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『雪男は向こうからやって来た』 [読書日記]

*文末に加筆を行ないました。既に記事を読まれた方は、最後の加筆文をご確認下さい。(2月7日)

雪男は向こうからやって来た

雪男は向こうからやって来た

  • 作者: 角幡 唯介
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2011/08/26
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
いったいソイツは何なのだ?なんでそんなに探すのだ?2008年10月22日、われとわが目を疑った人は、日本中に大勢いたに違いない。「ヒマラヤに雪男?捜索隊が足跡撮影、隊長は“確信”」の見出しとともに、雪男のものとされる足跡の写真が新聞を飾った。まさに、それを撮った捜索隊に加わり、かつて雪男を目撃したという人々を丹念に取材した著者が、厳しい現場に再び独りで臨んでえぐり取った、雪男探しをめぐる一点の鋭い真実とは?―――。
ヒマラヤを舞台にしたルポルタージュを読むのは、ジョン・クラカワー著『
空へ―エベレストの悲劇はなせ起きたか』や、日本の代表的クライマーを描いた佐瀬稔の一連の著作を続けざまに読んでいた1990年代後半以来のことである。いずれもエベレスト登山のシーンが登場する作品で、読んだ動機はその当時ネパールの首都カトマンズに駐在していたことが大きい。2年7ヵ月というのは思っていたよりも短い駐在期間で、その間に休暇を使ってできたのは妻と出かけたアンナプルナ山系のトレッキングだけだった。エベレスト街道のトレッキングは1週間程度の休暇ではなかなか行けないので、結局行く機会がなかった。エベレストについては、マウンテンフライトやチャーターヘリコプター便乗で二度ほど行く機会はあったが、自分の足で歩いて行って、エベレストの頂を麓から見上げるような達成感は味わったことがない。ベースキャンプよりも上の、酸素濃度が薄くて僕らにはとても辿り着けないような世界で繰り広げられたクライマー達の闘いを読むことで、自分も行った気になりたかったのかもしれない。

そんなジャンルの本をたまたま見かけたのは近所のコミセン図書室。分厚かったが、挿入されている写真が結構魅力的だったので、読んでみようと前々から思っていた。実際借りてみてみると、本書の著者は『空白の5マイル』の著者でもあることがわかった。『空白の5マイル』は読んでいないが、去年書店店頭で何度か見かけて、これも面白うそうだと思っていた。ノンフィクションとしては幾つか賞を取っていると聞いた。ただ、舞台がチベットだったので、ネパール・ヒマラヤほどの魅力をにわかには感じなかった。

本書の舞台となるダウラギリⅣ峰麓のコーナボン谷へのルートの拠点となるミャグディ県ベニは、ジョムソン街道の起点となる町でもあるので、ネパールに駐在して1週間から10日程度の休みがあればちょっと足を伸ばして行くことができる。実際、僕もベニの手前のバグルン・バザールまでは行ったことがある。このお話は意外と僕達に近いところにあるのである。

良い論文を書きたければ多くの読者が高い評価を与える論文を読めとよく言われる。同様に、良いルポルタージュを書きたければ、よく読まれているルポを読むべきだとも。本書はまさにそうした良質のルポの好例で、元々朝日新聞の記者だった方らしいので、文章が読み手にとって非常に優しい。加えて、地名やヒマラヤのクライマーの系譜についても丁寧に解説し、必要あれば重複があっても多少の説明を加えてくれているので、全く予備知識のない読者であってもすらすら読める。もう1つ好感が持てるのは、事実描写は事実描写に徹して、自分の想像や感情に関する部分は、そうと断って書いている。ルポの鉄則だとは思うが。

お陰で、とても読みやすい、臨場感もたっぷりで感情移入もしやすい読み物になっている。既に読まれた方の殆どが非常に好意的な書評を残されているが、その理由がよくわかる。雪男探しのような冒険心をかき立てられるテーマでなくても、ルポはこういうふうに書いてみたいという手本のような本だと思う。ノンフィクションライターとしての高いセンスを感じる。

