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『製糸工女と富国強兵の時代』 [シルク・コットン]

製糸工女と富国強兵の時代―生糸がささえた日本資本主義

製糸工女と富国強兵の時代―生糸がささえた日本資本主義

  • 作者: 玉川 寛治
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: ハードカバー
内容(「BOOK」データベースより)
若い女性が毎日16時間働き、夜は劣悪な寄宿舎生活。製糸工女が主要な労働力だった日本の殖産興業政策。製糸業の技術と労働の実際を、繊維技術者の体験をふまえて克明に綴る。
春休みのこの時期、週末の家族サービスでどこかに連れて行こうかと考えてみても、長男と娘は塾の春期講習とやらがあって、末っ子だけ連れて映画館に行くのが関の山だった。ガソリン代ももったいないので遠出はしないにしても、毎週末自宅近辺でお茶を濁しているような状態である。でもそのお陰で読書は進むし、ブログの記事もまとめ書きできる。ここ数週間、僕がブログに掲載した記事の9割は週末に書いておいたものであり、予約投稿機能を利用して翌週の平日にばらして掲載するようにしている。

本日紹介する1冊は、読み終えたのは3月21日のことだが、紹介記事を後回しにしていたら、なんと掲載が2週間以上後のこととなってしまった。本に対しても、著者に対しても申し訳ない気持ちになる。でも、後回しにした最大の理由は、本書が全体を通じて非常に参考になったからであり、日本の蚕糸業に対する僕の理解をかなり助けてくれたからだと思っている。

出版社からも想像できるように、本書はどちらかというと共産主義的見地から書かれているので、女工哀史的な歴史観で製糸業界で搾取される工員の実態を暴くのが中心なのかと思われがちだ。確かにそうしたニュアンスが感じられる箇所はいくつもあったが、それよりも、養蚕を知らない世代の読者に対してどうやったら理解してもらえるのかを相当に意識して描かれている。挿入されている写真やイラストは多く、養蚕・製糸のイメージ形成を助けていると思うし、解説も丁寧だと思う。非常に勉強になった。

そもそも日本の蚕糸業が衰退の一途を辿っているために、そこで何が行なわれるのか、生産チェーンを丁寧に解説する本が存在すること自体が稀なのである。誰を読者として想定されていたのかわからないが、こうした本が2002年になって発売されたというのは大変なことだと思う。



さらに僕が何よりも評価したいのは、ややもすると製糸工場での工員の労務環境中心の話題になりがちなところを、生糸の質を大きく左右するのは原料繭の品質だという理解に立ち、ちゃんと養蚕(蚕飼育)の方にも説明のための紙面を割いていることである。この点は『ああ野麦峠』を読んでも不満だったところなのである。蚕は繭を作り終えると、20日ほどで繭を溶かして成虫が出てきてしまうので、繭生産を行なう農家は、製糸業者が買い控えると影響を被りやすい。生糸の需要が旺盛であった頃は繭取引でも売り手市場だったと考えられるが、日本での蚕糸業の衰退過程ではライバルの化繊に敗れ、繭取引は買い手の方が有利になってしまっていたのではないかと思う。製糸工場の中で経営陣と工員との間で工員が劣悪な労務環境を強いられたのとよく似た状況が製糸工場と養蚕農家との間ではあったのかもしれない。

また、以前『地平線以下』を読んでいて、賃金交渉に臨む工女が「平均賃金(標準日給額)は幾らなのか」と経営者側に質問するシーンが描かれていて、なぜ平均賃金を工女が気にしたのか、そして経営側がなぜそれを工女に知られまいとして回答をはぐらかしたのかがこの小説を読んだだけでは全く理解できなかったが、今回本書で描かれている等級賃金制の説明を読んでいてようやく理解できたような気がする。
 繰糸工女の出来高賃金制の特徴は「第一に平均成績を得た者に対する標準日給額を定めることにより、製糸資本家はあらかじめ大体の賃金支払総額を決定しうることであり、第二に、平均から成績のズレに対して賃金格差を付けることにより(格差を大きくすればするだけ)女工間の競争を激化させ、作業能率を引き上げることができる点(長時間労働と労働強化)である。このようにして、製糸家は、生産費構成中の賃銀コストを極度に引き下げることができただけでなく、第三に、賃銀格差を工女の能力差に直結して宣伝し、高賃銀女工をおとりにすることにより、低賃金水準のままで工女募集を比較的容易に行うことができたのである」(中略)。さらに「等級賃金制を採用することによって、諏訪郡製糸家は、一方で低賃銀を女工に押しつけるとともに、他方では長時間の緊張した労働に女工を駆り立て、双方相重なって、生産費構成における賃銀部分を著しく圧縮させることができたのである」としている(pp.94-95)。

もう1つの勉強になった記述は、日本でなぜ結核が蔓延したのかという過程に関するものである。先行研究によると、結核の発病に最も大きな寄与をしているのが徹夜作業を行なう紡績だという。
 全国で毎年20万人が工場に働きに出てくる。そのうち8万人は故郷に帰るが、12万人は出たきりで郷里に帰らない。工場を渡り歩き、最後には体が続かなくなり、「気の利いた者は酌婦になるし気の利かぬ者は貧民窟の私娼になって仕舞ふというようなことが甚だ多い(中略)。
 故郷に帰った8万人のうち、6人または7人に1人は必ず重い疾病にかかっている。8万人中1万3千余人が疾病、その中の4分の1、3千人が結核に罹っている。これらの結核罹病者が農村に結核を蔓延させ、故郷に帰らなかったものも全国に結核を蔓延させることになった。(p.143)

 富国強兵を進める政府は、結核が軍隊内の兵士や徴兵検査を受ける壮丁(軍役に当たる壮年の男子)に蔓延する事態となって、はじめて、結核対策に取り組むこととなった。(中略)「戦前の結核蔓延の過程を日本資本主義発達に即してみると…その社会的な感染→発病の経路にしぼってみると、女工→農民→兵士の結核という形をとって蔓延してきたといってもよい。ところが結核患者が重大な社会問題になってきたのは、女工→農民の段階ではなく、兵士のところまでひろがり、それが軍の兵力低下につながることがはっきりしてからである」(p.144)

以上の2点は僕が本書から学んだほんの一例に過ぎない。本書は2400円とそこそこ高かったけれど、金を払った甲斐がある1冊だと改めて強調しておきたい。3000円以上払ってインドから購入した原書が、編集もでたらめで目次構成もいい加減で、19世紀後半に書かれた原稿をそのまま本にしたという内容だったのでがっくりした直後だけに、高いお金を払ってもそれなりにメリットがあったと思える本は宝物のような気がした。

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