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『宗教と開発』 [読書日記]

ダライ・ラマ、サイ・ババ、ヒンドゥー、ムスリム、シーク教徒にジャイナ教徒、キリスト教系のミッションスクール―――。インドに住んでいると、宗教や信仰を日常的に目にする機会が多い。世俗主義を標榜するこの国にいて、僕はそれをインドの経済社会開発と繋げて考えたことはあまりなかったし、職場でも異なる信仰同士がぶつかり合うような光景はあまり見たことがない。でも、時として宗教が政治に対して影響力を行使しようとする局面が起り得る国である。

途上国の政府の多くが世俗主義に基づく政策運営をしているからなのか、それとも国際援助機関が宗教と援助を切り離しているからなのか、どちらが強く働いているのかよくわからないが、途上国での開発プロジェクトで「宗教」と真正面から向き合うようなものはあまり聞いたことがない。おそらくプロジェクトの関係者が事業実施の過程の中で、様々な局面において「宗教」や「信仰」というものがプラスに働いたり、マイナスに働いたり、宗教団体を利用したり、利用されたり、といったことが起きているのだろうと思う。

本日ご紹介する1冊は、これまで途上国の開発問題と取り組んできた人々が意識的または無意識のうちに避けていた「宗教と開発」というテーマを真っ向から論じた画期的な1冊だ。

宗教と開発―対立か協力か?

宗教と開発―対立か協力か?

  • 作者: ジェフリー ハインズ
  • 出版社/メーカー: 麗澤大学出版会
  • 発売日: 2010/12
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
宗教の影響がますます深まっている21世紀の発展途上世界開発に、「宗教」は、何をなし得るのか?紛争、平和構築、貧困、環境、保健、教育等、途上国が抱える諸問題についての豊富な事例研究に基づき、「宗教と開発」の全体像を理論的、包括的に論じた画期的な「国際開発研究」必携テキスト。
今年度後半の作業になるのだが、「東南アジアのイスラムと開発」というような主題で短い論考をしなければならなくなりそうだ。その道の専門家でもないような者が本当に書けるのかどうかはかなり不安であるが、「その時」に向けて少しずつでも準備をしておいた方がいいかと思う。そんな問題意識から取りあえずは読み始めることにした。

本書によると、途上国において望ましい開発の成果を実現する上で宗教が重要な役割を果たす可能性があるという考えが起って来たのは最近のことだという。その背景として、1つにはグローバル化が進展して、企業が国境をまたいで活動する領域が増え、市民生活に様々な影響が出て来ていることが挙げられる。多くの宗教関係者が、グローバル化は途上国で既に貧困状態にあった人々の生活状況をさらに悪化させると考え、通常の宗教的関心領域をはるかに越えた社会的利害関係にますます注目するようになってきていると本書は指摘する。

もう1つは、よりよいガバナンスを求める市民や国際社会からの要請に対するレスポンスだとする考え方である。宗教指導者は、従来から社会で最も信頼されている人物に数えられており、時として政府よりも信頼されている。経済社会開発においてもっと公正な成果が実現するよう求めていく中で、宗教関連団体も積極的にガバナンスの向上にますますコミットするようになってきたからだという。

また、宗教当事者が開発において果たし得る役割に注目が集まるようになったのは、生活の精神的側面にまで注意を払う「人間開発」への関心の高まりと時期を同じくするという。人間開発は、道徳面から見た場合には、何が正しいと判断されるかということについての社会的文化的知識に従って行動する良心、道徳的自覚、意思と能力を発揮させられることをいう。また、心理面から見ると、精神衛生や自尊心、他者との関係性、人間の幸せといったものを扱う。このため、人間開発というのは、政治、経済、社会、道徳、心理といった様々な側面を伴う。従来から宗教とはあまり関わりをもってこなかった開発専門家にとって、喫緊の課題は経済成長とその成果の公正公平な分配だった。しかし、人間開発が注目され、生活の精神面をはじめとした様々な要素が考慮されるようになるにつれ、彼らも宗教を取り入れて考えるようになってきた。

人間開発を達成するために何が最善の方法であるかという問題に関しては様々な見方があるが、宗教が開発の上で持っている潜在的可能性は長い間十分に活用されてこなかったということについてのコンセンサスが生まれかけている。これは、開発は達成困難な、複雑な過程であるということが多くの人々の間で共通認識となり、開発を実現するチャンスを極大化させるためには非政府団体―宗教関連団体をも含め―に目を向ける必要があるということに気付いたことを反映している。(p.12)

2000年にワシントンにいて世銀を間近に見ていた頃、「Faith Development」とか「World Council of Churches」とか、「Development Dialogue Values and Ethics」といった言葉を時々目にしたことがあった。当時はそれが何だったのかが全然理解できなかったのだが、「貧困の撲滅」を全体テーマに掲げた2000年の『世界開発報告』の頃から強まっていた、広範に人々を開発に参加させようという流れの中で、宗教関連団体も活用するという意図があったのではないかと考えられる。

僕の個人的な印象としては、世界の開発思想の潮流を「宗教」というレンズを通して再整理しているだけで、後付けで講釈しているような感じはした。レファレンスブックとしては間違いなく価値の高い1冊だと認めるが、例えば複数の宗教・宗派が混在するような複雑な国における公共財配分に関するコンセンサス形成とか、PPPのような企業とのパートナーシップとかに対する宗教団体の見方や制約についてももう少し語って欲しかったような気はする。

本書では各論として、「紛争、紛争解決や平和構築」、「経済成長、貧困削減、飢餓対策」、「環境、持続可能な開発」、「保健」、「教育」といった各テーマについて、宗教団体がどのような役割を果たしているのかを具体的に紹介している。できるところでは実にいろいろな取り組みがあるのはよくわかった。「宗教と開発」というテーマで何かしら政策的含意を引き出そうとした時に、事業実施に宗教的要素をもっと考慮して、時にはこれを利用していこうという考えを支持してくれる題材は僕が思っていたよりもずっと豊富である。多分、事業単位毎の話なら他の宗教・宗派に煩わされることも少ないのだろう。しかし、国レベルや地域レベルでの政策・制度構築の話になってくると、必ず他のアクター、他の宗教・宗派との利害調整が課題として出てくる。

まだまだ未開拓の領域だけに、この先駆的文献1冊に全てを求めることは難しい。それでも5,600円もする高額な本に見合うだけの情報量は収められており、僕は最初は図書館で借りて読んでいたけれど、途中でやっぱり購入しようと決心し、入手した。マーカーで線を引きまくり、いずれまた本書に立ち帰って必要な箇所を読み返してみる際の参考にすることにした。僕にとっては、高いお金を払っても手元には置いておきたい1冊である。
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