれど、一部には意外とファンが多く、映画化されている作品もチラホラと見られる。作家自身の年齢は僕よりも少し上だが、登場する人物の中心は20代から30代で、それにもっと上の40~60代、もっと下のティーンエイジャーを絡ませる。いろいろな世代の人々が絡まり合うことで生まれるケミストリーをうまく作品の中で用いている作家だとこのブログを書きながら思った。

そういう目で見ると、『いつでも夢を』もなかなか味わい深い作品だ。街角で雨に打たれていた女性・洋子は20歳、彼女を放っておけなかったヤクザ者・龍治と売れない小説家・ジローは40歳前後、そして、このジローのアパートに転がり込んだ洋子に気をかける管理人・玉代とその旦那は60代だ。偶然というか、この旦那は元警察官で、龍治は未だ若いチンピラだった頃から世話になっていたという。世代の異なる人々を登場させた上で、ここではその世代間の交流から生まれる温かさをうまく描いている。

本書は「TOKYOオトギバナシ」という副題がついている。あり得ないような場面設定や人の出会い方だが、こういう普段からの世代間交流とかふとした気遣いとかが希薄になってきた今日、こういう作品を読むとその良さを感じずにはおれない。そして、できたらそういうのを日常生活にも生かしていけたらとも思ってしまう。

実は、この作品の冒頭で登場する、街角で雨に濡れた若い女性というシチュエーション、僕は昔、自分自身が実際に見かけたことがある。

今からちょうど30年前の大学1年か2年の頃、場所は西武池袋線の椎名町駅近くだ。西武線沿線に住んでいる友人を駅で見送り、目白の学生寮に戻ろうと歩いていた時、山手通りのガード下で傘もささずにずぶ濡れで歩いていた女性を見かけた。僕はその時友人を見送るところまで傘を持たせていた。手元には自分用以外にもう1本傘があり、それを渡してあげればいい出会いのきっかけになったかもしれない。

しかし、僕はそれができなかった。「この傘、使いませんか」というひとことがどうしても言いだせず、その場を横目に立ち去ってしまったのである。

作品の冒頭のシーンを読んでいて、あの時の女性は今どうしているんだろうかと考えてしまった。小説のようなおとぎ話的な展開がその後あったとまでは思わないけれど、そこでたたずむ女性にひとこと声をかけるかかけないかで、その後の話の展開の仕方は大きく違ってくるかもしれない。あの時何もしなかった自分が悔やまれてならない。

最後に本書を読んでいて印象に残ったひとこと。

「人間は……心に陽が射せば、かわるものです。いくらでも、おどろくほど、かわるものです」(p.140)

「人間は、心にある事を誰かに話すことが、とても大切なんだって――それだけは、どの本にも書いてあった……」洋子は足元に目を落し、小さな息をついた。「……もし、龍サンが、心に何か抱えていて――もしそれが、ときどき重くて仕方がないようなものなのなら、――誰かに、言葉にして、話すといいと思う」(p.199)




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