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南インド蚕糸業の暗雲 [シルク・コットン]

Frontline2011-7-15.jpg僕の後任として現在デリーで仕事されているWさんから、「こんな記事があったよ」と送っていただいた。日刊紙Hinduの系列の週刊誌Frontlineの2011年7月15日号に掲載された記事「命の危険にさらされながら(Hanging by a thread)」(Vikhar Ahmed Sayeed通信員)という記事で、輸入生糸にかけられる関税率を25%も引き下げるという政府の方針がカルナタカ州の養蚕農家の生活を脅かしているという報告である。僕は以前、「カルナタカ養蚕業の光と影(後)」という記事を書き、このHindu紙に掲載された幾つかの記事を参照する形でこの問題について取り上げたことがある。そのHindu紙の系列の週刊誌なので、事の発端から背景、その後の動向について情報が整理されていて、参考になる記事になっている。(Wさん、ご紹介ありがとうございました!)

*記事全文のURLはこちらからダウンロード可能です。
 http://www.frontlineonnet.com/fl2814/stories/20110715281409600.htm

CIMG1388.JPG
《コレガル繭市場の様子(記事にあるラマナガラムとは別の繭市場です)》

記事のポイントを簡単に纏めてみよう―――。

1)今年2月26日、輸入生糸に課せられる関税率が25%引き下げられるのではないかとの噂から、繭市場に参加している製糸業者が買い控える行動に出て繭取引価格が暴落した。基準銘柄であるCBはラマナガラム市場でそれまで1kg380ルピーで取引されていたものが150ルピーに急落した。その2日後、インド政府予算案が発表され、その中で輸入関税率を現行の30%から5%に引き下げることが明記されていた。3月5日、マンディアの養蚕農家夫婦が首を吊って自殺するという事件が起きた。カルナタカ州養蚕史上初めての自殺者である。

2)過去2年間、中国産生糸価格の上昇とともにインドの繭価格は堅調に推移した。2009年4月の平均取引価格は1kg156.50ルピー(CB)だったが、2010年4月にはこれが195ルピーに上昇、その後も価格高騰は続き、2011年2月の取引価格平均は311ルピーにまで達した。2月末の価格暴落の影響から、5月の平均は184ルピーにとどまっている。

3)養蚕農家は1蚕期あたり50~80kgの繭を生産するが、これにかかる生産コストは6,000~8,000ルピーと言われる。これには、桑園の肥料代や繁忙期の臨時雇い労働者賃金、繭輸送コスト、稚蚕購入代等は含まれるが、土地代や灌漑用水の費用は含まれていない。自殺したマンディアの養蚕農家の場合、桑園を借りて養蚕を行なっていた。このように桑園を借りて養蚕に取り組む土地なし農民は多く、農地のリース料として年間25,000~38,000ルピーの追加支出を余儀なくされる。

4)製糸業者は、1回の市場取引で70~300kg、10,000~50,000ルピーで買い付ける。ラマナガラム繭市場の場合、周辺に500もの小規模製糸業者が存在する。1つの製糸工場につき20人程度の労働者を雇い、1日120~150ルピーを支給する。熟練繰糸工員なら1kgの生糸をひくのに9kgの繭を必要とする。ラマナガラム周辺での生糸1kgの価格は1,700~2,000kg。日産30~40kgの生糸を生産しているが、今回の繭価格の暴落は生糸の市場価格とも連動し、製糸業者の収益率も悪化させた。

5)カルナタカ州では約80万人が直接的間接的に蚕糸業に関わっている。2009年の養蚕農家数は140,959戸、製糸業者は7,195世帯。インドの生糸生産高は15,610トンだが、カルナタカ州はその5割弱に相当する7,238トンを生産する最大の生産州である。

6)中国産生糸は2010年4月には1kg1,750ルピーで輸入されていた。これが同年12月には3,300ルピーにまで急騰し、これにつられて国内産生糸の価格も上昇したため、織物業者の収益を圧迫した。絹織物の最終製品の輸入価格はもっと安定していたので、中間財輸入価格が最終財輸入価格を上回るという異常事態に陥った。このため、織物業者は中央政府に対して強烈なロビイング活動を展開し、生糸の輸入関税率引下げを働きかけた。

7)6月14日、カルナタカ州農民は政府による最低支持価格の設定を求める抗議行動をバンガロールで行なった。カルナタカ州政府はこれまで最低支持価格の設定を拒否している。現在州政府はインド人民党(BJP)が政権を握っており、州政府はむしろ最低支持価格の設定ではなく、国民会議派中心の連立政権である中央政府の輸入関税率引き下げを非難する形で対応しているに過ぎない。

8)6月14日のCB繭価格は1kg158ルピーである。

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以上が記事の概要だが、注意が必要なのはこの記事がCB繭を中心に書かれているということである。僕は同じ時期にラマナガラム繭市場も訪ねたり養蚕農家を訪ねたりしていたので直近の繭取引価格も聞いているが、確かにCB繭は150ルピー前後で推移しているが、同じ時期に二化性ハイブリッド(BV)は1kg250ルピー程度の価格がついていた。BVはBVで消毒とか独立飼育棟の固定費などで多少投入コストが余計にかかるが、採算ラインは150ルピーだと農家の方から伺った。BV繭も2月末には一時180ルピー程度にまで急落したそうだが、4月5月は250~300ルピー程度にまで価格が回復していると市場関係者から聞いた。

因みにマンディアあたりの養蚕農家では、BVの生産を中心とし、季節的にBV生産に向かない4~8月頃だけCBを生産しているところが多い。

一方でこの記事でわかったのは、マンディアあたりでも桑園や蚕室を借りて養蚕に従事している土地なし農民がけっこういるということだ。僕はこのマンディアの農家も何世帯か訪ねてお話を伺ったのだが、ほとんどが自分で養蚕をやっていてピーク時だけ人を雇っているという農家で、桑園や蚕室をリースに出して利益折半契約を結んでいる農家がいるという話は聞いたことがなかった。(この形態はコラール県には多いと聞いたが…)いずれにしてもこういう経営形態が取り入れられているのは養蚕農家自体に次世代の後継者がいないことが背景にあると思われるため、他地域で見られる後継者対策がマンディアで見られたからといって何ら不思議なことではない。このような短期的な価格変動の影響を受けやすいのは、土地所有する養蚕農家よりも、むしろ追加的な費用がかかっている土地なし養蚕農家の方であることは頭にとどめておく必要があるだろう。

南インドの養蚕関係者は、中国産生糸の輸出を「ダンピング」と断言していた。本当にダンピングなのかどうかは根拠もないが、ここ数年言われてきたのはインド国内での生糸生産コストに比べて中国産生糸の輸入価格の方が安いということで、そのために南インドでは生産性向上が叫ばれてきた。しかし、この記事を読むと、中国産生糸の輸入価格が2009年頃から上昇しているのが繭市場価格の高騰を引っ張ってきたという新たな状況だ。南インドで農業労働者の賃金が急騰している状況を考えると、中国の賃金上昇率もかなり高いことが予想されるので、生糸の生産コストもいきおい上昇していることだろう。

そう考えると、輸入関税率引下げ云々の短期的変動要因はあるものの、長期的に見れば中国産生糸の輸入価格は堅調に推移し、つられて国内産の繭取引価格も堅調であろうと考えられる。すぐに養蚕ができなくなるというような状況ではなく、ある程度は持続可能性が見込まれるということなのかなと思う。
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