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週報(12/5-12/11) [備忘録]

【今週も、週末ゲラ校正作業中】

ブラジルとスーダン―――全く関連性の見えない2つの国である。ついでに言うと、これにアフガニスタンも加わる。これらは全部僕が今仕事で関わっている国で、それらの国について他の人が執筆した書籍用の原稿を泣く泣く読んでいるところである。これに、最終段階に入った僕自身の著書のゲラの最後の校閲作業がある。先週は中米関連の2章分の原稿を読んで、執筆者にコメントを返した。来週になったらチリと中国の出版プロジェクトを新たに進めなければならない。それが今の僕の状況である。

この週末、僕は自分の著書の最後のゲラの構成作業をやり、スーダンについて書かれた別の著者の初稿を読む作業をしている。285頁ある原稿を220頁程度に削減して出版社に渡せる代物にするためにはどこをどう削るかということを考えながら読まなければならない。他人が書く文章は時として本当にわかりにくい。元々スーダンについて予備知識などないため、無知な一読者のつもりで読んでいるが、業界の人でもスーダンのことをよく知っている人じゃないと理解できない記述もあり、本当に悪戦苦闘している。

誰を想定読者として書いているのだろうかと思ってしまう。2000冊売らないと出版社の採算が取れない本を、まさか会社の関係者だけに読ませたいわけではないだろう。10日(土)は午後から駅前の図書館にこもり、剣道の稽古も休んで読み込み作業をやったが、それでも1/4程度しか進まなかった。さらには11年振りの皆既月食を夜更かしした子供たちと見るのも諦め、早めに就寝して今朝は午前3時起きでまた「早勉」をやった。それでもまだ半分行ってない。週末の間に読み切れそうもないと思うと、暗澹たる気分になる。


これに大学院での研究計画の改定版の提出作業が加わる。あまりに余裕がないので、今日11日は職場に行って作業した。スーダンのが終わってないので、研究計画の改訂にどれだけ時間が割けるかわからない。それ以前に、ここまでやっても仕事がさばけず家族に迷惑をかけている今の状況というのは尋常じゃない。

今週は既に5日(月)に一度体調を崩した。その話は「体調不良」という別の記事で書いているのでそちらをご覧いただきたい。胸が苦しくなったというのが理由だが、月曜朝は午前1時30分起きでゲラの校閲作業をやった後で、重いゲラ2セットを持って出勤するのが異常にキツく感じた。でも、職場で僕をバックアップできるスタッフもいないので、結局午後は無理して出勤して会議に出たのであった。組織をスリム化するのは一般論としては良いことだと思うが、事業量を落とさずにスリム化するなら残った人の生産性をギリギリまで上げないといけないわけで、どこまでもつのかなという気がする。

今週は、今の自分の仕事のポートフォリオに中国や韓国が加わってきそうだった。その上、今関わっているブラジルをテーマにした本の出版プロジェクトの延長線上でリオで来年開催される某国際イベントで企画出展に関与させられそうになった。さすがの僕も拒否反応が強い。出版までは僕の責任だとは思うが、出版と直接は関係のないイベントに、同じテーマを扱っているからという理由だけでブレインストーミングの段階から同席させられ、イベント企画実施への関与を既成事実化されそうになっている。余裕がある時はそれでも引き受ける心のゆとりはあったと思うが、正直とてもそんな気持ちになれない。

【症状は靭帯損傷】
10月中旬に職場の剣道同好会の稽古で右手親指を突き指してから、痛みがひかず、今も第2関節からあまり深く曲げられない状態であるため、今週、近所の整形外科で見てもらってきた。これも本当はもっと早く行きたかったのだが、あまりにも行事が立て込んだため、ずっと見送ってきたものだ。レントゲン診察の結果、骨には異常はなかったので、先生の診断結果は靭帯損傷(要は突き指のことですが)。消炎剤を塗ってしばらく様子を見ようということになった。テーピングしていれば剣道の稽古はできないことはないが、鉛筆で字を書いたり、Wクリップで書類を挟んだり、ホッチキス止めしたりする、親指に力を入れる作業は当面やるなとのご指示。

【LSUからハイズマン賞?】
レギュラーシーズンを13勝無敗で終えたルイジアナ州立大学(LSU)。その年の年間最優秀選手に贈られる「ハイズマン賞」の候補にのぼるほどチーム内で傑出したパフォーマンスを示す攻撃陣の選手を輩出した事例は少なかったが、今週に入り、守備(コーナーバック)が本職でパントリターナーもこなしていた2年生のティラン・マシュー選手が最終候補の5人の中に選ばれたことが報じられた。

最後の2戦(アーカンソー大、ジョージア大戦)でのパントリーターンTDが好印象を与えての滑り込みでのファイナリストだったのだろう。下馬評にも上がっていなかっただけに、このニュースには驚いた。LSUからファイナリストが出たのは、1977年のチャールズ・アレクサンダー選手(RB)以来だ。

元々攻撃のスペシャリストが受賞してきた賞なので、結局マシュー選手のハイズマン受賞はならなかったものの、嬉しいニュースであった。
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