『マネー・ボール』 [ベースボール]
出版社/著者からの内容紹介最近、贔屓の中日ドラゴンズが調子いいので、気分が良い。何しろ連休に入ってから5月4日終了時点で5勝0敗2分でただ今単独首位。山崎、森野に続いて吉見まで選手登録抹消されている状態で、望外の好成績だ。驚きなのは、打てん打てんとイライラが募った打線はまあ相変わらずなのに、対戦相手の方がもっと打てないことだ。ここまでの17勝中、完封勝利が10もある。調子の上がらない横浜相手の三連戦がここまで3回もあるのが大きい。(横浜ファンの人、ごめんなさい!)
メジャーリーグの球団アスレチックスの年俸トータルはヤンキースの3分の1でしかないのに、成績はほぼ同等。この不思議な現象はゼネラルマネージャーのビリー・ビーンの革命的な考え方のせいだ。その魅力的な考え方はなんにでも応用できる。マイケル・ルイスはこの本で、その考え方を、切れ味のいい文体で、伝記を書くように書いた。ここには選手たちがたどる数々の人生の感動と、人が生きていくための勇気が溢れている。
ただ、打てない打線にイライラするのは変わらない。前にも書いたが、平田!当たりが出始めると滅法打ちまくるが、当たりが止まるとさっぱり打てない。三振か内野ゴロ。四死球での出塁は殆どない。出塁率を打者の評価基準として見る「マネーボール理論」を導入し、そしてビリー・ビーンがドラゴンズのDMをもしやってたら、平田は放出の対象だろう。出塁率.315はセリーグ17位。ドラゴンズのスターティングラインナップの中では下から二番目だ。つまり、もっと低いのがいる。荒木である。荒木の今年の不振も目を当てられない。4日の試合も、大事なところで荒木に1本出ていれば、抑えの岩瀬がソロHRを2本連続被弾して引き分けに終わるなんてこともなかっただろう。
一方で、打率だけで見たらさほどいい成績でもないが出塁率が高い選手がいる。谷繁の.411である。どこが違うかといったら、四球を選べるかどうかということらしい。谷繁はここまで19個も四球を選んで出塁しているが、平田は9個だ。
ただ、ここで疑問が生じる。谷繁が四球が多いのは、彼が八番を打っているからではないかと思うのだ。森野がファーム落ちする前までの打順でいうと、六番井端か七番平田が出塁して、一塁が空いていたりすると、谷繁は敬遠で歩かされ、次の九番のピッチャーで勝負される。そういうので四球が多くなっているのが谷繁には多い。メジャーに「敬遠」なんて概念があるのかどうかは知らないが、日本に「マネーボール理論」を当てはめようとすると、そういうところは評価が難しいような気がする。
勿論、この理論については大筋では納得感がある。今日本のセリーグで最もいい打者を1人挙げよと言われたら、印象論で言えば僕は阪神の鳥谷を挙げる。やたらとファールで粘るので、対戦する投手はかなりの球数を放らされる。そういう印象があったのでデータを見ると、なんと今シーズンもここまで選んだ四球の数が26個と断トツの1位だ。打率は.289と彼としては少し低めだが、四球を考慮すると、出塁率は.435にはね上がる。1打席当たり対戦相手の投手に何球放らせたかというデータがあれば、鳥谷の成績は相当上位に行くだろう。
さて、先に「マネーボール理論」の話をしてしまったが、本書はそれを球団経営に初めて導入したビリー・ビーンのお話というよりも、「マネーボール理論」の生い立ちと普及プロセスを描いた作品である。去年日本でも映画公開されたので、ご存知の方は多いのではないかと思う。
オークランド・アスレチックスといえば、昨年1年間だけ松井秀喜選手と契約して、1期だけで契約更新しなかった球団、そして一昨年ポスティングで岩隈の交渉権を得ながら結局交渉決裂で岩隈の楽天残留の結果を招いた球団であり、あまりいい印象を持っていない人が日本には多いと思うが、2001~2003年シーズンのアスレチックスの圧倒的な強さを誇っていた頃に米国に駐在していた僕にとっては、アスレチックスだけではなく他球団の馴染みのある選手がいっぱい登場してきて、読んでいて懐かしくて仕方がなかった。おまけに、このビーンGMは元々は1980年代に現役の野球選手でマイナーとメジャーの間を行ったり来たりしていたそうだが、彼がメッツのファームで一緒にプレーしていたダリル・ストロベリーがメジャー昇格して頭角を現し始めた80年代の半ば、僕は米国留学していて、ストロベリーの記事は新聞でよく目にしていた。本書の舞台は主に2002年シーズンで、アスレチックス球団フロントの動きを追いかけたものだが、冒頭の2つほどの章でビーンGMのプロ入り以降の苦闘の話が紹介されている。主にはこの2時点のお話だが、その両時点でたまたま僕も米国にいたということもあり、非常に懐かしく、そして興味深く読んだ。
もう1つ面白かった理由が、日本にも来た外国人助っ人経験者が何人か登場したことだ。例えば阪神のマット・キーオは、2001年当時、アスレチックスのスカウトをやっていたらしい。また、中日でいえばほんの端役だがマット・ステアーズが出てくるし、2002年シーズン後に監督就任したケン・モッカといったら、1980年代前半のドラゴンズ打線を支えた優良外人選手だった。
本書で紹介されている「マネーボール理論」、あるいは「セイバーメトリクス」というのは、今や日本でもかなり名前が知れてきたように思う。確かに本書を読んでいるとセイバーメトリクスにも一理あると思えるところはあるのだが、出塁率にこだわる打者選択はわかるにせよ、投手選択における理論的根拠が何だったのかは、読み終わってみて「?」としか思えなかった。現場を見ないで客観的データに頼るやり方でもデータが嘘をつかないところは確かにあるだろうが、それが全てではない。選手がプレーする現場を見て感じるスカウトマンのひらめきのようなものもあるかもしれないし、投手の失投や打者の打ち損じを引き出す駆け引きのようなものもかなりあるのではないだろうか。プレーが心理に大きく左右されるようなスポーツなのだから、出塁率1点張りでの戦力補強がどうなのだろうか。それに、ちょっと不振に陥ったり、あるいはちょっと成績が良くなって年棒が高くなりそうだというだけで、すぐにトレードの材料とされてしまうというのでは、選手も気持ち良く長期間はプレーできそうにない。
結構諸刃の刃だなというのが本書を読んだ印象だった。
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