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この母子を救いたい [インド]

昨年末12月26日、インド・コルカタにあるジャダブプール大学環境学部のディパンカール・チャクラボルティ教授から久し振りのメールをいただいた。チャクラボルティ教授は、インドのみならず南アジア全域における地下水の砒素汚染問題の権威であり、僕がインドに赴任する際に最も会いたかった活動家でもある。インドで働いていて演説だけはやたらと上手い研究者や高級官僚は何人も見てきたが、教授は理屈ではなく行動の人であり、そして熱い人であった。メールのやり取りができる関係にまで持って行けたのは僕の3年間でも最大の収穫の1つである。だが、そういう関係を築けた以上、教授と交流していくには、僕自身も理屈ではなく行動の人となり、そして熱い人にならなければならない。

やや唐突な帰国が決まり、僕の帰国をどう教授に説明したらいいのか、本当に困った。実はインドで地下水砒素汚染問題と関わった中で、僕は日本の研究者やNGOの方々と8~9年振りに仕事でご一緒する機会があった。前回も異動で関係が途切れ、「御社は担当者がコロコロ代わる」と皮肉られた「前科」があるだけに、こうした関係者の方々にも、離任をどう説明していいかとかなり悩んだ。悔しいが、インドを離れればただの人で、特に砒素問題とは日本にいてどう関わればよいのか糸口すらつかめずにこれまでの半年を過ごしてきた。その間、チャクラボルティ教授にも離任の話は伏せていた。

そんな時に、教授からのメールをいただいた。その内容は、かなりショッキングだった。何人かの知り合いにメールを送り、彼が知らせたかったのは西ベンガル州政府当局の不作為についてである。

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西ベンガル州砒素問題タスクフォース
議長 K. J. ナート博士

  下記に言及のある人の住む村における深井戸設置の要望について
  アブドゥル・マヒヌール
  西ベンガル州北24パルガナス県デガンガ郡カリアニ村(詳細省略)

これまで私は、貴殿と州公衆衛生技術局(DPHE)首席技官に対し、数回にわたり、地下水砒素汚染の影響が特に甚大な村における深井戸の設置を要望してきましたが、全て実現せずに今日に至っております。深井戸からも1㍑当たり10μg(0.01mg)を越える濃度の砒素が検出されていることは承知しておりますが、砒素濃度が著しく高い地下水は検出されません。

2010年10月30日に行なわれた砒素中毒関連の癌検診キャンプにおいて、キャンプに来てくれた普段から砒素に汚染された水を飲んでいる全ての人々に対し、州DPHEがただちに安全な水を提供できるよう手配することで私達は合意したと理解しています。その協議の席上、私は貴殿に対し、特に標記のカリアニ村に関する情報提供を行ないました。カリアニ村北部の住民の多くが1㍑当たり350μg(0.35mg)という高水準の砒素に汚染された井戸水を飲んでいます。また、私は貴殿に、この村でどの世帯の住民が安全な水と医療措置を必要としているのかを詳述した文書を送付しております。

それから2ヶ月が経過しましたが、カリアニ村では何も行なわれておりません。癌検診キャンプに来ていたカリアニ村のアブドゥル・ライジャク氏は、12月21日に亡くなりました。本日、彼の息子であるマヒヌール氏と義理の娘であるアフルーザさんが私の実験室を訪ねて来ました。アフルーザさんの夫は肝硬変で亡くなっています。2人は手紙を携えてきました。そこには、これまで20年間何もなされなかったこと、そして今度こそ彼らのために何かが行なわれるだろうと私が約束したから自分たちは癌検診キャンプに来たのだと書かれていました。アブドゥル氏の息子さんが他の村人とともに書いたというその手紙の最後には、私は二度と村に来てはいけないとも書かれてありました。私は本信に添付し、アブドゥル・ライジャク氏の息子マニルール・イスラム氏の死亡証明書をお送りします。彼も肝硬変で亡くなっています。マニルール氏の妻であるアフルーザさんが今回私を訪ねてきたわけですが、彼女もつらい生活を送っています。

