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『国家の命運』 [読書日記]

国家の命運 (新潮新書)

国家の命運 (新潮新書)

  • 作者: 薮中 三十二
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/10/14
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
国益を背負う外交の現場とは、いかなるものなのか。世界という視座から見た日本は今、どういう国なのか。戦後最大の経済交渉となった日米構造協議の内実、にわかに台頭する中国の外交スタンス、独裁国家北朝鮮との話し合いの難しさ、先進国サミットの裏側…四十年余の外交官生活をふり返りながら、衰えゆく日本の国勢を転回させるための針路を提示する。
今週読んでいた本の1つを紹介する。

本書は、年末に書店店頭に並び始めた頃からずっと気になっており、一度読んでみたいと思っていた。外務事務次官を退官された直後に尖閣諸島の事件が起き、その際の日本政府、特に外務省の対応に批判が集中したのを受け、国際交渉を多く経験した外交のプロの立場から、外務省をある程度擁護することを目的に書かれたものだと考えられる。北朝鮮の日本人拉致問題や六ヵ国協議でテレビの報道に度々登場していた方なので、そのインサイダーとしての視点には期待するところもかなりあった。

著者はいずれもっとしっかりとした回顧録を出されるべき立場の人だと思うので、新書として出された今回の本は突貫工事だったものと想像する。物足りなさは多少はあったけれど、へぇ、そうなんだと新鮮に感じた箇所が少なからずあり、読んでよかったと思える1冊だった。

その中から2ヵ所だけ印象に残った記述がある。

1つ目は、2004年3月に7名の中国人活動家が海上保安庁の警備の隙を突き、尖閣諸島・魚釣島に上陸する事件の際の日本政府の対応である。沖縄県警は7名全員を出入国管理法違反の疑いで現行犯逮捕したが、その後検察当局の判断ということで国外退去の処分にした。なんだか昨年起きたことはそのデジャブーであるようにも思えてくるこの2004年の出来事でも、「なぜ簡単に国外退去処分にしたのか」という批判は国内では多かった。当時外務省アジア大洋州局長だった著者は、当時を振り返ってこう述べている。
この事件で大事なのは、尖閣諸島において日本の法律が執行されることである。それこそが、日本が尖閣諸島を実効支配していることを世界に示すことになる。その意味で、不法入国した中国人を日本の警察が逮捕し、日本の検察の判断によって国外退去させたというのはきわめて重要なことで、かつ必要十分な対応でもあったのだ。
 (中略)
 日本にとって重要なのは、自国の領土と領海をしっかり保全することである。その点、この海域では海上保安庁の数隻がパトロールするだけの現状は必ずしも十分な体制とは言えず、海保であれ、自衛隊であれ、領土を守るために不断の努力をしておくことが大事である。(pp.150-151)
前段の部分はいささか屁理屈のようにも感じるが、単に中国に屈したとか中国への配慮(弱腰)とか言って批判された日本政府の対応にも、それなりの言い分はあるのだなとある意味感心した。逆に、石垣の市議が魚釣島に上陸することがなぜいけなかったのか、それが日本の国内法に準じてもいけない行為だったのかどうかは本書では論じられていない。

これをどう読むかは読者の方々のご判断にお任せしたい。ただ、後段で書かれているのはまったくその通りだと思う。領土保全のためにやるべきことはやるという努力は必要だし、そこの部分の拡充に僕達の税金から予算を配分することは認められていい。

もう1つの記述は、著者が日本の人口動態に相当な危機感を募らせているという点である。これは僕がこのブログを通じて数年来扱っている大きなテーマの1つであり、この危機感については大いに共有したい。特に、著者の場合は立場上外国の政府高官や有識者との交流機会が多いはずで、そういう方々から「なぜ、日本では、デモグラフィー(人口動態)が差し迫った危機として受け止められないのか、まったく不思議だ」と言われていることについて、声を大にして訴えていることは重要である。

ただ、そのソリューションとして「外国人労働者の受け入れ」を提唱されている記述については、若干の反論もある。本書で展開されている論考は、外国からの労働供給は無尽蔵にあるという暗黙の前提があるようで、想定されている途上国の人口動態への考慮があまりなされていない。特に東南アジアの場合は、日本が良質のケア人材を持って行ってしまうと、自国内でのケア人材が不足してしまう。勿論、ケア人材として登用できるような人材育成を進めて、供給量を確保するような取組みは必要で、そこで日本がODAで支援していくことも必要だというのもわかるが、日本も自国内でケア人材の労働供給を増やすためにやれることがある中で、外国から介護労働者を持ってくるという発想はどうかなと思う。何よりも、ケア人材は途上国においても自国の子供や高齢者、障害者のケアのために活用することが先ず考えられるべきだろう。

対外交渉の最前線での駆け引きについて描かれている本書を読むと、安易な官僚たたきもどうかという気が確かにする。でも、その一方では、こういう舞台で丁々発止のやり取りをやった後で晩餐会でワインを酌み交わして親交を温めるといった世界で長年生きてきた人たちと、ビールや焼酎を片手に会社や家庭の愚痴を言い交わしている僕達庶民とでは感覚も違ってしまうのだろうなという気もした。彼らはその道のプロではあるわけで、エリート意識がどうこうなどと言うつもりは全くないが、棲む世界が全く違う、背伸びしたって僕らには手が届きそうにない話だと感じてしまった。
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