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1.私の首にからむニシキヘビ [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg ムンバイの物乞い収容施設の監督官であった私は、物乞い法を執行することが求められていた。このため、私は、物乞いや、ストリートパフォーマー、曲芸師、ヘビつかいといった、道路にいる特定のグループの人々の一斉摘発に加担せねばならなくなった。

 実際のところ、道路で物乞いをしたり、通りで曲芸を演じたりしているような人は誰でも逮捕されて収容施設に送られる可能性があった。しかし、警察はある特定の人々を逮捕するのには飽きてきていた。例えば、ハンセン病に罹った人や、信仰の証としてニシキヘビを飼っているヘビつかいなど、最も典型的な物乞いとみられている人々である。

 その警察と一緒に行なったある一斉摘発の際、私は首に巨大なニシキヘビを巻いた1人の男に遭遇した。ニシキヘビは全長7フィート近く、太さも4インチはある大物だった。その男が物乞いをしていたのは明白だった。しかし、警察は彼を逮捕するのを躊躇していた。この「ナーグワラ(ヘビつかい)」はきっと我々を呪うに違いない、警察はそう考えた。私も困った。こんな迷信的な偶像のことなど信じていたわけではないが。そのニシキヘビはとても大きく、危険だった。

 そうこうするうちに、私は考えた。このヘビが男に害を与えたことがないのなら、おそらく私に対しても害を及ぼすことはないだろう。私は一歩前に進み、この物乞いと向き合った。逮捕されるとこの物乞いに伝え、私は男を警察のワゴン車に乗るよう命じた。

 器用な動きで、男はニシキヘビを首から持ち上げ、私の首にフックさせた。いやむしろ私の首にぐるぐる巻いたといった方が近い。そして男は待っていたワゴン車に静かに乗り込んでいった。平静を装うのに苦労しながら、私は、なぜ自分は熱心になり過ぎてこんな望んでもいない状況に陥ってしまったのだろうかと悩んだ。

 ニシキヘビは氷のように冷たかった。首にそれを巻きながら、私はゆっくりと自分の車に戻り、用心深く腰かけた。物乞い収容施設まで戻る間に、私はなんとかそのヘビを自分の首から外した。施設に入っていた物乞い達は、私が両手でニシキヘビを抱えて入って来るのを見ると、逃げ出した。

 私はニシキヘビを大きな段ボール箱に入れ、箱に何個か穴をあけた。新鮮な空気が入りやすくするためだ。そして次なる課題として、この巨大な爬虫類を飼っておく場所を探すことが大変だということにも気付いた。施設の運営スタッフも、収容されている物乞い達と同様、ヘビを見て怖がった。

 私は、自宅にヘビの住める場所を確保することにした。ニシキヘビと私は、じきに互いに慣れてきた。でも、私はこのヘビに何を食べさせたらいいのかわからなかった。私は施設に収容されていた例のヘビつかいを呼び、彼に尋ねた。しかし男は私を軽蔑のまなざしで見つめ、そしてこう言った。「教えませんぜ、旦那。あんたが自分で考えなよ。」

 そう、これは私の責任なのであり、自分でなんとかしなければならない。自宅でニシキヘビとともに夜を過ごすことも、妻なら許してくれるだろうと私は考えた。用心はするだろうが。実際、自宅にヘビを持ち帰ったところ、妻は最初は大変驚いたが、ヘビにゆで卵を食べさせてはどうかと提案してくれたのも彼女だった。そして実際ヘビはゆで卵を幾つも食べたのだ。

 私の子供達はニシキヘビを見て面白がった。撫でてみたり、箱から外に出るのを許したとたんに部屋の中をするするすべって行ったスピードの速さを驚きのまなざしで見守ったりしていた。

 翌日、私はニシキヘビをジュート製のズタ袋に入れ、またオフィスに持って行った。どこで飼ったらいいのか考えていた。ヘビはかなり弱って見えたので、私は空になった「外行き」書類皿の上に置き、何冊かのファイルで優しく覆ってやった。十分餌を与えられていたので、多分書類をひっかきまわすことはないだろうと考えた。そして、仕事している間、しばしヘビのことを忘れることができた。

 その日最初の面談アポでやってきたのは、全インド内科医療研究所のベテラン・ソーシャルワーカーだった。彼女はあまり友好的な雰囲気ではなかった。ある研究助成の決定を政府がぐずぐず先延ばしにしていることに不満を漏らしていた。実際、彼女の怒りは、彼女が机を叩いて「ここの政府は廃止するべきだ」と激しく述べるにつれて明らかになった。

 その彼女の行為がニシキヘビを安息の場から追い出すことになってしまった。突然ヘビが姿を現したことで、そのソーシャルワーカーは仰天した。年齢に合わないほど大きく跳び上がった彼女は、座っていた椅子の上に飛び乗り、体を震わせながら立ちつくした。

 私がニシキヘビを優しく元の書類皿に戻すと、この女性は金切り声で叫んだ。「ゴカレ先生、私はもう二度とあなたのオフィスにはまいりません!」彼女の表情には恐怖の色がありありと浮かんでいた。私は苦労して彼女を椅子から下ろしたが、彼女はその後私のオフィスからそそくさと出て行った。

 このニシキヘビは公式には裁判所の資産であるため、私はそれをハーフキン研究所に引き渡すことにした。この研究所なはヘビの飼育をするのに適した環境も揃っていると思ったからだ。私の子供達はヘビがいなくなって特に悲しんだのだが、それは私も一緒だ。
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