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『明日の記憶』 [読書日記]

明日の記憶

明日の記憶

  • 作者: 荻原 浩
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2004/10/20
  • メディア: 単行本
出版社 / 著者からの内容紹介
知っているはずの言葉がとっさに出てこない。物忘れ、頭痛、不眠、目眩――告げられた病名は若年性アルツハイマー。どんなにメモでポケットを膨らませても確実に失われていく記憶。そして悲しくもほのかな光が見える感動の結末。上質のユーモア感覚を持つ著者が、シリアスなテーマに挑んだ最高傑作。
正月休みというのは、イベントがかなり立て込み、ゆっくり読書にいそしむという環境もなかなか確保できないものである。本書はクリスマス前に近所のコミセン図書室で借りたもので、正月4日が返却予定日だった。一度借りて返却日までに読み始めることができず、年末年始を使って再チャレンジしようと考えた。司書のおじさんに「一回借りられていますがいいんですか?」と尋ねられ、少しばかり苦笑したものだ。別に、以前借りたことを忘れていたわけではない。

そんなわけで、返却予定日まであとわずかとなってきた大晦日の夜に慌てて本書を読み始めたのだが、読み終わったのは3日の早朝だった。その間、滞在先の実家の方では初詣だの買い物だの酒宴だのがあり、2日には多少の交通渋滞も経験しながら7時間もかかって故郷から東京まで戻ってきた夜も妻の実家で飲み、前後不覚でいつから眠ってしまったのか全く記憶がとんでいる。二日酔いにならなかったのが不幸中の幸いだ。

荻原浩の作品は、以前『あの日にドライブ』が文庫化された時に読み、主人公の妄想癖に苦笑したのをよく覚えている。そういうのが著者の作風だというのがなんとなくわかり、それから1年半ぐらい荻原作品を読もうと考えたことがなかった。余談ながら『あの日にドライブ』を紹介した僕のブログの記事を読み返してみて思ったのは、先日の高校同窓会で盛り上がって終われたのは、あの頃を振り返ってみて本当に会ってみたいと思う人に今回会えなかったからではないかということだった。

僕自身の物忘れも少し気になるようになり、渡辺謙・樋口可南子主演で映画化もされており、だから何となく気にはなっていたのが『明日の記憶』だった。荻原浩の作品だからというのではなく、本作品が扱っている「若年性アルツハイマー」という主題には関心があったのである。しかも、これを、介護する家族や患者の周囲の人々の目線からではなく、実際に患った当事者の視点から描いている。本当に患者が皆そう感じるのかどうかはわからないし、本書でいえば、学生時代に親友と奥多摩の民窯にこもったり、親友の下宿で泊った翌朝にモーニングサービスを食べに行った喫茶店のアルバイトの女性とそのまま結婚したりといった、個々の患者に特殊的な要因があってこそこういう感じ方になるという面もあったのだろうと思う。いったん発症した患者がどのような心と行動の落ち着き方をするのかについて、本書を読んで一般化するのはかなり難しいだろう。

一方で、これだけ読んでいると、アルツハイマーというのは遺伝性が強く、それが40代や50代で発症してしまうというのには、多分に職場でのストレスとか、自分で仕事を抱え込む本人の性格といった要素もあるのかなと思えてしまった。

読み切るのに時間をかけ過ぎたため、最後になぜ妻の枝実子が夫の居場所を突き止めて途中で待つことができたのか、すぐに理解できなかった。そのためにもう一度本書を読み返してみて、45頁にこんな記述があるのに気付いた。
 陶芸を始めたのは、ずいぶん前だ。学生時代の友人の児島に誘われて、奥多摩にある民窯を訪ねたのがきっかけだった。土を練り、かたちにし、絵や模様をつけて、焼く。それだけの単純作業で、土練りは慣れないと翌日腕があがらなくなるほどの肉体労働だ。人からは何が面白いのかと言われたりもするが、私はすっかり夢中になってしまった。
 結婚したばかりだった枝実子を誘って窯場に行ったこともある。しかし、一時は自分用のろくろを買おうかと思いつめたほどだったのに、梨恵が生まれると、すぐに週末の行先は窯場よりもっぱら近所の公園や遊園地になり、しだいに足は遠のいて、いつしかまったく足を向けなくなった。
ということは、本書では娘が結婚して親元を離れた後の父親は、娘をさずかる前の心の拠りどころだった窯場へと戻っていくのは自明だったということなのだろう。この辺の伏線の張り方は上手いなと感心した。

このように本書は優しい終わり方ではあるけれど、決して幸せな終わり方ではない。学生時代の自分に戻ったということは、この先、高校生、中学生、小学生へとさらに記憶を遡って症状が進行していくことが想像される。この夫婦にとっては、まだまだ厳しい未来が広がっているようにも思える。上で述べた著者の伏線に気付いたため、本書の先に広がる未来を思うと気持ちがかえって沈んでしまった。



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yukikaze

この作品は深くていろいろ考えされました。確かにこのドラマの終着点はどこなのか?そして、わが身に置き換えて考えてみると・・・重すぎて・・・。つらい内容が堪えました。
by yukikaze (2011-01-06 22:41) 

Sanchai

☆yukikazeさん☆
いつもコメントありがとうございます。荻原浩という作家がこんな作品を書けるというのには驚かされましたが、同時に、仰るとおり、非常に考えさせられる作品でした。自分がなったらどうするだろうかと…。
by Sanchai (2011-01-07 18:43) 

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