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『人口負荷社会』 [読書日記]

2100年のことまで心配するのは馬鹿らしいけれど、その頃までに世界人口は100億人を突破するらしい。今年10月に70億人を超えるとの予測の方が上記の記事のメインだろうが、人口増加のスピードは徐々に鈍ってきているので、100億人にまではなかなか届かないのではないかと勝手に期待しながらこの記事を読んだ。

本日ご紹介するのは、昨年日経新聞社から発売された次の新書である。
人口負荷社会(日経プレミアシリーズ)

人口負荷社会(日経プレミアシリーズ)

  • 作者: 小峰 隆夫
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2010/06/09
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
人口に占める働く人の割合の低下が経済にマイナスに作用する、人口負荷社会が到来する日本。少子高齢化先進国として、その動向はアジア各国からも注目されている。人口オーナス(負荷)がもたらす難問をていねいに解説し、処方箋を示す。
最近、大泉啓一郎著『老いてゆくアジア』を読書会で読んで内容報告する機会があったので、関連図書ということで読んでみることにした。この著者の編で2007年に『超長期予測老いるアジア』という本も日経から出ているが、大泉さんと同じようなテーマを扱っている割には大泉さんの著書を参考文献として取り上げていないなど、ちょっとライバル意識があるのかなと感じるところがある。

本書のキーワードは「人口オーナス」。大泉さんの著書で「ポスト人口ボーナス」と呼んでいるのが「人口オーナス」のことかなと思うが、本日ご紹介する1冊では著者のオリジナリティを強調せんとするためなのか、盛んに「人口オーナス」に言及している。しかし、結局のところ本書で言おうとしている結論(高齢者や女性の就労機会の増、技術革新による労働者一人当たりの付加価値生産性の向上、外国人労働力の受入、少子化対策等)は他の論者が度々述べている日本が取るべき方策とは大きくは変わらないような気がする。

それをいちばん感じたのは、「本当に問題なのは、労働人口の絶対数が減ることではなく、人口に占める労働人口の比率が低下することである」(p.68)と主張している点をはじめとして、経済社会が影響を受けるのは人口総数ではなく人口構成だということを再三強調しているところである。これまで、多くの論者が「比率よりも数が問題」と主張してきた。高齢人口比率よりも高齢者の総数の方が政策課題としては大きいというのはインドで強く感じたポイントである。また、最近読んだ藻谷浩介著『デフレの正体』でも、総人口に占める労働人口の比率が低下することよりも労働人口の絶対数が激減することに大きな意味があると言われていたような気がする(藻谷著書では労働人口ではなく生産年齢人口と言っていたと思うが、ここでは僕はこの2つをだいたい近似的に用いている)。生産年齢人口は既に1995年頃から減少に転じている。史上最大勢力の団塊世代は2005~2010年の間に一次退職が始まっており、生産年齢人口の落ち込みはさらに加速している。いちばん消費もしてくれそうな年齢層がどんどん減っているのだから、どのみち深刻な内需不振に陥るのは避けられなかった。そして、2010~2015年の5年間のうちに、団塊世代は最終的には全員が無職になっていくので、藻谷はこの5年間に日本経済は史上最大の「人口オーナス」を経験すると述べている。このあたりの主張は、藻谷と小峰で大きな差はないと思うので、それでは絶対数より比率が問題という小峰の主張は何のためにされているのか、それが僕にはよくわからない。

これに限らず、本書には凡人の僕には理解しがたい主張が幾つかある。人口が減れば国内市場は縮小するというのは僕にとっては当たり前のことで、モノが売れなくなるのだから企業の収益悪化して雇用に悪影響が出て国民福祉は悪化すると思うのだが、著者にとってはそうではないらしい。問題は国内市場の縮小によって国民福祉が悪化するかどうかだとしても、「人口が減れば、そもそも生活必需品は従来より必要ではなくなる。必要のないものが減ったからといって、国民生活に不都合が起きることはない」(p.74)とどうして言い切れるのだろうか。なんだか、需要サイドの論点と供給サイドの論点がうまく繋がっていないような気がしてならない。僕が理解できる頭脳を持っていないからかもしれないが。

でも、その一方で本書にはきらりと光る論点も幾つかある。例えば、2000年以降の合計特殊出生率(TFR)の低下から反発の過程を、年齢層別の出生率の動きから分析し、2004年までのTFP低下は主に20代での出生率低下がリードしたものであること、そして2005年以降のTFR反発は主に30代での出生率上昇がリードしたものであること、従って、この晩産化の影響でTFRが上昇しているように見えているのがひと段落すれば、以後のTFRはかなり低いものになることなどを述べている点は、頷かされるところが大きい。

また、以前『超長期予測老いるアジア』の感想をブログで紹介した際に、「国を国レベルで見て比較をするということは、何だか国を何か無機質なものとして捉えているような冷たさを感じる」といった批判めいたことを述べ、1国レベルのマクロの予測よりもずっと早く人口構造が経済社会に影響をもたらすような地域が局地的には存在するのではないか、人口構造の変化を州別で見たり都市と農村の比較で見たりすると、マクロではなかなか見えてこない問題が浮き彫りにできるのではないかといったことを述べた記憶があるが、小峰近著の第12章「人口オーナス化の地域」では、人口オーナス度の低い都道府県ほど都市部の発展地域が多く、人口オーナス度の高い県ほど地方部で相対的に経済発展に取り残された地域が多いことを指摘し、「人口オーナスから来る負担が小さいほど地域経済が成長しやすい」、「発展する地域ほど生産年齢人口が流入してくるので人口オーナス度合いが低くなる」(p.163)と述べているのは前著からの大きな進展だと思う。
 第2に、人口オーナス度合いの小さな地域ほど経済の活力が大きく、さらに生産年齢人口を引きつけることになりやすい。この「生産年齢人口が移動する」という点が、国レベルの人口オーナス問題と地域の人口オーナス問題の最も大きな差である。地域の人口オーナスの度合いを決めるのは、その地域における出生率・死亡率よりも、人口移動である場合が多いからだ。
 第3に、人口オーナスの度合いの大きな地域ほど年金生活者が多く、医療、介護の負担が重くなる。特に、高齢化がさらに進展する地方部では、医療、介護についての施設面、人材面での対応が不足しがちになる可能性がある。これは地方財政にとっても深刻な問題になるだろう。
 第4に、社会的意思決定という面では、地方部では高齢者の比率が高いので、高齢者の政治的影響力が全国平均以上に強くなるだろう。(pp.165-166)
本章で言われていることは、大泉さんの『老いてゆくアジア』で書かれている「都市部の人口ボーナス」からも援用できる分析視点であり、やっぱり大泉さんの著書への言及は必要あったのではないかという気がするけどなぁ。勿論、大泉前掲書ではここまでの分析はされていなかったけれども…。

とはいえ、やっぱりトータルで見た時には手元に置いておいて時々必要箇所を読み返してみたくなる1冊であることには変わりはない。費用対効果は高い新書だと思います。本書は市立図書館で借りて読んでみたものだが、付箋を付けた頁が結構多く、マーカーで線を引っ張りたいという欲望に勝てず、書店を幾つか回って本書の在庫を探した。そこでわかったのだが、この日経プレミアシリーズという新書は、最近の新書ブームの中で激しい競争にさらされており、どこの書店でも新刊しか置かれておらず、1年前に発売されたような比較的新しいものでも、在庫が置かれていないケースが極めて多いようだ。5店舗あたってようやく1冊発見することができた。


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