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『国際開発協力の政治過程』 [読書日記]

国際開発協力の政治過程―国際規範の制度化とアメリカ対外援助政策の変容

国際開発協力の政治過程―国際規範の制度化とアメリカ対外援助政策の変容

  • 作者: 小川 裕子
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2011/03
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
開発経済学に依拠した途上国開発の内容検討から、援助国側政策の国際政治学的分析へ―本書におけるこの既存研究路線の転換が孕む意味は大きい。援助超大国アメリカの最近の行動変化、すなわち、国益優先を堅持し、期待される協力から逸脱を繰り返してきた従来の国家行動が、貧困削減への積極的姿勢に転じた経緯の追究を通じ、国際開発規範の法制度化等、その高次化が果たす役割の分析・考察を中心に、国際開発協力に新たな展望を拓く力作。
先々週の三連休に図書館に籠って読み込んだ読書会の題材はこの本である。

近年、国際政治学の世界では「国際規範」という概念が注目を集めているそうである。

中央集権的な世界政府が存在しないため、国家は国益を優先し国際協力は進展しない。このため、国際社会では、貿易や金融をはじめとする各分野において、国際的なルールや制度などの超国家的な枠組みを形成することによって、国際協力を進展させようと目指し、様々な取組みが行なわれてきた。 

開発援助の分野では、頻繁に国際会議が開催され、多くの目標が掲げられてきた。しかし、国家行動を拘束するルールや制度が形成されてこなかったため、既存の国際政治学者は、ルール・制度の不在下における国際協力を十分検討する方法をもらず、開発援助の分野での国際協力はあまり検討されてこなかったという。

そこで本書は、ルールや制度に代わる仕組みとして「国際規範」に注目する。「国際規範」とは、何らかの行動に関する国際社会の中で醸成された集合的な期待である。開発援助においては、国際社会において多くの期待を集める、規範企業家である国際開発機関が提唱する行動原則を、国際規範とみなすことができる。

本書は、複数の国際規範の中でも長きに渡り影響力を保ってきた2つの国際規範、すなわち、世銀の貧困削減アプローチである「成長規範」(貧困削減のためには経済成長の促進を優先すべき)と、国連の貧困削減アプローチである「貧困規範」(貧困削減のためには貧困問題の解決を優先すべき)に着目し、これら両規範が国家行動に与える影響を検討している。

本書では、特にアメリカと国際規範の関係に着目している。米国は史上初めて途上国の経済開発を目的とした対外援助を行い、開発援助のモデルを構築した。また米国は世銀や国連諸機関に人材や資金を提供するなど、国際機関の援助動向にも大きな影響を与えてきた。

その一方で、米国は冷戦を背景として対外援助政策を戦略的に活用してきた。それは国益に合致しない、自国企業にとって利益が小さい貧困規範には従わないという態度となって表れた。集合的な期待にすぎない国際規範には、国家行動を拘束する力はない。また、国際規範に従わない場合に加えられる社会的制裁も大国の行動を変えることは難しい。従って、米国が貧困規範に従わないのは当然に思える。

しかし、1980年代後半以降、米国は次第に貧困規範に従うようになった。それはなぜか?
そこで本書が示す仮説は次のようなものである。

著者は、1973年対外援助法の成立を契機に、貧困規範を実行するための国内制度が形成されたことによって、米国は次第に貧困規範に従うようになった、と考える。1973年対外援助法は、貧困規範の実行を目的に掲げ、国際開発庁とNGOが協力して貧困規範を実行する制度を整備した。この国内制度は、貧困規範の実行に対する人々の期待を高め、貧困規範の実行から権益を得ようとする集団を増大させ、そして政策過程におけるそれら集団の権益拡大の要求を助長したため、結果として貧困規範の実行規模を漸増させたのである。

この仮説を検証するため、本書では、第二次世界大戦終結後から2006年までの、米国による国際規範の法制度化を中心とした動きを考察した。この検討を通じて、①国際規範の法制度化によって既得権益集団が生み出されたこと、②その既得権益集団が自らの存続・拡大を目指し、政策過程において国際規範の実行規模の増大を要求するようになったこと、③その結果、国際規範からの逸脱を繰返す米国でさえ、長い年月を経て貧困削減に向けて積極的に取り組むようになったことを実証している。

ただ、僕にはちょっとよくわからないところがあった。

本書は米国の対外援助全体の潮流を描いているように見えるが、中心として扱っているのは国務省と米国国際開発庁(USAID)のラインの話で、契機が1973年の対外援助法だと言いつつも、対外援助のもう一方の柱とも言える多国間援助のチャンネル、特に財務省から繋がる世銀が、1973年以降も、貧困規範と成長規範の間を揺れ動いたことについての説明が、十分になされていないような気がした。世銀への影響力は国務省よりも財務省の方が強いが、この財務省が対外援助法と貧困規範をどう受け入れていたのかについての言及がほとんどない。財務省自体がほとんど登場しないのである。この点についてはちょっと奇異に感じた。

国務省とUSAIDのラインで進められてきたことは、2000年代の米国の二国間援助を傍から見ていても本書の説明に対して納得できるところが多い。多くの場合、対外援助の担い手がNGOだという点は特徴的で、米国は1980年代にNGOに開発協力の実施業務をかなり外注して、NGOが力を付けたという話はよく耳にした。本書では、その期限がもっと時代を遡った1970年代前半にあると指摘しており、そこで力をつけていったNGOが貧困規範推進のための「圧力団体」となっていったのだと述べている。

この点で1つだけ注文を付けるとしたら、本書はこうしてUSAIDから業務の外注を請け負うNGOの団体数が増加したことを指標として挙げているけれど、数だけではなく、1団体が請け負う事業量の拡大にも注目すべきだったのではないかと思う。本当は、1970年代前半のUSAIDの動向に呼応して海外活動を活発化させたNGOが、その後どのように成長していったのかを、特定の団体を事例に取り上げたケーススタディでもやってくれたら良かったかもしれないが、それは本書のスコープをはるかに越えるものだろう。

ともあれ、僕らが慣れ親しんだ開発経済学ではなく、政治経済学的アプローチで書かれた本はなかなか読む機会がなかったので、とても新鮮で、勉強になった。
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