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『小さな変革』 [シルク・コットン]

小さな変革

小さな変革

  • 作者: ヒューマン・ライツ・ウオッチ
  • 出版社/メーカー: 創成社
  • 発売日: 2009/03/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
「朝4時に起き、絹糸の巻き取りをして働いた・・・(中略)・・・家に帰るのは週に一度だけ。あとは、2,3人の子といっしょに工場で寝起きして、自炊した。夜は機械の間で寝た。工場主から米を渡され、それを自分で炊いていた。代金は賃金から引かれた。休憩は1時間だけで、日に12時間働いた。糸を切るようなミスをしたら工場主から叩かれ、きたない言葉で罵られた。そしてもっと働かされた。(本文より抜粋)」
前著「インドの債務児童労働:見えない鎖につながれて」に続き、絹織物業に焦点をあてた本書では、債務児童労働の構造・実態、カースト差別との関係を法の執行に注目し分析しています。(NPO法人国際子ども権利センター紹介分より)
インドの製糸、絹織物工場では児童労働が行なわれているのではないかという話は聞いたことがある。インドの蚕糸業の暗部だろうと思う。僕は昨年南インドを訪れた際、ラマナガラム繭市場周辺に集積している製糸工場を見学したことがある。多条繰糸機を導入していたその工場では、14歳以下の労働者はいなかった。おそらく、伝統的な座繰り式の家内制零細工場の方が児童労働はあり得るのではないだろうか。

製糸工場での労働が過酷だというのはわかるし、そこで就学適齢期の児童が労働に従事しているのは一般的に言ってよくないことだというのもわかる。ただ、日本だって明治から大正にかけて全国各地に林立した製糸工場で雇われていた工女の労働環境は劣悪だったし、中には12、3歳の女の子もいたという。『ああ野麦峠』を読むと、過酷な労働環境は指摘はされているものの、工女たちの多くが、村で暮らしているよりも食事にも恵まれていてずっとましだとポジティブに捉えているのが意外だった。今のインドと明治・大正期の日本を比較するのは反則行為かもしれないが、本書を読んでいて蚕糸業自体が悪者視されていることについてはちょっと複雑な気持ちがする。

原題のサブタイトルは「インド・シルク産業における重債務児童労働」となっている。ところが、訳本のサブタイトルは「インドシルクという鎖につながれる子どもたち」である。この2つは、似ているようでちょっと意味が違う。訳本の方が、「シルク=悪」というニュアンスが強く、シルク産業が存在していること自体が問題だと指摘されているような気がする。

しかし、内容を読んでみればわかるが、ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査したのは「重債務児童労働」―――すなわち、親が作った借金の返済が滞った結果としての人身御供である点が指摘されている。被用者に支払う賃金が、やれ食事代だやれ装具のレンタル料だと名目を付けて天引きされ、手取りが極端に減るということ自体はどこの労働現場においてもよくある話で、蚕糸業が特別悪いわけではない。しかし、親の借金の形に特定の雇用主の下で働かさせる子供は、有無を言わせずそうさせられていて選択の余地がなかったという点で大きく違う。その意味では、避けて通ることは許されない本だと思う。

だが、本書を読んでいて、なぜそこで働かされている重債務児童労働者の親は、たかだか1000ルピー少々の借金をせざるを得なかったのか、そしてなぜ親はそれが返済できないのかというそもそもの原因に焦点を当てていないのが気になった。政治家や官僚、行政官、製糸業者、そして働かされている子供達へのインタビューはかなり重点的に行なわれ、政治家や高級官僚の無知、末端行政官の怠慢、製糸業者の狡猾さなどがこれでもかというくらいに暴かれているが、それらと比べて子供達の親に対するインタビューはほとんど行なわれていない。これだけ読んでいたら、蚕糸業の存在自体が悪だというイメージを読者に与えてしまう。そう意図されているのかもしれないが。

この調査自体が2002年頃に実施されたものなのでそれから10年経過した今の状況を見て、本書の指摘に反論するのは難しいのかもしれない。しかし、敢えて反論するとすれば、少なくとも南インドでは農業労働者の不足が顕在化してきており、賃金が上昇している。それでなくてもインド政府の全国農村労働雇用保証制度(MGNREGS)が施行されていて、この程度の借金なら、年間10~20日働けば完済できてしまう。だから、本書を読んで今のインドも同じ状況だと思うのは間違いかもしれない。本書の原書が出たのも2008年で、訳本も2009年となっており、少なくともMGNREGS施行されてから数年経過している時点で刊行されている。今がどうなのか、親はそれでも相変わらず借金して、それが返済できずに子供を工場で働かせるような行為を選択しているのだろうか。

指摘事項は真摯に受け止める必要があると思う。それは間違いないので、今後製糸工場を訪ねる機会があれば、もう少し自分なりに調べてみたいとは思う。

ただ、誤解に基づく記述や誤訳が幾つか目につき、若干興ざめな思いがしたことも付け加えておく。例えば、訳者まえがきでこのような児童労働商品を我々日本の消費者が買ってしまう危険性を指摘されているが、日本に入って来ているインド産シルク商品の多くは、バラナシ・シルクか主に北東州で生産されている野蚕シルクを用いた商品であろう。これらの商品については確かに児童労働が関わっている可能性はある。一方、本書の調査対象地であった南部カルナタカ州やタミル・ナドゥ州産のシルクは、日本には入って来ていない。中国産シルクに価格競争力で勝てないからだ。その辺の峻別をせず、インド・シルクをひと括りにするのは、ちょっと乱暴な論法だなという気がした。

さらに、本書で登場するナラシンハ・ラオ氏は元「大統領」ではなく、元「首相」である。原文がそうなっていたのか、訳者が間違えたのか、どちらなのかはわからないが。同様に、他からの引用でもないのに一文字下げが行なわれていたりして、訳文そのものよりも表記の仕方が読みづらさを助長しているような気がした。


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