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週報(10/17-10/23) [備忘録]

【10月17日(月)】
京都の大学での講義。東京に戻ってから職場に顔を出してメールチェックしようかとも思ったが、毎回講義を終えて東京に戻って来る頃には疲れ切っており、とてもそれをやる気力が湧かなかった。というか、現在テンパっている仕事でこの日のうちに劇的な進展があったとも思えなかったので(実際なかった)、直帰することにした。それでも自宅に着いたのは21時半頃だったのだが。

【10月18日(火)】
1)ここ2ヵ月ほどずっと懸案になっていて、しかもこの2週間全く進展がない案件が僕の精神的ストレスの最大の原因になっている。僕に何かできるのならとっくの昔にやっている。他の人がやって下さらない、反対側にいらっしゃる待っている方にはご迷惑をかけている、職場内でどうしようかと相談しようにも、人によって言うことが違う、あるいは関わり合いになるのを避けておられる―――間に挟まれている立場の僕としては、「調整能力がない」との烙印を押されても構わないので担当外して欲しいとすら思う。

2)そんなむしゃくしゃした思いを感じながら出勤。この日も進展なし。仕方がないから他の仕事も進めた。他にも振られた仕事が幾つかあり、早くやるよう言われているもので…。でも、人によって言うことが違うという構造は、他の仕事でも全く一緒。結局、ブレークスルーとなる妙案がなかなか見つからず、他の方にご迷惑をかけている。

3)この日嬉しかったのはマジック1で足踏み状態が続いていた中日ドラゴンズが、横浜での試合を引き分け、セリーグ連覇が決まったことだろうか。ただ、いずれ決まる話でもあったので、各チャンネルのスポーツニュースをはしごするようなことはせず、早めに就寝した。早めに起きて仕事の準備でもしようと思い…。

【10月19日(水)】
1)お昼に外部の方も招いて職場で開かれた会議で、インドでの僕の仕事について思い出しながら発言する機会があった。あの頃は僕なりに考えて意味のあることをやっていたのだなぁと改めて思う。

2)マハトマ・ガンジーの思想について都内各所で講演を行なうために来日中のショバナ・ラダクリシュナ女史とラヴィ・チョープラ氏にお目にかかり、代々木の北インド料理店『アヒリア』で夕食をご一緒した。このお店の店主はビハール州のご出身だと聞いたことがあったので、ブッダガヤでNGO活動をやっているご夫妻なら喜ばれるかと思いこのお店にしたのだが、なんとご夫妻が2年前の来日時にも来店していて、ここの店主とチョープラ氏はブッダガヤでもお知り合いだったというエピソードを聞いた。世の中は狭い。このお店、美味しいです。

現実逃避と言われるかもしれないが、インドの思い出話をしている時は一時的にではあるが職場での仕事を忘れることができ、救われる気持ちにはなる。

【10月20日(木)】
1)この日は懸案だった話に少しだけ進展があった。「進展」と言っていいのかどうかはわからないが、僕が取り得るべき次のステップについては職場のシニアアドバイザーから示唆があり、それに基づいて「進展」を待ちわびておられたであろう顧客に一報を入れる。

2)職場のトップから突然の呼び出し。ここでもインドの話を聞かれたが、話の趣旨は翌日のインド絡みの会議で発言するのに叩き台となる100頁弱の資料を読み、うちの職場らしさのあるコメント案を考えて欲しいという指示。他の仕事を片付けて資料読み込みに着手したのは既に夜になっており、照明が暗い職場で1人残業するのは嫌だったので、帰宅して早寝し、午前2時に起床して近所の24時間ガストで2時間資料読み込み、午前4時に帰宅して2時間半かけて5頁レポートを作成した。朝イチでボスにブリーフィング。
この作業で大変役立ったのがこのブログである。インド駐在時代に読んでいた論文や新聞・雑誌の記事をこのブログに記録していたことと、その後も時々インド関連の論文を何本か読んで同じくブログに記録していたので、それらを呼び出して繋ぎ合わせることで、ある程度のボリュームのレポートを一夜漬けで作ることができたのだ。

