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『鉄の骨』 [池井戸潤]

鉄の骨

鉄の骨

  • 作者: 池井戸 潤
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/10/08
  • メディア: 単行本
内容紹介
談合。謎の日本的システムを問う感動大作!建設現場から“花の談合課”へ。若きゼネコンマン富島平太は、会社倒産の危機に役立てるか。大物フィクサーとの出会いの真相は――この一番札だけは、譲れない。
読了順でいけば本日は別の専門書のご紹介となる筈だが、『鉄の骨』は本日が図書館返却期限なので、順番を入れ替えて先に紹介したい。池井戸潤は気になっていた作家なのだが、その殆どが『下町ロケット』の評判に由来する。この作品を好意的に紹介している書評を結構多く見かけたので、いずれ図書館にも入庫しないかと待ち構えていたのだが、なかなか実現に至らず、しびれを切らして1冊だけ池井戸作品を読んでみることにしたのが本書である。

公共工事受注を巡るゼネコンの談合の話である。主人公・平太は中堅ゼネコン一松組の大卒4年目社員。ビル建設現場で施工管理をやり、本人の意に反する人事異動で本社業務課に転勤になる。異例の人事である。尾形常務直結のこの部署で、平太は否応なく談合に巻き込まれていく。談合における各社間の調整役の三橋、そして各社を代表して連絡を取り合う大手ゼネコンの役員や高級管理職、4年目の若手がいきなりやりあうには非常に荷が重い。しかも尾形常務の厳命で、地下鉄工事受注を取りに行かなければいけない。会社の財務状況も怪しいため、メーンバンクも追加融資を渋る。

これにはメーンバンクである白水銀行のまさに取引店に勤めている平太の恋人・萌も絡んでくる。否応なく談合の黒い世界に引き込まれていきそうになる平太を心配するが、いつの間にか銀行員としての冷徹な視点で、大人になりきれていない平太に苛立ちを感じ始める。そこに現れるのが同じ視点の融資係のホープ園田。彼は一松組の担当でその財務状況を知る者として萌にアプローチし、恋人から萌を引き離そうとする。萌の気持ちも園田の方に傾きかける―――。そんなストーリーです。

平太の母親と大物フィクサー三橋が同じ村の出で、三橋が平太を気にかける1つの理由になっているというあたり、ちょっと出来すぎという気はするし、元銀行員だった僕としては、仕事が引けた10時とか11時から毎晩のように食事に行ける園田や萌のスタイルってありなのかどうかもわからない。まあ小説なのである程度のエンターテインメント性は必要なのだろうから、そんなに目くじら立てるポイントだとは思わないけれど。それに、確かに面白かったです。

僕は以前、ある内装工事の入札会に立ち会ったことがあるので、本書のクライマックスシーンともいえる地下鉄工事の入札会の模様は非常にリアルにイメージすることができた。実際に立ち会ってみて、その時は各社ともどうやって入札額をはじいてきているのかとか、万が一入札が不調で2回目、3回目とその場で再入札を行なう場合、各社の代表者がどのような体制を組んでいてどのように入札額を決めるのかといった点が良くわからなかった。本書を読んでみて、実際に入札会に臨む前の準備の段階で、こんなにコストダウンのために資機材の仕入れ先や工事下請け先との間で厳しい交渉をやり、幾つものシナリオを想定して入札額を幾つか準備してきているのだというのが理解でき、非常に勉強になった。また、官公庁の予定価格がどのような形で事前に漏れてしまうのかとか、漏れると何がどう問題なのかとかも非常にリアルに理解できた。もう1つは、競争入札において入札参加者が本気で受注を取りに来ている場合とお付き合いでとりあえず参加している場合の入札会場でのレスの違いとか、ゼネコンにとってどういう仕事は旨味があって、どういう仕事は嫌々応じているのかというのの相場観とか、いろいろ参考になることも多かった。

実際にはなかなか現場に立ち会うことができないような公共事業の工事の入札の場を、こうして小説という形で描いてもらうのは、僕らの社会人としてのセンスを磨くには必要なものなのではないかと思う。

勿論、読者向けにシンプルに描いている部分もあると思う。資機材のサプライヤーや下請けの施工業者とかが上から押し付けられてくるコストダウン要求に四苦八苦している様子とかがもっとわかったら本当はよかったのだが、そこまでやってしまうと理解しにくくなってきてしまう。

1つ予想を裏切られたなと思ったのは、園田の描かれ方。結局、元々業績が悪化していた一松組について、萌の元彼がいた会社だからなのか非常に冷たく接し、銀行ってこんなに冷たいところなのだというイメージ悪化に本書は一役買っている。これで園田が官製談合と建設族のドンたる国会議員への不正な資金の流れの「浄化」に関わっていたのが発覚して、終盤逮捕でもされるんじゃないかと密かに期待してしまったが、何事もなくニューヨークに栄転している。エリート意識が鼻につくタイプであり、最終的には萌に振られてザマミロと思った読者は僕だけじゃないだろう。ちなみに僕はこんなスマートな銀行員じゃありませんでしたから念のため。

最後にこの池井戸潤という作家について―――。

彼、僕と岐阜県出身で、しかも僕と同い年なんですね。岐阜県出身の作家といえば、僕より年代が少しだけ上のところに奥田英朗がいて、僕より10歳以上下の高校の後輩に中村航がいて、さらに10歳近く下に朝井リョウがいる。岐阜県って作家の宝庫なんですね。たまたまかもしれないが、そういう作品ばっかり読んでいるからかもしれないが。それと、池井戸氏も高校卒業して東京の私大に進学し、卒業すると先ずは銀行に入行したところまで僕と一緒。勿論、彼は三菱銀行で、僕は同じ三菱系とはいえ地方の銀行というところで違いはあるけれど。

本書を読みながら、もし自分がわずか4年足らずで銀行を辞めず、もう少し長く銀行員生活を送っていたとしたら、その後の人生はどうなっていただろうかと考えた。作家さんのような物書きにはとてもなれなかっただろうが(笑)。
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