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『インドの水問題』 [読書日記]

インドの水問題―州際河川水紛争を中心に

インドの水問題―州際河川水紛争を中心に

  • 作者: 多田 博一
  • 出版社/メーカー: 創土社
  • 発売日: 2005/04
  • メディア: 単行本
内容(「MARC」データベースより)
深刻化する水不足、水争いに揺れる連邦制、水資源開発の行方は-。州際河川水紛争の5事例を中心に、地下水灌漑、河川連結構想など、独立後のインドにおける水資源開発の総体を詳説する。
僕らは小さな島国に住んでいるのでなかなか想像つかないかもしれないが、世界を見渡すと複数の国を流れて海に注ぎ込む国際河川がけっこう多い。そういう河川については、上流の国が取水をし過ぎると下流の国の水受給がひっ迫するといった問題が起こりかねないし、逆に上流の国が汚染物質を含んだ下水を河川に流すと、その影響を下流の国が受けてしまうということが起り得る。南アジアでよく引き合いに出される事例はガンジス川で、上流のインドが乾季にはガンジス川の水を堰き止めて全てインド側で利用できるようにする一方で、逆に雨季には放流して過剰な水が下流のバングラデシュに流れていくようにする。バングラデシュは乾季は水不足、雨季は洪水と、どちらにしてもいいことがない。

なんてことが起きるのは国際河川だけなのかというとそうでもない。連邦制を取っているインドでは、州の権限がかなり強く、州をまたいで流れる河川の水資源の利用を巡って、流域の各州間で争うような事態が起きているらしい。本書は、クリシュナ川、ゴダヴァリ川、カーヴェリ川、ラヴィ・ビアース川、ナルマダ川を事例として、この州際河川水紛争の経緯を詳述した専門書である。こうした複数の流域州の間の利害調整の枠組みとして、1956年河川審議会法(The River Boards Act 1956)と1956年州際水紛争法(The Inter-State Water Disputes Act 1956)があるが、前者に基づく河川審議会はこれまでに開催されたことがなく、後者に基づいてインド政府が裁判所を設置した水紛争の事例が先に挙げた5河川に関するものだった。

このうち本書を手に取る際に最も注目していたのはカーヴェリ川の水紛争だった。カーヴェリ川は主にカルナタカ州を水源とし、タミル・ナドゥ州に注ぎ込んで河口デルタの一部はポンディチェリー中央直轄地域にかかっている。また流域の一部はケララ州にもかかっている。いずれにせよ、大きな論争はカルナタカ州とタミル・ナドゥ州との間で繰り広げられている。

カルナタカ州は歴史的に、マイソール藩王国として英領マドラス州(タミル・ナドゥ州の前身)に対して不利な立場に置かれてきた。インド独立後、カルナタカ州が農業開発のためにカーヴェリ川の水を利用して灌漑面積を拡大しようとした時、既に英国統治時代からカーヴェリ川の水を利用してきた農業先進州タミル・ナドゥ州の既得権益(取水権)との衝突を余儀なくされた。流水量にまだ未利用の余剰水があればそれでも問題にはならなかっただろうが、カーヴェリ川の場合上流で融雪水による補充がなく、もっぱらモンスーン期の降雨に依存しているため、利用可能な水資源が限られているところに問題がある。

こうした構造から、もっぱら最高裁に訴えるのは下流のタミル・ナドゥ州で、裁判所の命令に応じないのがカルナタカ州という構図があるようである。これまでカルナタカ州に住んだことがある方からお話を聞いてきて、タミル・ナドゥ州の人と比べてカルナタカ州の人の方がやくざっぽいという印象を度々耳にしたが、結構荒っぽい事件がカルナタカ州では起きている。

例えば、1990年5月にカーヴェリ川水紛争審判所が設置された後、91年6月に審判所は暫定命令を発出し、同年6月から翌年5月までの12ヵ月間に、カルナタカ州は州内の貯水池からの放流で、両州境のメットゥール・ダムで利用できる水量を2050億立法フィートにする、さらに州内でのカーヴェリ川からの取水による灌漑面積が112万エーカーを超えないことという命令を出されたが、州議会ではこの暫定命令を拒否する決議を行ない、さらに州政府は州内を流れるカーヴェリ川の水は全量が州の排他的管理の下にあるとする州政令を発した。しかし、最高裁はこの州政令が憲法違反であるとの判決を下し、先の審判所暫定命令を官報で公示するよう命じた。

これを受けて、1991年12月下旬には、州内のバンガロール、マンディア、マイソール県内の100カ所ほどの場所でタミル人商人、農民、農業労働者らに対する暴行事件が発生し、数人が殺害され、州内に居住するタミル人が10万人規模でタミル・ナドゥ州側に避難するという事態になったという。カルナタカ州とタミル・ナドゥ州がかなり仲が悪いというのがよくわかる。本書は時期的に2003年の出来事までしかフォローしていないが、その後の展開についてはウィキペディアにも言及があるので参考にはなる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Kaveri_River_Water_Dispute

繰り返しになるが、こうした州際河川水紛争は、水資源の供給量が十分ある時にはさほど問題にはならないが、旱魃が深刻で河川の流水量が不足してくると問題が起りやすい。カーヴェリ川についても、2004年から2006年頃までは南インドの降水量がそこそこあったので問題が先鋭化する事態は回避されてきたが、その後は2008、2009年のように水不足の事態が目立った年もあり、お天道様が相手だけに一筋縄ではいかない。

因みに、本書で引用しているインドの年間利用可能水量に関する幾つかの予測を見ると、いずれの場合も2020年代後半から2050年にかけてインドでは水需要量が利用可能水資源量とほぼ同等ないしは需要が上回るものになると見られているという(p.30)。これはインド全体での話であるが、既にカーヴェリ、ペンネルー、サーヴァルマティ、クリシュナ川等の流域では国際基準の1人当り年間利用水量1,000立方メートルにも満たないという水不足が現実化しており、アンドラ・プラデシュ、グジャラート、ハリヤナ、パンジャブ、タミル・ナドゥ、マハラシュトラの各州では、地下水または表流水、あるいは双方で、不足がいずれ深刻化するとみられている(p.33)。
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