SSブログ

『クワガタムシが語る生物多様性』 [読書日記]

クワガタムシが語る生物多様性 (創美社一般書)

クワガタムシが語る生物多様性 (創美社一般書)

  • 作者: 五箇 公一
  • 出版社/メーカー: 創美社
  • 発売日: 2010/09/24
  • メディア: 単行本
出版社からのコメント
森林破壊、生物の乱獲、外来生物の登場などにより、地球から生物多様性が次第に失われつつありますが、これらの要因はすべて人間の経済活動にあります。生物多様性が失なわれれば、人間も生きていくことはできません。外来侵入生物の研究者である著者が、興味のつきない研究エピソードとともに生物多様性の重要性について語った1冊です。
飛び石連休の積読在庫一掃プロジェクトの一環で5月1日に読了。本書は著者が3月5日に僕の街で講演をされた際に著者特価で購入したもので、サインもしていただいた。そのうち読もうと思っていたが、何せ講演を聞いてメモ取って記事まで掲載してしまったので、内容的には知っている話が多くて、講演直後に読む気にはなれなかったのである。講演会から2カ月近くが経過し、改めて読み直してみると、あの講演の内容が思い出されてよかった。五箇先生は結構早口だったが、ご自身の研究成果に基づいて話しておられて説得力はあったし、時折アクセントとして面白い小話を挿入されていて、メリハリが効いて聴きやすい講演だった。本書の書きぶりもそれをなぞっていて、すらすら読めて非常にわかりやすい。生物多様性を体系的に語った本では必ずしもないが、これだけ具体的な事例に基づいて論じられれば、少なくとも各論部分については相当な理解に繋がると思う。所々で著者のプロフィールや日頃の活動が描かれていて、「私」が主語になっているけれど、ぎらついた主張はなく抑え気味のエピソードになっていてとても好感が持てる。こういうスタイルの文章で僕も本が書けたらと思う。

これだけ読みやすい文章であれば、ヒラタクワガタやセイヨウマルハナバチといった題材も含めて、中高生でも読める生物多様性問題の入門書になっていると思う。もしかしたら、小学校高学年であっても読めるかもしれない。

昨年、AFPでこんな記事が紹介されていたが、本書でもアフリカ大陸の淡水魚としてナイルパーチの盛衰について書かれている。人間が良かれと思ってやったことが裏目に出てしまった好例だ。
 外来生物による生態系破壊も、その背景に食料不足や経済危機などの社会的要因や、生息地の破壊・汚染などの他の環境破壊の要素が複雑にからみ合っている場合があります。アフリカのビクトリア湖は、かつては魚が豊富な湖でしたが、周辺国の人口が増加するにつれ、乱獲によって魚の数が大きく減少し、周辺の森林伐採や農地の開発などで流出した土壌の流入も重なり、湖内の生態系は疲弊しきっていました。そこで、1954年に食用の魚の不足を補うために、大型肉食魚であるナイルパーチが導入されました。
 ナイルパーチは攪乱されたビクトリア湖の生態系に適応し、大繁殖し、多くの在来魚の絶滅にとどめを刺しました。その一方で、漁民はナイルパーチ漁によって、生活が大きく潤いました。しかし、この魚の肉は油分が多いので燻製にするために多くの燃料を必要とし、森林伐採が助長されました。伐採後の土壌流出によって湖の水質はさらに悪化してしまい、有毒成分を発生するアオコや、湖面の光を遮るホテイアオイの大発生を招きました。すると今度は、ナイルパーチすらも数を減らしてしまい、漁民の生活は一変して苦しくなってしまい、周辺国の経済に大打撃を与えました。(p.53)
去年僕はケニアのナイバシャ湖を訪ねる機会があったが、ここも周辺の森林伐採と土壌流出で湖の水質が悪化していると地元の活動家の方に教えていただいた。湖畔はホテイアオイで埋め尽くされていて、僕的には静かな湖で少しばかり安らいだ気持ちになれたのだが、こういう状態は生態学的にはあまり好ましくないのだとこのエピソードを読んで思った。自分の見識の甘さに恥じいった。

