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『地平線以下』 [シルク・コットン]

地平線以下

地平線以下

  • 作者: 林 功郎
  • 出版社/メーカー: 文芸社
  • 発売日: 2002/10
  • メディア: 単行本
内容(「MARC」データベースより)
大正末期から昭和の初めにかけて、製糸工場に勤めていた著者が、劣悪な労働環境、乱れた風紀、酷使される女工の実態を赤裸々に描いた、内部告発的小説。1926年『信濃毎日新聞』連載。
本書は2002年発刊となっているけれど、実際には70年以上前に信濃毎日新聞夕刊に二木いさをのペンネームで約1年間にわたって連載されたもので、幾つかの出版社から単行本での出版の依頼を受けたが著者が断わり、1966年に自費出版として原文のまま単行本となったものである。『あゝ野麦峠』よりも単行本の発刊時期は前だし、『あゝ野麦峠』にも登場するエピソードは本書でも出てきており、おそらく『あゝ野麦峠』も本書は参考にしたところがあるのではないかと思われる。

著者は岡谷に生まれ、実際に岡谷の製糸工場で9年間勤めた後新聞記者生活を送り、さらに昭和8年に岡谷・平野村村会議員に当選し、岡谷での議員生活を16年送っている。おそらく、著者自身が製糸工場で経験してきたことがベースとなっているのだろう。フィクションとして描かれているが、登場人物のやり取りが極めて具体的で、『あゝ野麦峠』で描かれていたものが実際に現場ではどのようなやり取りのもとで行なわれていたのかが本書を読むととてもリアルに理解できる。本書で登場する主人公・小野譲は製糸工場の検番助手・事務員として現場で工女と接する中で彼女達の虐げられた工場生活に大きな矛盾を感じ、任用1年にして工場主に対して意見具申して直言して放畜されてしまうが、もしこの小説に続きがあるとしたら、小野は新聞記者になり、さらには政治の道を歩んでいたことだろう。

検番助手というのは、工女が集中して作業しているのかをチェックし、時には喝を入れることを生業としている検番のアシスタントで、実際のところは検番のような経営側のフロントラインと、搾取労働を強いられる工女の間で板挟みに遭い、その矛盾に思い悩む立場だったのではないかと思う。そして、いったんは大学にも入学しながら母の病気で中退して地元に就職せざるを得なくなった小野の学歴を評価した工場主の抜擢で事務員に登用されたことで、経営側の内部にある醜い実態も垣間見ることになった。当時の糸価の8割以上が原料繭の仕入価格で占められていて、朝5時から夜7時まで働かされる工女の労賃など殆ど顧みられることはなかったという。

というわけで、最後に小野は早川工場主を前に思いのたけをぶちまけるのだが、その発言の中に本書で描かれている問題が全て集約されているように思うので、掲載しておきたい。

◆◇◆◇◆以下引用◆◇◆◇◆

 私は、1ヵ月間、この工場の経営方針と工場行政を見てきた今日、この重大な会議の席上、忌憚のない、偽らない、私の真摯な意見を申し上げたい。

 私は、本年1年中に、この工場内に発生した、目を覆う幾多醜悪な出来事……。それは幼年工の監禁、工賃の不払い、就業時間の延長、休憩時間の無視、自由外出の拘束、病人の放棄、暴行の乱舞、職工保健衛生の無視、風紀の紊乱、幹部の不当圧迫と経営者の専制、正義と責任観念喪失等々から次々と生み出された不祥事件は……永遠に病床に呻吟する数多の若い男女工、罪の下重い鉄鎖に繋がれていった男、命とする女の操を蹂躙されて死にいった女、それはS湖で、鉄路で……海で、山で……。過度の心身疲労から遂に発狂した女等々、その件数は十数に上るのです。私はこうした数多の悲劇を目撃するたびごとに、心で大きく叫びました。この不合理な工場行政が根本から改革されない限り、こうした悲劇は絶えないであろう……。そしていつかは来る、恐ろしい破滅の時が……来るのは当然だ。未来の建設のため……、それは地平線以下でない工場の建設のために……。私は過去いつも自分の心でそれを叫びながら、口外できなかった卑怯を、今日こそ大胆に工場主から全幹部全男工諸公、いわゆる早川工場の根幹者集合の席上で絶叫する光栄に浴したのです。聴いて下さい……職工の募集……。それは1日や1カ月の短日月に解決される問題ではない。それは工場の全作業工程に決定さるべき問題なのです……。不合理極まる工場行政から生む募集難をカバーするため、哀れにも無知な女工に対して、さらに工場選択の自由まで剥奪する同盟契約、そんなものがいつまで続きましょう。人道上何人も許容しない自己陶酔を打ち破って、製糸工業が国家的産業であれば、なおさらのこと、堅実な発展計画を堂々たる基盤の上に建設するを企図すべきです。それには、何より先に、工場内に働く男女工をして、物でない人として、しかも生産人として、自由人として、その創造力を高く評価し、工業主も一幼年工も人格においては一切平等の上に、同じ人として幸福を分かつべきだと思います。それには、まず先に監禁的工場寄宿舎制度を解放しろ……。そして彼らを通勤制度に改めろ……そうした時に初めて、虐げられた経済戦士は恵まれるのです……
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