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『帝国の落日』(上) [読書日記]

帝国の落日 (上)

帝国の落日 (上)

  • 作者: モリス,J.
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/09/07
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
未曾有の繁栄から世界大戦とインド独立で揺らぐ新世紀へ。ヴィクトリア女王即位60周年の盛大な祝典から3年半後の1901年1月、女王は崩御し、帝国の美徳も消えていった。大英帝国の落日が新世紀とともに始まったのである。海軍相チャーチル、アラビアのロレンス、インド独立の闘士ガンディーなど、多彩な群像が登場する帝国最後の栄光と悲劇を描く。英国歴史文学の最高傑作。
英国の対アフリカ植民地政策と対インド植民地政策―――それぞれ時期も性格も違うが、同じ英国というくくりだけで一挙両得を狙い、大英帝国の歴史を少し勉強しようと思い立った。結局のところなんで植民地を手放したのか、勿論各植民地毎の事情はあるだろうが、きっと本国にものっぴきならない事情が何かあったに違いない。物事を両面から捉えて理解するのも必要だろう。このクソ忙しい時期に上下巻合わせて800頁を超える大著を読むのは勇気も要ったが、取りあえずは上巻だけでも読もうと思い、近所のコミセン図書室で借りてみた。

結果を言うと、予想していた以上に面白かった! 高校世界史の授業で覚えた「ファショダ事件」や「ボーア戦争」―――名前と年号しか覚えてない世界史上の重要事件が、これほどヴィヴィッドに描かれている日本語の本は読んだことがない。本書の始まりは1897年のヴィクトリア女王即位60周年記念式典だが、一時は全世界の3分の1を領有したとされる大英帝国が、これをピークに坂を転げ落ちていく過程が克明に描かれている。しかも、人物描写が中心となっているので、各章読んでいてとても面白い。領土が世界中に広がっていると戦線も拡大してあちらこちらで次々と綻びが生じていくが、本国はそうした綻びを縫い合わせていく体力をどんどん奪われて行く。決定的なのは第1次世界大戦。同盟国は結果的には勝利を収めたものの、予想以上に長引く戦争で自軍の戦力喪失も甚大だったらしい。
ロシア皇帝ニコライ2世はボーア戦争中、妹にこう書き送った。「うぬぼれるつもりはないが、アフリカにおける戦いの行方を変える最後の手段がわが手にあるとわかっているのは、なかなか気持ちのいいものだ。やり方は単純至極―――トルキスタン陸軍に、全軍動員してインド国境に進軍せよ、という命令を打電するだけでいい」。
(中略)
(この言葉は)世界各国の本能的反応をよく表している。ボーア戦争のせいで英国と言う鏡にひびが入って真実がのぞき、女王即位60周年記念のお祝い騒ぎが終わり、大英帝国は身のためにならないほど肥大化していた。国民の大半は、大きいからこそ無敵なのだと思っていたが、いまとなると図体の大きさが弱点に見えてきた。帝国があるおかげで英国は、世界各地の実情をつねに把握し、あらゆる国際会議に口を挟むことができた。しかしその反面、世界各地のあらゆる不安に振り回され、ボーア人のモーゼル銃だけでなく、世界各国の専制君主の気まぐれにも本能的に付き合ってしまう。
 ボーア戦争は、こうしたことが英国の手にあまりはじめていることを明らかにした。(p.126)

人物中心と言ったが、出てくる出てくる。セシル・ローズ、ジョゼフ・チェンバレン、ダライ・ラマ(13世)、ロイド・ジョージ、チャーチル、アラビアのロレンス、インドで言えば有名なインド副王のカーゾン卿、マハトマ・ガンジーもちゃんと登場する。世界史を多少勉強していればその名前ぐらいは知っているであろう登場人物がキラ星の如く次から次へと登場する。原文が読みやすいのだろうが、翻訳もなかなか良くて、すらすら読める。素材の良さと料理人の技術の良さが上手く噛み合ったとてもいい歴史小説だ。こういうお話を世界史を習っている現役高校生が読んだら、きっと世界史がもっと面白いと感じるに違いない。

インド植民地に関して言えば、カーゾン卿の行状についてはなかなか面白かった。インドを植民地として支配するつもりが、逆にインド式の儀礼を取り入れるようになって行かざるを得なくなり、なんだかとても滑稽に映ったという。少し前に読んだ『インド現代政治』にも、侵略を受けながらも侵略者をインド化してきたインドの特徴が描かれていたが、まさにその典型的事例がカーゾン卿なのだなというのがわかった。1919年のアムリッツァル虐殺事件をきっかけとしたガンジーとインド独立運動、1935年のインド統治法までは上巻の方で辛うじて出てくるが、本当に独立を果たすに至るまでの経過は下巻の方で描かれることになる。

最後に、大英帝国の拡張主義を支えた英国人の思考についても少し述べておきたい。
帝国建設者、軍人、文官、商人など、現場で活動する末端の人々でさえ、一般に帝国主義を武力外交などとは考えていなかった。大英帝国は明らかに有益なものとして存在し、自分たちは帝国のために最善を尽くせばそれでいい。帝国すなわち受託者、という無かhしながらの考え方を「白人の重荷」というわかりやすいイメージで描いたのが、キップリングだった。(中略)毎日の暮らしそのものについての愚痴は、めったに聞かれなかった。彼らの大半は、これが真の天職だと思っていたし、何世代もまえから帝国に奉仕している者も多かったからである。帝国の職業人にとって、奉仕こそ至上の理念だった。パブリックスクールと名門大学で鍛え上げられた帝国建設者層は、奉仕の精神を叩き込まれていた。(pp.65-66)
今となってはある意味滑稽にしか見えない思い込みを、当時の英国職業人は本気で考えていたのだというのがわかって面白い。

勿論ここまで読んだ以上、下巻を読みたいのは山々なのだが、この著者は本書の前に2つの大作を著しており(いずれも訳本が出ている)、そちらの方が英国の世界展開と植民地政策を描いているような気がしたので、先にそれらを読んでから改めて大英帝国の衰退プロセスを見るのもいいかもしれない。

Heaven's Command: An Imperial Progress (Pax Britannica)

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  • 作者: Jan Morris
  • 出版社/メーカー: Faber and Faber
  • 発売日: 2003/02/03
  • メディア: ペーパーバック

Pax Britannica: The Climax of an Empire

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  • 作者: Jan Morris
  • 出版社/メーカー: Faber and Faber
  • 発売日: 2003/02/03
  • メディア: ペーパーバック

Farewell the Trumpets: An Imperial Retreat (Pax Britannica)

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  • 作者: Jan Morris
  • 出版社/メーカー: Faber and Faber
  • 発売日: 2003/02/03
  • メディア: ペーパーバック

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