この村の状況と上で述べた家族の生活を少しでも緩和するため、何らかの措置を講じるよう貴殿に改めて求めます。

追伸:以下にマニルール・イスラム氏の未亡人アフルーザ・ビビさんの痛ましい物語を紹介しておきます。
アフルーザ・ビビ(23歳、女性)の話
SOES.JPG  夫マニルール・イスラム(25歳)は、2009年10月8日に肝硬変で死亡。彼の体からは砒素中毒の強力な証拠である皮膚の角化が見られた。アフルーザ・ビビは村では、砒素中毒で夫を亡くした女性として知られている。
 彼女は、北24パルガナス県デガンガ郡カリアニ村のマニルール・イスラムの元に17歳で嫁いできた。結婚前、アフルーザはデガンガ郡ケジュルダンガ村に住んでいた。彼女の両親がこの結婚を膳立てした。マニルールは将来の自分の妻を見に結婚前に彼女を一度訪れているが、17歳の女の子には恥ずかしくて彼の顔を見ることすらできなかった。将来の夫について彼女が知っていたことといえば、彼が他の人の農地で日雇い労働者として働いており、小学校5年生で落第していたことぐらいである。アフルーザ自身は6年生までは学校に通っている。
 インドは今日世界を牽引する大国となり、年間GDP成長率は2桁にもなろうとしている。にも関わらず、その極度に二極化した社会では、ダウリーが依然として一般的現象として残っている。この国の何百万人もの父親と同様、アフルーザの父は、自分の最期の財産でもあるなけなしの土地を売り、マニルールにダウリーとして14000ルピーを支払い、娘に金製のイアリングとその夫に結婚指輪を購入した。
 結婚初夜はうら若き女性にとっては夢のような夜である。しかし、その夜夫マニルールを初めて見た時、アフルーザの見ていた夢は悪夢に転じた。夫の全身は砒素中毒によるものとみられる皮膚角化症状で覆われていた。マニルールは妻に、皮膚の角化は遺伝によるものだと説明した。同様の兆候を彼の他の家族に皮膚でも見かけたことがあったからだ。
 アフルーザの結婚生活は短く、悲しみに満ちたものである。5年4ヶ月に及ぶ結婚生活の中で彼女が唯一幸せを感じたのは、息子アスィフが生まれたことである。結婚後4年間はマニルールは病弱ながらも働きに出ることができた。しかし彼の稼ぎの一部は治療に消えていき、残る給料だけでは生活するのには不十分だった。最後の18ヶ月間はマニルールは病床にあり、アフルーザは生活のために家政婦として働かなければならなくなった。最後は彼の4人の兄弟が可能な限り病院での治療代を負担はしてくれた。しかし、それも遅すぎた。マニルールは末期癌に侵されていたのである。彼は2009年10月8日、R.G.カール医科大学病院で息を引き取った。
 現在3歳のアスィフは今アフルーザの全てである。彼女の家政婦としての稼ぎは、アスィフと彼女自身の生計を維持するにはとても足りない。彼女は2010年12月24日にジャダブプール大学環境学部実験室を訪ね、息子アスィフを育てつつ自分の命も守るため金銭的援助が受けられないかと訴えてきた。

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この書簡を読んで、僕は涙が出てきた。これこそ人間の安全保障が脅かされている差し迫った問題ではないか。

この書簡において、教授が要求していることは2つある。1つは浅井戸の砒素汚染が深刻なカリアニ村に深井戸を掘ること、もう1つはアフルーザ母子の生活を守ることである。深井戸は1本掘るにもかなりの費用がかかるので、これを州DPHEに頼むことは決して間違っていない。強いて言うならばODAで何とかできないかと考えるべき話だろう。

しかし、アフルーザ母子を救うことについては、僕ら個人としても何かできないものかと考えてしまった。深井戸掘削と比べれば全然大した金額ではない筈であり、西ベンガル州政府やインド政府、或いはODA実施機関がどうこうというよりも僕らが人道的見地からちょっと行動を起こすだけで、アスィフ君の育英資金ぐらいはなんとかなるに違いない。僕自身の行動と熱意が問われている――そんな気すらした。

ただ、砒素中毒で一家の大黒柱を失ってしまった世帯は、決してアフルーザ母子だけではなく、他にもいるかもしれない。アフルーザ母子を救うだけならひょっとしたら僕個人で支援してあげればなんとかなるかもしれないが、話を聞きつけた彼女のご近所から、「それじゃうちも…」という声が上がって来る可能性もある。そうすると何らかの基金を設立して毎月の給付手続きを行なえる仕組みを考えておく必要が最初からあるかもしれない。

教授からのメールに対し、僕は現在、給付手続きを現地で代行し、かつ受益者の生活状況についてモニタリングして報告してくれそうな現地NGOか住民組織が現地にあるのか、教授に問い合わせている。その返事の内容に応じて、次のステップについても考えていきたいと思う。

場合によっては、本ブログ読者の皆様にもご支援を仰ぐことになるかもしれません。何らか進展があれば適宜お知らせしていきたいと思いますが、どうかこの取組みを温かく見守っていただけると幸いです。


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コメント 2

支配人

アフィス君もそのまま村で暮らしてはいずれヒ素に侵される可能性が高いと思います。母子を速やかに移住させることが望ましいですね。夫を失った寡婦が婚家を出ることにどれだけの抵抗があるかは知りませんが、子供の命を賭けた闘いを止めるものは何もないと思います。
by 支配人 (2011-01-06 17:24) 

prismiclyon

長期的な視点になりますが、教育機関を整備し、男性女性に関わらず自立して生活できる能力を身につけることが必要だと思います。貧困の連鎖が予想できてしまいますよね。
テレビで見ただけのうろ覚えの情報で恐縮ですが、インドのTata Motorsでは社会貢献のために学校を作ったとか。国の政策は遅くなりがちなので、まずはパワーのある地元企業が立ち上がってほしいです。ポテンシャルがあり、現在伸びている国なので。
by prismiclyon (2011-01-09 01:48) 

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