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宗教がわかれば世界が見える? [読書日記]


池上彰の宗教がわかれば世界が見える (文春新書)

池上彰の宗教がわかれば世界が見える (文春新書)

  • 作者: 池上 彰
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/07
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
人はなぜ宗教を求めるのか?日本人は「無宗教」なのか?スピリチュアルブームの正体は?仏教、キリスト教、イスラム教の3大宗教から、神道、ユダヤ教まで、7人の賢人と池上さんが読み解いた。世界を正しく理解するために必要なエッセンスがこの一冊に。
ソウル、マニラと短期の海外出張が続いた後、次の課題は再び東南アジアのイスラムだ。既に相当忘れた頃に再びこの話題を取り上げることになるため、その前に簡単な本でも1冊読んでおこうと思い、池上彰さんの著書を図書館で借りてみた。

このブログで池上さんの著書を取り上げる際には毎回述べているが、池上さんの解説って、その場ではわかった気になれるのだが、後になかなか残らないというものが多い。ところが、対談集のようなものになると、池上さんの対談相手が相当に語ってくれているので、読んでも後に残らないということはあまりないように思えた。勿論、それは聞き手の池上さんが文脈を上手くつかんで適切な質問をどんどん繰り出し、相手の言いたいこと、読者に伝えたいことを引き出してくれているからだと思う。

本書では、仏教(浄土真宗、禅宗)、キリスト教、神道、イスラム教と並べてインタビュー形式で各々の宗教の考え方、教え方の違いを割と丁寧に解説している。それに宗教学者による概観も述べられている。各宗教に関する入門書としては最適だと思う。

ただ、本書のタイトルと中味とはちょっと違うような気がする。池上さんは、宗教を、「よく死ぬ」ための予習と位置付けて書かれている。冒頭で東日本大震災によって日本人が抱いた無常観が語られており、誰もが自分の生と死を納得するものとするために、そしてそうした人々の心を癒し、救い、安寧を与えるために、今こそ伝統宗教が本来の役目を果たす時だという問題意識に則って書かれているのである。
だから、本書では各々の伝統宗教を並べてみて、その教義を比較考証して、「さあ、あなたはどの宗教を選びますか」という問いかけが行なわれているが、僕はそうしたやり方はちょっとどうかなと思う。そうした仮に読者の側にあるとして、それで本書を読んだからといって、「世界がわかった」ことにはならないのではないだろうか。池上さんの著書だから「世界がわかる」と付けた方が売れると出版サイドで考え、読者の側にもそうした期待もあって本書を手に取ったとしたら、内容が違うということはあらかじめ承知しておいた方がよい。

本当に世界を知りたいと思ったら、本書はもっと伝統宗教と他の伝統宗教との親和性についてもっと考察を行なうべきだったと思う。ざっと読んでみて僕が気付いた「宗教の衝突」に関する最初の記述は、島田拓巳氏との対談における島田氏の以下の発言だろう。
島田 一時は原理主義が問題化しましたけど、あれは過渡期的なことだったと思いますね。原理主義といっても、過激になるのはいろんな要因が重なってそうなるのであって、経済発展が起こってくると、あまりに過激な宗教には人が集まらなくなる。少子化が進むと、子どもをテロリストにはさせたくなくなる。子どもたち自身も豊かな環境で育ってくるから、そういう将来を目指さないですよね。
 その代わり、たとえばカトリックの牙城だったブラジルで、プロテスタントの福音派という新興宗教的なものがけっこう広がっているんですね。ローマ教皇が危惧の念を抱いてブラジルに行ったほどです。かつての日本と同じで、経済発展が起こっている国では新興宗教が流行るわけですよ。その時期を通り越すと、今の日本のように江戸時代的な信仰の形態に行き着く。
 だから日本は、ある意味では世界でもっとも宗教的に進んだ国になっている。テロもオウム真理教が早かったですから。そういう意味では、全て前倒しで来ているから、現在の日本の信仰の形態が、実はこれからの世界的なスタンダードだと思います。(pp.90-91)
つまり、ここだけを読むと宗教対立は経済が成熟してくると後退していく、衝突は起きなくなると言っているのである。

しかし、その一方で、中東のイスラム研究の第一人者である飯塚正人氏は、次のようにも述べている。
 ただ、やはり9.11の影響は、イスラム教徒の中でも大きいんですね。あれは、よく言われる劇場型犯罪の最たるもので、あの死に方がかっこいいと思う若者が出てきたのは、イスラム教徒の側でも否定できない事実だと思います。この十年間で、自爆テロはかっこいいし、天国に直行できると信じ込む若者たちが出てきた。さらにはそれを積極的に打ち出すことで、自爆テロ志願者をリクルートしようとする人間たちもいる。
 イスラム教徒にとって理想の生き方をしたはずのムハンマドは殉教などしていませんから、本来はおかしな話なんですが。(p.236)
うーん、どっちなんですかね。僕としては、島田氏が仰っているのは経済成長が一服して定常化が進んでいる先進国で言えることであって、急速に発展を遂げる過程にある新興国やその他の途上国では、飯塚氏の指摘しているポイントの方が、説得力があるような気がするのだが。勿論このお話は今世界各地で見られる若者によるイスラムの再評価(あえて「原理主義」とまでは言わないが)のことを述べていて一般化は難しいかもしれないが、今のインドで都市郊外に住む中間層の間で新興宗教が流行し、そんな中で親はシーク教徒なのに娘は創価学会員なんて家族も登場しているのを見ると、急速に経済発展が進んで人々の価値観がその変化についていけない時、そして忙しさに追われて心の豊かさが置き去りにされる時、何かに救いを求めたくなる気持ちはわかるような気がして、考えさせられるところはある。

1ついいなあと思ったのは、仏教について書かれた章の中で、「寺を地域の拠点に」という見出しの節があったことだ。

僕が実生活でそれを実感できるのは年末年始に帰省して、元日朝に近所のお寺にお参りして住職のご説教を聴く時ぐらいしか今はないが、地域の檀家の方々が皆集まり、年始の挨拶を交わす姿に、高齢化は進んでいてもここには「地域」というものがあるのだなというのを実感する。日本は1950年代以降人の移動が激しくなり、生まれ故郷で通ったお寺と同じ宗派のお寺を引越先の地域で見つけてそこに通うなんてことはあまり行なわれなかったために、仏教の役割はかなり低下してしまったと思う。(個人的印象だが、キリスト教やイスラム教は比較的そういうのが少ないような気はする。)今伝統仏教に期待したいのは、全国どこに行っても自分が生まれ育った地で教わったお経のあげ方を同じように実践できるような場所を檀家の子息に紹介できるような懐の広さではないだろうか。

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