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『季節風 冬』 [重松清]

季節風 冬 (文春文庫)

季節風 冬 (文春文庫)

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/11/10
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
出産のために離れて暮らす母親のことを想う5歳の女の子の素敵なクリスマスを描いた『サンタ・エクスプレス』ほか、「ひとの“想い”を信じていなければ、小説は書けない気がする」という著者が、普通の人々の小さくて大きな世界を季節ごとに描き出す「季節風」シリーズの「冬」物語。寒い季節を暖かくしてくれる12篇を収録。
実は今週12月2日(木)から7日(火)まで、私事目的でインドに渡航する予定にしている。ウッタルプラデシュ州カンプールで開かれる知人の結婚式に出席するのが第一の目的である。その方は日本人ではない。ただ、ラクノウで駐在されていて同じ結婚式に出られる予定の日本人Yさんから「読み終わった文庫本があったら持ってきて下さい」と頼まれて安請け合いしたのはいいが、実は僕はこのところ自分で買って読んだという文庫本が『永遠のゼロ』しかなく、自宅の書棚から引っ張り出してきてインドで再利用していただけるような文庫本の在庫が殆どないことに気がついた。Yさんも、ラクノウのような日本人がそもそも住んでいることなど考えも及ばないところで単身でご苦労されているので、日本語の紙メディアに飢えておられるというのは非常によくわかる。このため、先週末、敢えて数冊の文庫本を書店で購入することにした。

かなり趣味が反映された選択だったと思う。中味を読まずに現地で手渡してしまうのももったいないので、カンプール入りする前に読めるだけ読んでしまおうと考え、週末の空き時間を利用してコツコツ読んでいるところであるが、その第一弾が11月に発刊されたばかりの重松清の「季節風」シリーズの1冊である。250頁を少し上回る程度のボリュームで、12編もの短編が収録されている。1話平均すると20頁弱といった分量であり、重松作品のファンの僕も、さすがにこの短さについては違和感があり、ずっと敬遠してきたシリーズである。実際、今回文庫化された「冬」を除き、これまでに出ている「春」から「秋」までの短編集については僕は全く読んでいない。

ただ、今回初めて重松作品としては最も短い短編集を読んでみて、肩肘張らずに気楽に読み進められるという点ではなかなかいい本だという印象を受けた。

題材が「冬」にちなんだものばかりだったというのも大きいと思う。収録されている作品の中には、回想シーンであれ現在の話であれ、主人公が学生である、或いは昔学生であった時期があったという背景設定のものがかなり多い。本書を読んだ方の中には、単行本発刊の際に付いていたサブタイトルを小説の原題にもいただいた「サンタ・エクスプレス」が良いと仰る方が多いのではないかと思うが、著者とほぼ同年齢である僕の場合、1980年代前半から半ばにかけて学生生活を送っている(或いは送っていた)人物が登場してくる作品の方が親近感が湧く。

その点で僕のイチオシは「コーヒーもう一杯」である。半同棲の学生生活なんて僕は送った経験がないが、学生時代の恋ははかなく終わるというのを象徴的に扱っている作品であると思う。僕は手回しのコーヒーミルまではさすがに学生時代に使ったことはないが、インスタントばっかりだった受験生生活を終えて大学生活が始まった時、下宿や寮でドリップでコーヒーを入れてくれた先輩や同級生が妙に大人びて見えて、僕も真似してドリップのコーヒーに凝った時期が確かにあった。ろくに使いきれもしないのに何種類か豆を買ってしまったりもして、飲みきるのが大変だった(苦笑)。

それだけではない。読んでみると「ああ確かに自分もそうだった」と共感を覚える作品が幾つかあったのだが、僕にはそんな心境を言語化する能力に欠けていた。日記のようなものはつけていたけれど、想定読者は何十年後かの僕自身であり、客観的立場から他人に読んでいただけるような文章には全くなっていない。いや、僕自身が今読んでも恥ずかしいと思う。

但し、これは言える。そうやって僕なりに思索にふけったのは冬場だったということだ。今振り返ると妙なもので、僕は学生生活の思い出というと、クラブ活動とかで参加した夏場の幾つかの華々しいイベントよりも、冬場に地道にやっていたことの方を多くしかも懐かしく思い出すことができる。寮の同級生の部屋で聞いた杏里のアルバムとか、先輩の部屋で金曜夜に必ず見た「ワールドプロレスリング」「必殺仕事人」とか、その時に先輩から聞かされたギターとか…。彼女との思い出というのもあるし、アルバイトにいそしんだ時期でもあった。その一方では寮が閉鎖の憂き目に遭った大学2年の冬も、閉鎖までの日々の中で寮生が別れを惜しんで(?)何度も集まって宴会を繰り広げたということもあった。大学も3年目以降の冬についてはあまりよく覚えていない。時給の良くないバイトを長時間やっていたこともあり、それ以外の記憶があまりないのも一因なのだが、それ以上に、僕が東京での生活に慣れてきたということもあったのではないかと思う。

「季節風」シリーズについて、「冬」から入ったのはその意味では成功だったと思う。過去を振り返っていたはいけないけれど、いろいろと思索を巡らせた(そのわりには今振り返ると思慮が足りなかったと思うことも多い)大学1、2年の冬の自分を思い出してしばらく時間を過ごした。
タグ:重松清
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