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『海のテロリズム』 [読書日記]

昨年は尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件があったりして、日本近海の海の安全に多くの国民の目が行った年になった。古くは拉致事件の問題があったりして複雑な海岸線沿いにくまなく沿岸警備することの難しさを僕らもわかっていたつもりだったが、それが海上となると、ますまず警備は難しい。体当たりもさることながら、相手の偽装船がどんな武装をしているのかもわからない。海上保安庁の仕事も大変だと思う。そして、海岸線沿いの警備も、警察だけでは手に負えない。市民が連携して不審船や不審者の探知に当たらなければとてもカバーしきれないのだが、漁村が寂れていくとそれすらも徐々に難しくなっていくのかもしれない。

そんな中で最近、こんな本を読んでみた。

海のテロリズム―工作船・海賊・密航船レポート (PHP新書)

海のテロリズム―工作船・海賊・密航船レポート (PHP新書)

  • 作者: 山田 吉彦
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2003/10
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
漁船に扮し、ロケットランチャーで攻撃をしかける北朝鮮工作船。石油タンカーに突撃・自爆する海上テロ。積荷を船ごと奪い去る海賊たち…。経済危機、宗教対立、政治問題など、世界の混迷は海にも「ならず者」を暗躍させている。偽装船で現われ、強力な武器で襲撃、多国間にわたり逃走、シンジケートや村ぐるみでの犯行など、その手口はますます巧妙・凶悪を極める。人々の生活を支える海に平和を取り戻せるのか。海洋国家日本が直面する海上保安の実態をレポート。海から忍び寄る恐怖に立ち向かう。
著者は日本財団(旧・日本船舶振興会)の方で、当時海洋船舶部長だった人だ。このところ僕にとっての日本財団といったら「ハンセン病撲滅運動」なのだが、旧称からも分かる通り、「海や船にかかわる活動」というのが3つの事業領域の1つに位置付けられている。

例えば、マラッカ・シンガポール海峡は原油をはじめとした日本の生活必需品を海上輸送する船舶が通航する世界一通航量の多い海峡だが、そこは海賊の巣窟でもある。海賊は神出鬼没で、いつどの船舶が襲撃されるかわからないし、強奪された船舶がどこに持っていかれるのか追跡するには各国間の情報ネットワークが必要となる。また、日本船籍で船舶については船内にも日本の法規が適用されるが、多くの日本の船舶は親会社は日本企業だが、船籍はパナマやリベリアで、乗組員も殆どが外国人であったりする。こうした「便宜置籍船」では船内に日本の国内法が適用されず、日本政府は責任を持ってこれを監督し、安全を担保できない。例えばこういう船が海賊の襲撃を受け、乗っ取られて姿を消してしまった場合、船の追跡にも乗組員の捜索にも、日本政府は積極的に関わっていくことができないのだそうだ。

こうした政府では取り組みにくい課題に、非政府組織として日本財団は取り組んでいるのである。日本のライフラインを守るため、日本財団は1968年から、同海峡の航行保全支援事業を行なっている。

そう見ると、本書は日本財団の活動をPRするかの如き内容となっている。第Ⅰ部では日本を取り巻く海の犯罪ということで、①北朝鮮からの武装工作船や不審船、②座礁乗上放置外国船の後始末、③密航者、といった問題を具体的事例とその事件の経過を取り上げて読者に注意喚起を図っている。第Ⅱ部はアジアの海賊事情ということで、主にマラッカ・シンガポール海峡に出没する海賊と彼らが越した船舶襲撃事件のルポ、海賊対策としての国際協力の枠組み等について紹介し、遠く離れていてもこの海峡が日本の生命線であり、日本人はこの海域での船舶の安全な航行にもっと関心を持たなければいけないと指摘している。いずれも日本財団が直接的に関わってきた問題であり、さりげなく著者の日常的な活動の内容についても言及されている。そして、第Ⅲ部では海の安全を守るための各国の取組みや日本の役割について紹介されている。各国の沿岸警備体制の強化に日本の海上保安庁が1つのモデルとなっているという話は、とても興味深いものだった。

元々、著者の別の本を探している途中で本書に出会った。探していたのは2006年に出た『海賊の掟』(新潮新書)で、僕が通勤帰りの駅からの徒歩の最中によく聴いているTBSラジオ『DIG』という番組で、昨年、現代の海賊問題について取り上げられて著者が番組出演していた時、番組のパーソナリティがこの本に言及して、「これはかなり面白い」と評していたのが印象に残っていた。『海賊の掟』の方もいずれ紹介したいと思う。

ASEANの「人間の安全保障」の問題について考える際に、「海の安全」はよく取り上げられる。各国が国家レベルで軍事的に対処する伝統的な脅威への対応に対して、こうした軍事的な対処のレベルではなく、警察や海上保安組織のレベルで各国間で連携して対処されなければならない脅威への対応は「非伝統的安全保障」と呼ばれる。「海の安全」の他に、ASEANのコンテキストでは、「森林違法伐採や煙害」、「新興感染症」、「人身売買や麻薬取引」がよく取り上げられる。伝統的な「国家安全保障」に対抗する概念であるが、同じ対抗する概念である「人間の安全保障」と「非伝統的安全保障」は、かぶっているところもあれば、異なる部分もある。国境を超える課題への取組みは共通しているが、安全保障のサービス供給主体は「人間の安全保障」では「政府、起業・NGO、市民社会」といった様々なアクターがいると考えるが、「非伝統的安全保障」では主に「政府」であるような印象を持っている。とはいえ両者の境界はかなり曖昧で、「非伝統的安全保障」に「政府」の視点が相当強く入っていることでやはり「国境」というものは意識されていると思えるし、かといって実際の取組みのレベルになると、「政府」もさることながら、「非政府アクター」もかなり大きな役割を期待されている。本書の著者も、「海の安全」には「非政府アクター」の立場から取り組んでいる。

ただ、これは本書に対する批判ではないが、なぜ「海の安全」が「人間の安全保障」と繋がるのか、正直僕には理解できない。本書に書かれているような問題は確かに僕達の日本での生活を防衛することには欠かせない重要な課題だと思うが、それが東南アジアの「人間の安全保障」とどう繋がっているのかはよくわからない。保護とエンパワーメントの対象となる「人間」って、いったい誰のことなんだろうか?航行する船舶で働いている乗組員のことなのか、それとも海賊行為を働いている沿岸漁村の住民のことなのだろうか。本書で描かれている海賊の村への潜入ルポを読みながら、そんなことも考えたりしていた。

日本財団でいらっしゃる知り合いの研究員の方から、今「非伝統的安全保障」に関する調査研究に関わっていると以前聞かされた。「ハンセン病」を通じて僕は日本財団に何人かの知り合いができたが、それ以前、同財団がインド国際経済関係研究評議会(ICRIER)の日本研究グループに研究助成を行なっていたり、インド草の根ニュースメディアネットワーク「Charka(チャルカ)」に活動助成を行なっていたりするのに接する中で、その研究員の方とも知り合いになったのだが、今「非伝統的安全保障」に取り組んでいると聞かされて、最初はなんでそんなテーマに日本財団が取り組むのかよく理解できなかった。

それが、本書を読んで非常によく理解できるようになった気がする。
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yukikaze

これは一度読んでみたいです。大学の図書館で探してみようと思います。
by yukikaze (2011-01-09 00:18) 

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