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インドの人口ダイナミズムと経済成長 [インド]


David E. Bloom
"Population Dynamism in India and Implications for Economic Growth"
Program on the Global Demography on Aging (PGDA) Working Paper No. 65
Harvard University, January 2011

http://www.hsph.harvard.edu/pgda/WorkingPapers/2011/PGDA_WP_65.pdf

「人口ボーナス」の基本文献としては必読と言われる1998年の論文の著者であるハーバード大学のブルーム教授が、インドの人口動態について概観するワーキングペーパーを最近発表した。今年度下半期の大学院復学に向けて少しずつでも文献の読み込みはやっていきたいと思っているところで、本日はこの論文の概要についてまとめてみたいと思う。

第1章「人口学的変化と経済成長」では、人口動態が経済パフォーマンスにインパクトを与えるメカニズムについて、①人口の年齢構成の変化と②人口の健康状態から説明しようと試みている。前者は著者が以前から提唱していた「人口ボーナス」に関する記述となる。
Demographic change may provide a boost to economic growth, but appropriate policies are needed to allow this to happen. Without such policies, a country may instead find itself with large number of unemployed or underemployed working-age individuals. This scenario would be a "demographic disaster", instead of a demographic dividend, in some instances promoting state fragility and failure, potentially with adverse political, social, economic, and ecological spillovers to other countries. (p.6)


後者については、「国民が健康であるということは国民が豊かであるということ(healthier means wealthier)」という言葉で表されている。健康と寿命が良好な経済パフォーマンスをもたらすというもので、マクロ経済学者や政策立案者は国民の健康を社会指標とだけ見なして国が豊かになれば指標は改善されると考えることが多いが、新しい考え方によれば健康は経済成長のためのツールの1つだと見なすことができるのだという。その理由として4つ挙げられている。
(1)労働力人口が健康であれば生産性が高い。
(2)子供が健康であれば学校出席状況も良くなり、学校に長くとどまり、教育をちゃんと受けた労働力となれる。
(3)国民が健康であれば貯蓄率も高い。引退後の老後の生活が長くなることを見越して貯蓄を行なう。
(4)国民が健康であれば海外からの直接投資を誘引する。

第2章「先行研究のレビュー」では、実際に人口学的変化が経済パフォーマンスに及ぼしている効果を、全世界のデータおよび中国とインドの比較に基づいて分析している。そこで結論として言われていることは、インドでよく耳にした「人口ボーナス」への楽観論とも通じるところがあり、中国がこれまでの高度成長を下支えしてきた人口学的メリットを喪失しつつある中で、インドにとってはこれから経済パフォーマンスをあげるチャンスであるが、第1章の引用にも示した通り、ガバナンスやマクロ経済運営、貿易、人的資本形成といった分野で適切な政策選択がなされないと人口ボーナスは実現しないと指摘している。

第3章「インドの経済見通し」では、主にインドが抱える人口学および健康上の潜在的脅威について述べている。この章は僕的には最も面白かったところである。

第1の脅威は「人口高齢化(population aging)」だという。インドの人口は、今後2050年に向けて、50歳以上人口は5億3,600万人(総人口の33%)にまで増加し、65歳以上人口は2億2,200万人(同5%→14%)、80歳以上人口は4,300万人(同1%→3%)にそれぞれ増加する。高齢化率という点では2050年でも14%程度ということは日本と比べたら全く高くない。年少人口は少なくなってくるので、老年従属人口指数の上昇は年少従属人口指数の低下で相殺され、高齢化は経済パフォーマンスにそれほど大きな影響は与えないと著者は見ている。しかし、著者は高齢化はインドに重大な課題を突きつけるとみている。それは、インドでは高齢者に対するケアや経済的支援は個々の家族のネットワークに強く依存してきたが、このシステムは高齢者人口が増えるにつれて維持していくのが困難になっていくとみられるからだ。現在、インドの医療保険加入率は10%未満、90%の高齢者は老齢年金の給付を受けていない。これが、高齢者が増え、家族が面倒を見れないようになっていくとしたら、どのような事態に陥るのだろうか。

第2の脅威は「人口学的異種性(population heterogeneity)」である。インドは、人口学的には種々雑多な州から構成されるとりわけ異種性が高い国という特徴がある。本稿では例えとして次の3つの例が挙げられている。①就労年齢人口の非就労年齢人口に対する比率(タミル・ナドゥ州とビハール州は、アイルランドとルワンダぐらいの違いに匹敵)、②合計特殊出生率(ケララ州とウッタル・プラデシュ州の間で2倍以上の差があり、これは日本とケニアぐらいの違いに匹敵)、③出生時平均余命(ケララ州(73歳)とマディア・プラデシュ州(59歳)の間で大きな開き)。これはインド1国内に東アジアとサブサハラ・アフリカを一緒に抱えているということである。そして、上記①と州民1人当たり所得とを州間比較した場合には強い相関関係がある。
While heterogeneity can be a source of constructive synergy, it can also cause or contribute to social and political unrest and instability, particularly when it is accompanied by economic inequality.(中略)Health status and economic growth affect each other: "a 10% increase in per capita income is required to increase [life expectancy at birth] by about 2%"; they also find that the effect of life expectancy on the net domestic product for Indian states is "much higher than the effect of the conventional inputs of capital and labour." It is critical for researchers and policymakers to consider demographic differences within India, as differences in economic growth rates by state could exacerbate inequality and political frictions within India. (p.23)

第3の脅威は「都市化と健康(urbanization and health)」である。インドの都市人口比率は18%(1960年)から30%(2008年)に上昇したが、同じ期間中に慢性疾患も増え、インドの全死亡数の53%を慢性疾患が占めるようになってきているという。都市部に居住する人々は農村居住者に比べて環境汚染にさらされているリスクが高く、座りっ放しの仕事についているケースが多く、大きなストレスにもさらされている。チェックもなされないまま慢性疾患の患者数が増えてくれば、インドの経済と国民の福祉には深刻な脅威となり得る。逆に、しっかりとした対策が取られれば、経済パフォーマンスには大きなプラスとなる。

この後実際にインド政府が実施している政策についての簡単な評価が行なわれている。インドは最大のコホート(年齢グループ)がこれから就労可能年齢に入っていく今こそが最も政策的には重要な時期なのだという。
For example, some Indian states are in a much better position than others to benefit from demographic change. In some Indian states, such as Bihar and Uttar Pradesh, a large portion of the young population is extremely poorly educated and cannot engage productively in the type of work that would provide them a good income and that would help propel India forward economically. For that reason, even as these states experience falling fertility rates and consequently a rising share of working-age people, they are not poised to capture a demographic dividend. (pp.25-26)

結論部分では今後深められていく必要がある研究課題を幾つか列挙しているところであるが、僕的に最も重要だと思ったのは第1のポイントであった。
- Cross-state variation in demographic and economic indicators could be usefully exploited to estimate, for each state, the size of the demographic dividend (if any) to date. Demographic projections could shed some light on the potential size of the dividend in the coming decades. (p.26)
僕がこれを読んで感じたのは、インドの州間格差に関するシミュレーションは、ブルーム教授をもってしても認められる未開拓の研究領域なのだということであった。
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