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『最底辺のポートフォリオ』 [読書日記]

最底辺のポートフォリオ ――1日2ドルで暮らすということ

最底辺のポートフォリオ ――1日2ドルで暮らすということ

  • 作者: ジョナサン・モーダック、スチュアート・ラザフォード、ダリル・コリンズ、オーランダ・ラトフェン
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 2011/12/23
  • メディア: 単行本
内容紹介
バングラデシュの首都ダッカ。スラムに住むカデジャは子どもの世話をしながら、裁縫の内職で収入を得ている主婦。そして、近所の主婦ふたりから大事なお金を預かる〈マネーガード〉でもある。
インド南部ヴィジャヤワーダ。ジョティの生業は、毎日スラムをまわって、顧客の主婦から少額の預金を集めること。商売道具はマス目の書かれた手作りの通帳。220日分が埋まったとき、彼女はそのうちの20日分を顧客から手数料として徴収する。盗まれるかもしれない、夫に使われてしまうかもしれないお金を守り、子どもを学校に通わせてあげるための唯一の方法だ……。
最貧国の家計は、収入の「少額」「不定期」「予測不可能」という三重の困難に取り巻かれている。本書は〈ファイナンシャル・ダイアリー〉という聴き取り調査を、分厚く積み重ねた研究の成果であり、貧しい人々が編み出した創意工夫の数々をルポルタージュとも言える筆致で描きながら、マイクロファイナンスやインフォーマル金融の実態を分析する。さらに、「信頼性」「利便性」「柔軟性」「構造」という原則を提示して、貧困からの離陸のために金融になにができるのか、新たな道筋を示す。
みすず書房のHPで別の本を探していて、たまたま出会った1冊である。相当昔に著書『The Poor and Their Money』を紹介したことがあるスチュワート・ラザフォード教授が著者に名を連ねている本だということで、興味が湧いて読んでみようと考えた。しかし、3800円もする本だけに中身を読む前に購入するのはリスクも大きく、先ずは図書館で借りてみることにした。

8月は結構忙しかったので、結局2週間の返却期限内には読み始めることもできず、さらに2週間延長して、8月26日から出かけたインド、ネパール出張の際に携行し、その間に読もうと考えた。出張中は意外と時間がなく、本書を読んだのは主に出張最後の2日間のみ。最後の滞在先だったカトマンズから、飛行機、バスを乗り継いで自宅に帰り着くまでの約24時間をフルに使い、なんとか本文は読み切ることができた。もはや返却するしかない状況だが、巻末収録されている付録「ポートフォリオの裏側」「ポートフォリオ抜粋」も情報としては有用で、読めずに返却するのは少々もったいない気がする。アマゾンで中古本が2000円台で販売されているようなら、1冊購入してもいい。それくらいの価値は十分ある本だと思う。

本書は、僕たちが貧困世帯を見る際の新たな視点を提供してくれている。第1章で、著者はこう指摘している。1日2ドル未満の収入で暮らす必要のない先進国に住む我々は、たったそれだけの収入で暮らすということがどういうことなのかを想像するのが難しい。こんな僅かな収入では、その日暮らしを送るのが精一杯であり、それ以上のことを自力でなんとかするなど無理に決まっている。彼らが貧困から抜け出すには、国際援助に頼るか、いずれグローバル経済に取り込まれて成長の恩恵を与れるようになるのを待つしかない。我々はそう思い込んでいる。このため、世界の貧困というテーマになると、我々はすぐ、援助の流れや債務免除の議論、グローバル化の功罪についての議論を行なう。しかし、貧困者が自分自身で何ができるかといった議論には、ほとんど耳を貸さない。1日2ドル未満で生き延びる方法すら想像できないのだから、そこから繁栄に向かう道筋など思い描ける筈がない(pp.5-6)。

そこで、本書では、「ファイナンシャル・ダイアリー」という手法を取り、同じ調査被対象者の貧困層住民に、1ヶ月に2回の頻度で戸別訪問調査を行ない、日々のカネの出入りの状況について調べた。そこでわかったことは、我々が世界的な貧困問題に対してこれまで持って来た見方と、貧困世帯のニーズに応える処方箋に関する通説を、2つの点で大きく変更することを余儀なくされたという。

