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カルナタカ養蚕業の光と影(後) [シルク・コットン]

前回はCSRTIの50年間の実績を中心に良い話ばかりを紹介したが、2月下旬頃からちょっと気になる報道がカルナタカ州からは聞こえてきている。

【記事①】"Sericulturists block Banalore-Mysore Highway"
The Hindu, February 28, 2011
http://www.hindu.com/2011/02/28/stories/2011022856130700.htm
【記事②】"Move to reduce duty on raw silk comes as a shock"
The Hindu, March 3, 2011
http://www.hindu.com/2011/03/03/stories/2011030352300600.htm
【記事③】"Cut in import duty will sound death knell for sericulture industry"
The Hindu, March 4, 2011
http://www.hindu.com/2011/03/04/stories/2011030463680600.htm
【記事④】"Sericulturists oppose Union Budget proposals"
The Hindu, March 6, 2011
http://www.hindu.com/2011/03/06/stories/2011030652830900.htm
【記事⑤】"Import duty cut threatens sericulture livelihoods"
The Hindu, March 12, 2011
http://www.thehindu.com/news/national/article1529739.ece
【記事⑥】"Policy on duty-free import of silk opposed"
The Hindu, March 20, 2011
http://www.hindu.com/2011/03/20/stories/2011032054630700.htm

記事①によると、きっかけは2月27日(日)のラマナガラム繭市場。バンガロールから西に50kmほどのところにある世界最大の繭市場で、前日まで1kg当り200ルピー以上で取引されていた繭価格が、この日はいきなり100~120ルピーに暴落してしまい、激怒した養蚕農家がバンガロール・マイソール間の幹線道路を封鎖してしまったという。記事①によると、カルナタカ・シルクマーケティング委員会が資金不足に陥り、価格支持を2日間にわたって見送ったことも一因だったらしい。委員会は28日より1kg200~220ルピーで繭を買い上げると表明した。

ご参考までに、このラマナガラム繭市場、年間の休業日が2日しかないこのマーケットで、養蚕農家はいつでも繭を持ち込んでその日のうちに現金収入を得られるという。

しかし、この抗議行動はもっと構造的な要因をはらんだものだったらしい。2月28日(月)、インド政府は2011/12会計年度の予算案を発表したが、その中で、輸入生糸に課せられていた関税率を30%から5%に引き下げるとの方針が含まれていた(記事②)。生糸は主に中国から輸入されており、インドの織物業界はこの輸入関税を引き下げて仕入価格を抑えようとロビー活動を展開したらしい。前日のラマナガラム繭市場の取引価格暴落も、この方針を察知した製糸業者による提示買取価格の引き下げによるものだったことが明らかになる。製糸業者もこの輸入税率引下げでは被害者であるが、彼らは高値で繭を仕入れても織物業者が生糸を買ってくれないので、提示買取価格を下げざるを得ない。カイコは繭を作ると20日程度で成虫が繭を破って出て来てしまうので、構造的に、需要低迷の局面では養蚕農家が製糸業者の買い控えの影響をもろに受けやすい。カルナタカ州にはラマナガラムの他にシデラガッタに繭市場があるが、この繭市場も28日、3月1日の両日、取引停止となった。

記事③も内容は②とほぼ同じだ。カルナタカ州では養蚕農家と製糸業者、そして蚕糸業関係者を合わせると165万人がこの産業に従事している。桑園面積は、州南部のチックバラプール、コラール、バンガロール、ラマナガラム、トゥムクール、チャムラジナガル、マイソール等の地区にまたがり75,000haにも及ぶ。シデラガッタの先進農家の1人マルール・シヴァンナによると、2002年にシルクの輸入関税が引き下げられた時も、当時分割前だったコラール県では農家が自殺者を出す寸前までいったらしい。その時は、農家が繭を道路にばら撒いて抗議行動を行なったという。

中国からの輸入増加に加え、年間12~13トンに及ぶ生糸の密輸も農家と製糸業者を悩ませている。今回も、養蚕農家は、繭価格がキロ350ルピー、生糸もキロ3,000ルピーを下回らないことを政府が保証するよう要求している。

そうこうするうちに、とうとうカルナタカ州最初の犠牲者が出てしまった。記事⑤はHindu紙全国版にも掲載された記事らしいので、デリー在住者でも目にしたことがあるかもしれない。バンガロールから西に60kmほどのマンディア県ヴァラゲレ・ドッディ村の養蚕農家スワミさん(35歳)と妻のヴァサンタさんが、3月5日(土)深夜、自宅で首を吊って自殺したと記事は報じている。夫婦の間には、6歳、5歳、3歳の幼い子供がいて、スワミさんの父親(65歳)が途方に暮れているという。

この原因も繭価格で、320ルピーの政府支持価格ではなく、120ルピーでしか売れなかったことがきっかけとなった。

父親のボレゴウダさんによると、スワミさんは12万ルピーの借金を抱えていたが、2010年に6回掃き立てた蚕期のうち2回は不作で、蚕室の借料だけが未払いで残ってしまった。また、養蚕農家の苦境の遠因として政府の蚕糸業支援策が弱体化していることを記事は指摘している。政府のモデル蚕種製造所がスワミさんの自宅から至近距離にあるが、ここが全く機能していなかったというのだ。政府系の蚕種製造所であればキロ300ルピーで購入できるはずの蚕種(卵)は、民間の蚕種製造業者で仕入れなければならず、その仕入価格はキロ1,200~1,800ルピーにもなるという。加えて、この地域での養蚕は灌漑用水の確保が大きな課題で、スワミさんは水を1蚕期当り250ルピーで購入していたという。制度金融を利用できなかった彼は、市中の高利貸しから高い利息で借金を余儀なくされた。

カルナタカ州ではインドのシルク総生産の6割以上を占める。マンディア県では92%の農家が小規模ないし零細農家である。桑園面積は、2010年3月の16,416haから2011年1月には12,398haに減少していたが、この間に繭の価格はキロ192ルピーから229ルピーに上昇した。昨年12月にキロ380ルピーを付けるに至り、農家は投資リスクを取って養蚕に参入しようという意欲を見せ始めていた。今回の繭価格暴落は、そうした動きのハシゴを外すものだったといえる。

今のところこの輸入税率引下げの方針は撤回の見込みが立っていない。記事⑥によると、カルナタカ州では、中央政府が小規模農家の利害を保護する措置を取らなければ8つの県でゼネストを実施する可能性があるという。その1つはバンガロールの東隣にあるコラール県だが、ここから選出されている国民会議派のS.M.クリシュナ議員はインドの現役外相で、今年2月に国連の会合で原稿を読み違えて喋ってしまったお方である。カルナタカ州は長年国民会議派の地盤だったが、2009年の総選挙ではインド人民党(BJP)が勝利し、州議会もBJPが多数派だ。これ以上BJPに得票を明け渡すような政策を導入決行するのかどうか、既に政策発表済みのインド政府の対応が注目される。


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