【10月21日(金)】
1)顧客からはかなりご不満の様子ながら回答あり。但し、来週前半には正式回答が欲しいという注文つき。これができない状況がここ数週間続いていたから悩んでいたわけで、やはりブレークスルーにはなりそうもない。

2)19日に夕食をご一緒したショバナ女史の講演会に同席させてもらった。訪問先では大勢の方々がお話を聞いて下さったというが、ガンジー主義者のアーシュラムで共同生活をした経験があるというだけの売りで、ガンジーの思想の一般論を日本で講演してまわる意義は何なのだろうか、それがいまだによくわからないでいる。ショバナ女史やチョープラ氏との交流については、別途記事を書きたい。

3)この日もたまっている仕事を片付けようと20時過ぎまで職場に残っていたが、午前2時前から起きていて体がだるく、作業を打ち切って帰宅することにした。

【10月22日(土)】
1)この日の朝も4時には起床し、近所の24時間マックで次週の大学での講義の準備をやった。受講者に宿題として出した課題図書の僕自身の読み込みである。次週分の予習は取りあえずやることができた。

2)この日は、地元の小学校、中学校の学校公開日である。昔でいう「授業参観日」というやつだ。我が家では目下のところ、地元の小学校に下の2人、中学校に長男を通わせている。どの授業を見に来てほしいか子供達から予め聞いておき、その授業を見に行った。6年生の娘の日本史の授業は、僕も勉強になった。あとは、美術や生活の授業でどんな作品を子供達が作ったのかを見るのも楽しい。雨の中を小学校、中学校とはしごしたので、午前中だけでかなり疲れてしまった。

3)午後は三鷹国際交流協会(MISHOP)の国際理解講座の運営スタッフとして会場に詰めた。事前に事務局に念を押してあったのと違う新たな役割が当日打合せの場で委員長から振られ、話が違うなあと苦笑したが、ちょっと疲れがひどくてはね返す気力もなくてそのまま受けてスタッフの仕事をこなした。天候も芳しくなかったので人が集まらないか気が気でなかったが、45、6人は来ていただけたというのでほっと胸をなで下ろした。講演自体はとても面白かった。いずれまた記事を書きたいと思う。

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これで、7月下旬からずっと続いていたMISHOPのボランティアの仕事はひと段落がついた。

4)MISHOPのイベントが17時には解散となったので、講師を三鷹駅で見送り、すぐに帰宅した。先週は休日出勤が長引いて剣道の稽古を休んでしまったので、多少疲れていてもこの日は稽古に行くことにした。稽古は参加者がいつもよりも少なく、地稽古の後で試合形式での3分勝負もやらせていただいた。いつもより練習量が少なかったので楽は楽だったが、それでも相当に息が上がってしまった。この日1日を終えてからこの日の運勢が12星座中最悪であったことを知った。道理で…。

【10月23日(日)】
1)この日も3日連続になる「早勉」―――朝4時30分起床して早朝ガストで約1時間半の資料読み込みをやった。来週水曜日に予定されている職場の勉強会での発表者が僕であるからだ。

2)朝のうちにワイシャツにアイロンがけをやり、昼過ぎに職場に立ち寄ってメールチェックし、この週末中に済ませておくべき仕事がないかどうかを確認。月曜日に大学での講義を入れているために、週末のいずれかの日、あるいは両日とも出勤して月曜日にできない分の仕事を先に片付けるようなパターンがどうも定着してしまった感があるのが悲しい。3時間ほどして職場を後にして、岐阜の実家へ向かうことにした。


ところで、ずっと目標としてきた当ブログ200万PVがどうやら明日か明後日頃には達成できそうな見込みです。
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