So-net無料ブログ作成

『イスラム過激原理主義』 [読書日記]

Pentagon.jpg
《9.11の日、ポトマック川のキー・ブリッジからペンタゴン方面を撮影》


イスラム過激原理主義―なぜテロに走るのか (中公新書)

イスラム過激原理主義―なぜテロに走るのか (中公新書)

  • 作者: 藤原 和彦
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2001/10
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
イスラム過激派が話題になるのは戦争やテロの際に限られているため、彼らは無謀な狂信者集団だと思われている。しかし現実には、彼らは独自の革命思想のもとに組織化され、各々の論理と目的のため冷静に手段を選択している。スポンサーとなっている国家さえある。敬虔な若者たちが、暴力的な原理主義運動に身を投じるのはなぜか。その誕生から世界を震撼させる現在まで、イスラム原理主義の思想と歴史を解明する。

この本は9.11の直後に発刊され、当時はかなり売れた1冊だった。僕は当時ワシントンDCにいて、12月にニューヨークに出かける予定があり、そのついででニュージャージー側にある紀伊国屋書店で購入したものだ。読もう読もうと思っていて、なんと10年以上も積読状態にして放置していた。本に申し訳ない。

基本は9.11の背景を理解するための1冊である。ただ、舞台の大半はエジプトであり、ムスリム同胞団やアズハル大学など、今に繋がる情報もかなり多い。時事問題を扱う本は登場人物が多すぎて、一回読んだだけではなかなか頭に入ってこないのが玉にきず。最後に索引があったのは読者にとても優しい配慮だと思う。

著者は1981年のサダト大統領暗殺から1997年のルクソールでの外国人観光客をターゲットにした乱射事件までを詳細に取材し、アラビア語による原語の意味や含意を踏まえて、原理主義の流れと過激派の実像を開設しようと試みている。主に取り上げているのは、サダト大統領を暗殺して、後に国際革命路線に傾斜した「ジハード団」と、ルクソール事件などの大量殺戮テロを実行した「イスラム集団」というエジプトの二大組織である。米国同時多発テロにもエジプト出身者が関与しており、そのイデオロギーの源流としての「ムスリム同胞団」の系譜や、ビンラディンのネットワーク形成を扱い、イスラム過激派の概要が理解できる。

今頃何故書棚から引っ張り出して来て読んだかというと、このところに「読書日記」で集中的に「宗教」や「イスラム」を取り上げていることと当然関係がある。

必要な情報だけを求めて、飛ばし読みをした。

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

70年代はじめ、エジプト全域で原理主義勢力が台頭した背景には、サダトがイスラム勢力復興を積極的に支援したことがある。サダトがナセルの跡を継いだとき、最大の政敵はナセル前政権内の左派勢力だった。サダトはイスラム勢力を台頭させて、この左派に対抗させようとしたのだ。上エジプトでもアシュート大学はじめ各大学、高等教育機関、原理主義色の濃い学生組織が続々と誕生した。(中略)ナセル前政権が学費無料の大学を開設してくれたおかげで、大学に進学することができた青年たちだった。(pp.77-78)

 92年のファラグ・フォダ暗殺をはじめとする文化人テロを通じ、エジプト原理主義運動の2つの潮流「穏健原理主義」と「過激原理主義」の”恐怖の連携”も浮かび上がった。まず、穏健派が1人の世俗・自由主義文化人を背教者と決めつける。すると、過激派がその処刑を実行するという連携だ。穏健派はテロを否定する。しかし、その意思を過激派が請け負うといった格好だ。もっとも二潮流間の意思伝達が直接行われたわけではない。いわば”あうんの呼吸”に見えた。
 その過激派を代表したのが「イスラム集団」と「ジハード団」だった。一方、穏健派を代表したのは「ムスリム同胞団」だった。穏健派にはまた、カイロにあるイスラム教スンニ派最高学府アズハルの一部原理主義イスラム学者(ウラマー)が加わった。彼らは、一種の職能組合である「アズハル・イスラム学者戦線(ガブハ・アル・ウラマー・アル・アズハル、AASF)」に結集した。同戦線メンバーの少なくとも半数は同胞団員だった。AASFは、狙いを付けた世俗・自由主義文化人を背教者と決めつける役割を担った。まさに「文化人テロ」の尖兵だった。
 アズハルは、西暦970年に設立された古いモスクと、その2年後に設けられた付随のマドラサ(学院)からなる。現在は「アズハル最高評議会」「イスラム研究アカデミー」「アズハル大学」など5機関から構成される。最高指導者、つまりアズハル最高評議会議長は(中略)、英語ではグランド・イマーム(大導師)と呼ばれ、エジプト内6000以上の宗教機関を監督する。独立した機関ではなく、エジプト革命後の61年以来、アズハルは政府の管轄下に置かれている。(pp.152-153)

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

取りあえず、現時点では、エジプトがイスラム学を勉強する留学生を外国から盛んに受入始めた背景と、国内におけるアズハル大学の位置付けについて少しでも理解できたら可としたい。


nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0