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『アジアの非伝統的安全保障Ⅰ』 [読書日記]

アジアの非伝統的安全保障Ⅰ: 総合編 (アジア地域統合講座テキストブック)

アジアの非伝統的安全保障Ⅰ: 総合編 (アジア地域統合講座テキストブック)

  • 編者: 天児 慧
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 2011/11/24
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
グローバリゼーションがもたらしてきたさまざまな負の側面は地域協力・地域統合にいかに関わるのか。感染症、環境、地域民族紛争などに焦点を当て、アジアの地域統合を考える。
ブログでも度々ご紹介しているが、年度末までにレポートを欠くために2月下旬以降英語の論文を17本読んだ。昨夜から今朝にかけて読んだのが最後の1本で、今日はさらにその最後の1本の日本語要約を作成した。これらの論文に共通するキーワードは「人間の安全保障」なのだが、本書の序章「アジアにおける非伝統的安全保障と新たなガバナンス」において、著者の天児先生が書かれていることによると、「「人間の安全保障」という用語は、アジアにおける多くの国では「非伝統的安全保障」と表現して」(p.10)いるのだそうだ。要は同義という立場を本書では取っているが、言葉から受けるイメージは随分と違う。

多くのアジアの国々では、”Human Security”を使わずに、「非伝統的な安全保障(Non-traditional Security)」を使います。おそらく、人権をめぐる問題、政治体制をめぐる問題ということに発展する可能性があるデリケートなことだからでしょう。あるいは安全保障の主体を考えますと、これまで述べてきた環境、感染症、自然災害、貧困などを解決する主体として国家の役割を無視することはできない。それどころか国家こそが依然として最も重要なアクターになっているのが現実です。ですから、アジアでは、一般的に”Human Security”、人間の安全保障という言葉よりも「非伝統的安全保障」という言葉の方が多く用いられるのです。(p.17)
本書は毎回違う講師による大学での講演録のようで、「です・ます」調の記述が印象的だ。アカデミックな装丁の本だが、実際読んでみると国際協力の現場での経験豊富な人が講師陣に加わっていて、経験に基づいて話される内容にはかなり説得力がある。

例えば、第2章「HIV/エイズ、SARS感染症、自然災害(震災)」の著者は、WHOの仕事で中国でも働いたご経験があり、個人的にも存じ上げている方だが、越境感染症対策について書かれている次のような記述は、今まで僕が悪戦苦闘を強いられてきた英語論文の理解にも参考になるところがあった。
やはり感染症の脅威と戦うためには、迅速で透明な情報共有が大事ですし、政府のコミットメントが大事ですし、何が効くかというストラテジーの開発が必要です。また、保健分野だけ、厚生省だけじゃなくて、マルチセクターで一緒にコーディネートして対策をとるべきです。そしてもともとある保健制度の強化も必要です。今回の新型インフルエンザで心配されたのはやはり糖尿病や、リスクをすでに持っている人が亡くなってしまうことでした。そういうリスクにある人たちが重要です。(p.75)

 地震、洪水、津波、旱魃、山火事など大火災といった自然災害も人間の安全保障の重要な課題です。(中略)中には地球温暖化に関連していると思われるグローバルな問題でもあります。それはまた、マラリアの拡大といった感染症の分布域の拡大にもつながっているという議論もあります。このように人間の安全保障という概念は、具体的にいろいろな課題がありますが、それらの課題がお互いに関連しあっているものでもあり、さまざまな専門が連携して、多分野からの取組みが必要であり、かつ、それぞれの地域の社会文化に配慮した対策がとられる必要があります。(p.78)

もう1つ、本書では第3章「グローバルでリージョナルな国際的感染症」で、鳥インフルエンザへの取組み事例を挙げている。
 国境を越える感染症に対して、どのように対処すべきでしょうか。問題は共通しているわけです。しかし各国によって、対応策が異なっていたり、連携がとれなかったり、どのように対応すべきはガバナンスの問題です。国別アプローチの問題なのです。これを一様に日本でとる対応と、韓国でとる対応、中国でとる対応あるいはベトナムでとる対応、いろんな国でとる対応を問題が共通しているからといって同じにすべきだといっても、それは不可能です。ですから国別アプローチを尊重するという意見もありますが、どうしたら効果的なリージョナルなアプローチができるのか、どのような関係を築いたらよいかを検討することは、私たちの役割でもあります。
 アジア統合のためのテーマと一致すると思いますが、人材育成、およびその拠点形成、つまり地域のガバナンスの理論構築、地域ガバナンス、危機管理メカニズムのネットワーク形成です。(p.97-98)

さらに、第8章「アジアにおける地域紛争」も、僕が最近読み込んでいたテーマとはちょっと違うものの、近い将来には参考になる示唆に富んだ記述があった。本稿には「南タイ、ミンダナオ問題と東南アジアのイスラム過激派」という細節がある。いずれも、タイやフィリピンという国で見た場合はイスラム教徒はマイノリティである。しかし、そこで仏教徒であること、クリスチャンであることが当たり前と思われて様々な政策が導入されると、エスニック・アイデンティティや宗教アイデンティティの危機と捉えられてしまうリスクが大きい。
 それでは、この問題に対して周りの国々はどのように思っているかです。たとえばタイであれば、隣国がマレーシアであり、国民のほとんどがイスラム教徒の国ですから、マレーシアの介入があるのではないか、あるいはフィリピンだって隣が世界一のムスリム国家のインドネシアですから同様に介入があるのではないかと考えます。しかし、ASEANには内政不干渉、主権尊重という大原則があります。いわゆる”ASEAN WAY”という考えが機能していますので、ほかの国の国内問題には一切口を出さないというのが原則です。
 私は南タイの問題に関して、もっと積極的にタイ政府とマレーシア政府が話し合って、この地域の人たちの問題解決をはかればよいと思います。たとえば、ムスリムの教育支援をマレーシアが積極的にやればかなりのレベルで解決の展望が見えてくるはずではないのか、(中略)このように、南タイでは、イスラム過激派とのネットワークがなんとなくできている実態を見過ごされています。
 若い世代の多くは、(中略)中央との大きな経済格差に不満を持っています。バンコクに行けばあれほど商業経済が繁栄しているのに、なぜ南タイには仕事がないのか、所得が低いのか、これは同時に教育機会の不平等の問題にもつながっているのです。これらの不満が、イスラム過激派の温床となっていきます。(p.213)
結局のところ、こういう地域の経済社会開発が進んで、人々の暮らしに豊かさが実感できるようになってこれば、民族紛争や宗教紛争よりも今の暮らしの方が大事というように意識が変わっていくということなのだろうか。

一部の章に非常に誤字脱字が目立つ1冊でもあった。

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