SSブログ

『小さいおうち』 [読書日記]

小さいおうち

小さいおうち

  • 作者: 中島 京子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/05
  • メディア: ハードカバー
内容(「BOOK」データベースより)
赤い三角屋根の家で美しい奥様と過ごした女中奉公の日々を振り返るタキ。そして60年以上の時を超えて、語られなかった想いは現代によみがえる。
2日(火)、わけあって信州松本に日帰り出張した。行きは出張先での仕事の準備もあっていろいろと資料を読みながらインタビューのシナリオを考えて過ごしたが、いい仕事を終えた帰りの特急列車の中では、まあ少しだけ息抜きしたいなと思っていたので、読みたいと思っていた小説を1冊だけ携行して社内で読み始めた。それが昨年の直木賞受賞作『小さなおうち』である。

歴史上本当にあった出来事に架空の登場人物の日常を絡めて話を進める手法は、『イトウの恋』でも確認済みで、ある意味この著者独特の手法であるように思える。今回の舞台は日華事変から太平洋戦争、そして戦後にかけての東京。貧困で苦しむ東北の農村の口減らしのために14歳で東京に送り出された家政婦タキが、多分世田谷あたりに居を構えて暮らす中流家庭・平井家で過ごした11年間を書きつづったノートをもとに話しは展開する。当時は戦争へとまっしぐらに突き進んだ時代だったと思うが、家政婦タキが時子夫人と過ごす家庭の女の世界は、会社や学校といった外の世界に出かけて様々な情報や思想に接する機会の多い一家の主やその一人息子とは大きく異なり、やがて来る「戦争」というものを、文字通り「戦争」とは認識もせずに日常生活を過ごしていた様子がとてもよくわかる。一般家庭の主婦や家政婦の感じ方というのはこんなふうだったんだというのはある意味驚きだった。

ある読者の方が、「ぼっちゃんが当然のように軍国少年になったり、商売上の観点から対米戦に反対していた旦那様が真珠湾攻撃を知ると同時に戦争に賛成し始めるエピソードに、リアリティと怖さを感じた。「(レイテ沖海戦や硫黄島のことは)それは正しくは(「戦争のこと」ではなく)「兵隊さんのこと」とか「海軍のこと」とか「戦闘のこと」とかなんとか、言うべきだ」「戦地に行っていない者たちが、戦地の話をするのは、平和なときだ」という文は、重みがあった」と書かれていたが、まさに僕の感じ方もその通りだった。そして、ミッドウェー海戦での敗戦以後の負け戦に次ぐ負け戦を、大本営発表がうまくごまかして我が帝国海軍は連戦連勝なりなどと情報統制を敷いて針小棒大に語るところは、原発事故の影響を「大したことない」と言い続けて結果的に国民生活全体を危うくしている今の政府のやり方にも通じるものがあるように思った。

こうした事実としての戦況と日常生活の認識のギャップを、当時を家政婦として生きて今や超高齢の老婆となっているタキの回想と、その大甥にあたる健史が学校で習った歴史的事実とを対比させる形で物語は進むが、最後にきてこの健史がとても重要な役割を果たし、そして衝撃の事実が最後に明らかになるという展開だ。最後が衝撃的かどうかは、本文の中で相当な伏線が張られているので、僕自身はなんとなく想像はついていたものの、最後に来て「ああ、やっぱりそうなのだ」と確認できた、そんな感じだった。

『イトウの恋』の時にも感じたが、当時のことをよく調べられているなと感心してしまう。これだけの情報収集をして初めて作品が書けるというのだから、小説家というのも大変な仕事だと思う。

英国人旅行家イザベラ・バードと同行通訳伊藤という実在の人物を主人公として登場させた『イトウの恋』と違い、『小さいおうち』の主人公とそれを取り巻く人間は、モデルはいたかもしれないが実在の人物ではない。イタクラ・ショージはひょっとしたら実在するのかと思い、ウィキペディアで調べてしまったが、まったくの無駄足だった(苦笑)。ただ、文中登場するバージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』は結構有名な絵本らしく、うちの妻どころか、娘すら一度は読んだことがあるという作品だった。ディズニーのアニメにもなっているという。『小さいおうち』の背表紙だけを見たうちの妻が、「ディズニーの作品でしょ?」と聞いてきたぐらいである。「おいおい、これは去年の直木賞受賞作品だよ」と呆れて答えたが、ふくれっ面の彼女は、「中島京子なんて知らないよ」と言った。もうちょっと小説読んだらいいのにと思うのだが、もっと実務派タイプの人なのだ(苦笑)。

ちいさいおうち (岩波の子どもの本)

ちいさいおうち (岩波の子どもの本)

  • 作者: バージニア・リー・バートン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1954/04/15
  • メディア: ハードカバー


nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0