このナイルパーチのエピソードからもわかる通り、経済のグローバル化によって人間が持ち込んだ外来生物が地域固有の生態系に予期しなかった影響を及ぼしてしまうことが多い。生物多様性の保全と地域固有性の重視が世界的にも謳われているのに、その一方ではWTOでは農林害虫の規制撤廃が推し進められており、経済のグローバル化という「画一化」の波が、害虫という生物の多様性と固有性をも飲み込み、消し去ろうとしていると著者は言う。これは害虫だけの話ではなく、クワガタムシの輸入も、自由化の波に押されて始まっている。農産物の輸入自由化の波が、外来のセイヨウオオマルハナバチ導入を余儀なくされた。本書で紹介されている様々な話の根底には、「国際経済の自由化」という共通のキーワードがある。
 グローバリゼーションという言葉の本質的な意義は、国際協調にあったと私は思います。世界の国々がお互いの固有性や独自性を尊重し、理解し合いながら共存を図っていくことこそが、この言葉の真意だったはず。しかし現在の世界では、この言葉は貿易大国による世界支配の大義に置き換えられてしまっている気がします。グローバリゼーションという言葉の前では、生物多様性なんて概念も木っ端みじんにうなってしまう。何となく、生態学者としてはやるせない思いにかられます。(p.177)

「生物多様性」という言葉を聞くと、美しい花やかわいい動物をイメージする人が多いし、マスコミやイベントプロデューサーの意図もそんなところにあるように思う。しかし、実際の生物多様性は、人間にとって都合の悪い生物や、人間から見て不快に思える生物も含まれていて、それらも立派に生態系の中で重要な役割を演じていると著者は強調する。本書でミジンコやダニ、両生類等も紹介されているのはその表れでもある。特に、ダニや病原菌など寄生生物と称される生物達は、人間社会では厄介者で嫌われているが、彼らも生物進化の歴史の中で様々な生物の進化に関わってきた生物多様性の一員であり、我々はそんな目に見えない生物多様性にも目を向け、嫌われ者の寄生生物も含めて生物多様性を維持することが、結果的には人間の安全で健康な生活を守ることにも繋がると主張されている(p.198)。
 両生類が減っているという現象は、両生類自体の危機ではなく、私たち人間の存続の危機を警告しているのかも知れません。両生類は、様々な昆虫を餌とするとともに、自らも様々な肉食生物の餌になります。かつてその数が豊富に存在していたということは、両生類が生態系において非常に重要な位置を占めていたことを示します。その両生類が棲めなくなった世界とは、自然の生態系機能が、相当に劣化した世界ということになります。このまま両生類が減り続けて、ますます生態系が劣化した世界になってしまったら、私たち人間の存続が一番難しくなるのではないでしょうか。(中略)生物多様性の減少は、生物の問題ではなく、人間の未来にかかわる問題なのです。
 カエルの未来は、人間の未来を指し示す。そう考えたとき、カエルが苦手な私も今回のカエルツボカビ研究を通して、少しだけカエルを敬うようになりました。(p.199)
昆虫や両生類が嫌いだと公言している我が娘にも言いたい。彼らがいなくなった世の中は、君にとっても棲みにくい世の中なのだということを!いや、下手すりゃガミガミオヤジですらdeleteされかねない今の我が家の子供達の世界では、こういう本の方が彼らが素直にメッセージを受け容れられるのではないかという気もする。


nice!(6)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 6

コメント 1

duke

地震等ですっかり記事にするチャンスを逸してしまいましたが、また復習、勉強させて頂きます。本も読まなくっちゃですね。
先日、五箇さんがTVに出ていらっしゃいましたー!
by duke (2011-05-06 14:54) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0