『蚕糸業地域の比較研究』 [シルク・コットン]
以前、「南インドの養蚕村」、「日本の養蚕村」の2つの記事で著者の著作についてはご紹介したことがあるが、先週著者ご本人をお訪ねして、大迫博士が数回にわたって訪れた1980年代前半の南インドの様子についてお話をうかがってきた。大竹博士は今年米寿というご高齢ではあったが、当時撮影してきた写真アルバムをご準備下さり、幾つかの写真の借用についてもご快諾下さった。その上に、1984年発刊の標題の著書まで謹呈下さった。
さっそく読ませていただいたのだが、目下のところ必要なのは第Ⅱ部「熱帯の蚕糸業地域」の第2章「南インドの蚕糸業」(pp.270-319)であり、ついでに第Ⅰ部「日本の蚕糸業と蚕糸業地域」の第3章「製糸都市の再生」にある「(1)岡谷の再生」(pp.174-188)も参考のためにざっと目を通した。
南インドの養蚕村について書かれている章の内容は、基本的には博士がそれまでに岐阜経済大学論集で発表されている論文の記述と大して変わらない。おそらくは博士が初めて南インドを訪れた1980年夏から最初の3回の現地調査分をもとに本章は書かれたのであろうと推察されるが、本書の良さは博士が初期の現地調査で撮影して来られた写真が何枚も収録されていることで、僕はこれを見て初めて、「チャンドリケ」と呼ばれる現地の伝統的上簇補助具(写真参照)がなぜ屋外に斜めに立てかけてあるのかがわからなかったが、本書の写真解説を見て、五齢の蚕が上簇した直後のチャンドリケが繭への直射日光を避ける形で裏向けにして干されているのだと知った。僕は繭を収穫した後のチャンドリケを消毒のために干していたのかと思っていたのだ。
もう1つ、本書を読んで初めて知ったことがある。それは繭市場での取引慣行と実際に取引されている繭の品質に関するものだ。
各マーケットは、それぞれ担当の区域が定められているが、遠方の養蚕家や製糸家は、列車・バスなども利用して参集する。両者ともにパースブックを所持し、そこに、毎回、取引の詳細が記入されるようになっている。
市場側は、手数料として売買価格の2%(養蚕家と製糸家からそれぞれ1%ずつ)を徴集し、運営や維持費に当てている。(p.307-308)
ところで製品(生糸)の質は低く、糸歩は少なく平均6.3~8.3%(日本は19%程度)という。チャルカ(註:座繰り糸繰機)の製品はとくに質が落ちるが、低価格で需要が高い。
先の繭取引でみたように、インドの産繭は質の格差がきわめて大きく、したがって、製品である生糸の質も不揃いである。公的な検査制度は確立されていないため、幻聴改革(品質改善)の歩みも遅い。機械の老朽化はいっそうこの傾向を強めているように思われる。(p.310)
本書では、最後に日本の蚕糸業とインドの蚕糸業の比較を行なっている。これは1980年代前半時点での比較だけに現在の状況とは必ずしも合わないが、参考にはなる記述である。(pp.315-319)
1)インドでは住居養蚕が一般的で、多段式(蚕棚を床から天井の高さにまで重ねる)、一葉摘み(桑葉を1枚1枚収穫)、上簇は一頭拾い(蚕児を1匹1匹まぶしに移す)が広く行なわれ、極めて集約的な養蚕が行なわれている。製糸業も、無動力のチャルカ(座繰り繰糸機)が広く普及し、コテージベーシンのような繰糸機も、労働力を多く必要とする普通機や多条機が中心である。日本でも戦前の養蚕はインドと変わらぬ様式で行なわれていたが、戦後は急速に改良が進み、蚕室を設け、一段ないし二段式が普通で、条桑育が普及し、回転蔟で自然上簇を実施するなど省力化が著しい。製糸工場でも、自動機がほとんどで、普通機や多条機は稀。
2)インドでは、政策自体が農村労働力の消化、また雇用促進を大きな目的の1つとして蚕糸業振興が図られており、省力化への動きは鈍い。
3)インドでは繭質の向上が大きな問題。熱帯向けに改良された二化性交雑種は、日本のそれと変わらぬ優秀な品質を持つが、現在のところ、その普及度は低い。繭市場に出荷される繭の品質はばらばらで、価格差も極めて大きい。インドでは日本のような徹底した検査制度が確立しておらず、従って優良品種の勧奨と普及以外に全般的な品質向上の方法がない。農家の収入向上のためにも、改良品種の普及が急がれる。
4)インドでは、産繭のほとんどが繭市場(コクーンマーケット)で、農家と製糸業者の自由な取引によって処理されており、団体協約取引が中心の日本とは異なる。もっとも日本でも昭和恐慌以前は繭市場取引が広く行なわれていたが、特約取引の普及とともに漸減し、戦時統制で消滅、戦後も復活することなく今日に至っている。市場取引では、購入者のいわば勘によって品位の良しあしが判定されている。市場取引では日本で実施されているような徹底した品質査定は困難である。インドで繭質向上を図ろうとするなら、日本で青果物の出荷で行なわれているような、農協単位での自主的品質管理を行ない、共同出荷する方式の導入を検討するなど、何らかの検査制度の確立が必要。
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