第1に、貧困者にとって、金銭の管理は日常生活の根本に関わる行為で、彼らはその方法を十分心得ているということ、そして第2に、わずかな収入を管理するために用いることができる手段が劣悪で、信頼性が低いことには、ほぼ全ての貧困世帯が不満を抱いている。従って、著者は、たとえ品揃えはわずかでも質の高い金融手段を安定的に利用することができるようになれば、貧困者の生活が向上する可能性ははるかに高まると主張する(p.8)。

同一世帯のお金の出入りを調べていく中で、貧困者であっても意外に頻繁に資金の出し入れをやっていることがわかった。一方で金融機関からお金を借りている債務者が、別の住民に資金を転貸していることもあった。僕らはある世帯のバランスシートをある特定の時点で区切ってとらえることが多い。まとまったお金が必要な時にはマイクロファイナンス金融機関から先ずお金を借りて、それから毎週少しずつ返済していくというのがその一例だ。だが、実際に貧困世帯が資金の出し入れをやっている相手が金融機関だけとは限らない。親に資金を預かってもらったり、まとまったお金は近所の人々複数名から借りたり、かと思うと逆に近所の住民から頼まれてお金を貸したり、ROSCA(回転式貯蓄信用組合)に掛け金を払ったり、いろいろな取引が行なわれている。

貧困世帯にとって金銭の管理がきわめて重要なのは、収入の額が少ないからではなく、それを得られるタイミングが不確実だからでもある(p.42)。国連や世界銀行などで行なわれている議論では、貧困者の年収が少ないことに注目し、収入を増やすには何ができるかに焦点を絞ったものが多い。しかし、実際には収入の上下動を予測できないという点も貧困世帯の生活に多大な影響を及ぼしている。著者の研究グループは、バングラデシュ、インド、南アフリカの3カ国で都市、農村の双方の住民からサンプルを取っているが、そうした世帯の多くが直面していたのが、この収入の不確実性の問題だったという。

また、別の興味深い発見もあった。貯蓄と借入は事実上ほとんど同じ行為であるというものである。どちらも、少しずつ支払いを行なうという点では同じだ。毎週少しずつ預け入れていくか、あるいは毎週少しずつローンを返済していくというもので、違いはまとまった額の資金を手にするのが早い(借入)か遅い(貯蓄)かという点ぐらいだろうという(p.145)。

さらに、マイクロファイナンスの場合に年利20%をゆうに超えると言われるローンの金利のついても、貧困世帯への貸出に関しては、金利を一定期間の取引額に応じた歩合として捉えるよりも、サービスを利用するための手数料として捉えた法が理解しやすいと著者は指摘している。返済期間が1週間程度の小額ローンに課せられた定額手数料を、実質年率に換算して、返済期間2年の事業資金向けローンの実質年率と比較してしまうと、貧困世帯の金融取引の本質が見えなくなってしまうという(pp.179-180)。

驚きというほどではないにせよ、以前少しばかり関心があって勉強してみたマイクロファイナンスの議論の中で言われていた話と実際の貧困層の生活実態がなかなかうまく繋がらないと感じていたところを、うまく説明されている本だ。収入向上活動の原資としての可能性をよく言われていたマイクロファイナンスだが、誰もが収入向上活動ばかりをやるためにお金を借りているわけではなく、実際にインドの農村でSHGのメンバーの女性にお話を聞いてみても、お金を借りたのは冠婚葬祭や子供の教育で急にまとまった資金が必要になった場合の緊急手段であることが多く、事業資金としての借入ニーズはそれほど大きくはないと感じたことがある。その辺りの経験をうまく説明してくれている本だと思う。

また、医療費や死亡時の一時金をファイナンスしてくれる保険の可能性や、老後の収入保障のための長期貯蓄についても本書では検討がなされている。手段としての有効性や実現可能性にはまだまだ課題も多く、実現に至っているスキームはそれほど多くはないが。

僕がこの本を読んだのは、出張から戻るフライトの機中だったが、読みながらこの本をもう少し早くから読み進めていれば、南インドで少しだけ行なった農村調査の際にも、もう少し幅の広い質問を準備することができたのではないかと後悔もした。調査はこれが最後ではないので、次回聴き取り調査を行なう際には、対象世帯が相当バラエティに富んだ金融取引を行なっているということを前提に、質問を組み立ててみるようにしたいと思った。

ということで、結論として、本書は中古でも購入したいと思う。

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