植生の限界域を超えるまでの間に、雪男探検隊はヒルの生息するジャングルを抜けなければならなかったが、ヒルの大群に襲われた部分の状況描写はリアルだ。自分が山歩きをしていて、ヒルの森を通過した時のつらい経験を思い出した。

昔、徳川埋蔵金を探してテレビ局を巻き込んで散々穴掘りをやって視聴者を引っ張りまくり、2時間後には「あるとしか思えない」という名言を吐いて番組を締めくくっていたコピーライターがいたが、本書を読んでいると、現場にいた当事者の人々は、「(雪男は)いるとしか思えない」という言葉を胸に、何度もコーナボン谷入りしてきたのだろうなと思った。足跡は散々見つけている。棲みかとしている岩穴も見つけた。状況証拠としては雪男はいることを嫌というほど示している。次こそは現物を写真に収めたい。その気持ちが彼らを何度もヒマラヤに向かわせるのだろう。

オチを言ってしまうと面白さは半減するかもしれないのでこれくらいで。
読売新聞のHPに書評が出ていたので、参考にしてみて下さい。
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20111114-OYT8T00182.htm

このような本に手を伸ばしたのは虫の知らせだったのか、2月に入り、昔カトマンズで一緒に働いたことがある会社の同僚が、またカトマンズに赴任することが決まったことを知った。二度目も赴任できるなんて本当に羨ましい。

昔読んだ本のリストです。

空へ―エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか

空へ―エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか

  • 作者: ジョン クラカワー
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1997/10
  • メディア: 単行本

狼は帰らず―アルピニスト・森田勝の生と死 (中公文庫)

狼は帰らず―アルピニスト・森田勝の生と死 (中公文庫)

  • 作者: 佐瀬 稔
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1998/11
  • メディア: 文庫


長谷川恒男 虚空の登攀者 (中公文庫)

長谷川恒男 虚空の登攀者 (中公文庫)

  • 作者: 佐瀬 稔
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1998/05
  • メディア: 文庫

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

  • 作者: 夢枕 獏
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2000/08/18
  • メディア: 文庫

神々の山嶺(下) (集英社文庫)

神々の山嶺(下) (集英社文庫)

  • 作者: 夢枕 獏
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2000/08/18
  • メディア: 文庫


【2012年2月7日加筆分】
この本は虫の知らせだったのだろうか。2月6日(月)付の日経新聞夕刊の訃報欄に、こんな記事が載った。
芳野満彦氏(よしの・みつひこ、本名=服部光彦=はっとり・みつひこ、登山家)
5日、心不全のため死去、80歳。(中略)
17歳の時に八ヶ岳で遭難、凍傷で両足先を失い、”五文足のアルピニスト”と呼ばれた。1965年、マッターホルン北壁の登頂に日本人で初めて成功。新田次郎氏の小説「栄光の岩壁」のモデル。山岳画家としても活躍した。
さらに、7日(火)付の日経新聞朝刊スポーツ面には、同紙編集委員による芳野氏の評伝が掲載されていた。

芳野氏と本書がどのように絡むのかというと、新聞記事では全く触れられていないが、芳野氏こそが日本人で初めて雪男を間近で見たというアルピニストであるからである。本書で描かれている数々の雪男探検隊の発端は、芳野氏の目撃談がきっかけとなっている。本書には、その雪男というのがどんな姿だったのかを、芳野氏自身が描いたイラストとして掲載されているし、著者である角幡氏も、探検隊に参加する前に行なった事前調査で、水戸の芳野氏の自宅を訪問し、その時の体験についてインタビューを行なっている。

人は誰もが歳を重ね、やがては死んでいく。本書は、芳野氏の生前に行なわれた雪男関連の最後のインタビューだったに違いなく、その点でも本書の価値は大きいと改めて思った。
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コメント 1

toshi

コメントありがとうございました。
by toshi (2012-02-08 15:13) 

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