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インド女性の現実 [インド]

May You Be the Mother of a Hundred Sons

May You Be the Mother of a Hundred Sons

  • 作者: Elisabeth Bumiller
  • 出版社/メーカー: South Asia Books
  • 発売日: 1998/02/28
  • メディア: ペーパーバック

インド駐在員時代に購入したペーパーバックの中には、現在に至るまで積読状態のものが何冊かある。少しぐらい片付けないといけないと思い、2週間ほど前から読み始めた。読み始めて早々、訳本が出ているのを知った。近所の市立図書館で蔵書検索したら、入手できたので、手っ取り早く訳本から読み、必要に応じて原文を当たるという方法を取った。

本書は1998年発刊とあるが、初版刊行は1990年。実際には1980年代半ばから88年にかけて、夫のインド赴任に伴い3年間インドで生活した元ワシントンポストのレポーターが、滞在期間中に行なったインドの女性へのインタビューを再構成し、1冊の本にまとめたものである。それがいまだにペーパーバックとしてインドの書店で売られているというのだから、この本の賞味期限の長さは驚異的であり、今でもインドの女性が置かれた状況にさほど大きな変化がないということを示している。ここで書かれていることは、僕の限られたインド駐在員生活の中で知り得た女性のイメージともかなり近く、今でも説得的だと思う。インドについてジェンダー研究をやろうと思うなら、本書は必須アイテムだ。

インドの女性、と一口で言っても、都市の上流階級のマダムから、農村の貧困世帯の女性に至るまで状況はかなり異なる。知識層の女性の中でも、大学を出てすぐに見合い結婚して主婦の座に収まったマダムもいれば、社会進出して映画監督や警察官、社会運動家、政治家などで活躍している女性もいる。相当広い範囲にわたり、多くの女性に取材し、インタビューを中心にレポートが構成されている。かなり網羅的な1冊だ。

個人的には、インディラ・ガンディー元首相の生い立ちや、ボリウッド女優シュリデヴィー、ニューデリー市警のトップを務めて、少し前までアンナ・ハザレの反汚職腐敗運動の支持者を務めていたキラン・ベディ、グジャラート州の農村女性労働者の組合運動としてスタートして、マイクロファイナンスでも有名になったSEWAの創始者エラ・バットへのインタビューなどは興味深かった。

また、考えさせられる本でもある。インドのダウリ(持参金)の問題は、特定カーストだけで行なわれていたものが、近代になって異なるカーストにも広まっていったものらしい。フェミニストを自認する著者が、農村に入って、この問題について特に女性からインタビューを取ること自体がかなり困難を伴う作業だったと思う。サティ(殉死)についても然り。ダウリの問題は、大都市中間層になると出産前の女児堕胎の問題にも繋がっている。女児堕胎問題が先鋭化したのは1990年代に入ってからだという認識で僕はいたが、80年代後半には既に指摘され始めていたのだと本書で知った。

本書のタイトルは、直訳すれば『あなたが100人の息子の母親になれますように』となる。娘を持つことが親と本人にどれだけ厳しい生き方を強いるかを、本書は述べている。インタビュー中心で構成されているから、それもかなり具体的だし、説得力がある。

僕の農村調査のフィールドはカルナタカ州南部だが、二度現地を訪れた際に、女性がどのような生活を送っているのかまでは、短い滞在期間の間に垣間見ることができなかった。著者自身カルナタカ州南部にも取材で訪れていて若干の言及はあるが、そこを選んだ根拠は、Sarah Hobsonの『Family Web: A Story of India』にあるらしい。さっそくアマゾンで取り寄せることにした。

著者は元々米紙でレポートを書いておられた方で素養はあったのだろうが、わずか3年間の駐在員妻生活の中で、ここまでの情報収集ができたというのが驚異的だ。しかも、この著者、先ずは農村生活の何たるかを知りたいということで、なんとカースト色の強いウッタル・プラデシュ州の農村でホームステイまで行なっている。同じ3年間インドで駐在した僕も、そこまで思いきった行動はできなかった。3年あればこれだけの著作がまとめられる、しかも著者は元々インドに造詣があったわけではなく、その知見のほとんどをこの3年間の駐印生活の中で得ている。僕は既に帰国してしまって同じことはできないけれど、これからインドに行く人にとっては、3年あれば何ができるかという1つのモデルを提示してくれているようにも思える。同じ3年間でも日本人駐在員妻として暮らした生活の記録がまとめられているだけのどこかの本とはまったくレベルが違う。

著者はインド駐在後、夫の次の任地が東京だったので、本書は東京で書かれた。そこで親交のあった日本人女性の有志が、本書を日本語に訳したらしい。プロの翻訳ではなく、地名や人名の表記にいささか違和感はあったが、全体的には読みやすく、誤訳は少ないように感じた。古くても、読む価値のある1冊。

一〇〇人の息子がほしい―インドの女の物語

一〇〇人の息子がほしい―インドの女の物語

  • 作者: エリザベス・ビューミラー
  • 出版社/メーカー: 未来社
  • 発売日: 1993/01
  • メディア: 単行本


【12月30日追記】
年の瀬も押し迫った16日、デリーのバスで若い女性が被害を受ける集団暴行事件が発生し、日本のメディアでもとり上げられる事態となっている。インドの男性は結構スケベで、女性がバスや地下鉄に乗る時には今でも相当なリスクを被るというのはよく言われる。今回は、移送されてシンガポールで治療が受けられるような家庭の若い女性が被害に遭ったということでメディアの注目を集めているが、これがもっと社会的地位が低い家の出身だったりしたら、ここまで注目はされなかったに違いない。

今はインドの国内メディアも取り上げ、抗議デモも大規模に行なわれている。これが長年インド女性が置かれた状況を改善するきっかけになればと思う。のどもと過ぎれば熱さ忘れるなんてことにならないように祈りたい。犠牲となった女性のご冥福をお祈りしつつ、インドのバカ者たちに猛省を促したい。
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