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『離陸したインド経済』 [読書日記]

離陸したインド経済―開発の軌跡と展望 (シリーズ・現代経済学)

離陸したインド経済―開発の軌跡と展望 (シリーズ・現代経済学)

  • 作者: 絵所 秀紀
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2008/07
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
台頭するアジアの巨象インド。本書は、開発経済学、インド経済論の第一人者が、この複合国家の独立からすでに離陸を完了しグローバル化する現在までの経済発展の軌跡を平易明快に書き下ろす。「多様性の中の統一」を実現した、知られざる偉大な民主主義大国インドの政治経済史と今後を知る好個の一冊。
職場の有志で政治経済学の自主勉強会の企画があり、僕も参加させてもらっている。とはいっても、担当している行事とか出張とかがあって、勉強会発足してからの僕の出席状況は芳しくない。また、あまりちゃんと勉強してないために、用語も通説もよくわからず、原書を読むのには悪戦苦闘している。そんな勉強会で、誰かが提案して日本語で書かれている本書を読もうという話が持ち上がった。勉強会は本日(11月15日)に行なわれる予定だが、所用で休暇をいただくことにしているため、出席することができない。せめて何か気の利いたコメントでもメールで送れればと思い、この週末日曜日をフルに利用して集中的に読み切り、以下のコメントにまとめた。

本書は、著者が版元から「一般の人でも興味を持って読めるようなインド経済に関する本を書いて欲しい」との要請を受け、「既に離陸し急速にグローバル化が進展しているインド経済の現在を理解する入門書として、ゼミの学生に話すように書こう」と意図して書かれたものである(p.271)。その狙いは当たっている。僕も3年間インドにいて様々な報道を通じて政治経済社会面でのその時々の話題をそれなりには追いかけてきたつもりであるが、その殆どが本書では網羅されている。カーストの定義に関するマンダル委員会報告であるとか、つい最近インドで話題になっていた貧困の定義に関する論争とか、政府食料買上価格の改定問題とか、こういう本を手元に置いておき、新聞・雑誌記事で何か気になる話題と出会う度に本書で確認をすることができたらいいと思う。(但し、本書は2008年7月発刊なので、貧困の定義に関するテンドルカー委員会報告まではさすがに書かれていない。)

本書では、第1章「ビッグ・プッシュの時代」、第2章「閉塞の時代」、第3章「インド経済のグローバル化への歩み」の3章を通じて、独立から1980年代までのインドの政治環境の推移と経済政策について述べられている。そして第4章「新経済政策下での経済改革の進展」と第5章「新経済政策下の経済パフォーマンス」において、1991年の経済自由化の政策内容とそのインパクトについて描かれている。ここまでがいわばインド経済史に相当し、加えて第5章でインド経済の現状分析が行なわれている。その上で、第6章「グローバル化するインド経済のアキレス腱」では、インド経済が直面する課題を取り上げている。①雇用なき成長と雇用形態の変化、②教育機会と雇用機会、③貧困状況、④州間経済格差の拡大、⑤人口ボーナス論の妥当性、といったことが第6章では論じられている。著者が引用している文献の幾つかは僕もこれまでに読んだことがあり、このあたりの課題の整理の仕方には頷かされるところが多い。膨大な数の参考文献が挙げられており、興味がある読者は原典に当たってみるのもいいだろう。

ただ、著者が経済学者であることからちょっと物足りないなと思われるところもある。例えば、経済自由化以降の経済改革の問題点として、①富農の政治力が背景にあって電力料金が異常なまでに低く抑えられていること(p.112)や、②同じく富農の政治的影響力が強くて農業分野で肥料補助金や食料補助金の改革が進まないこと(pp.119-120)、③組織部門労働者の既得権益擁護の声が強くて労働市場が硬直かつ分断されており、インド製品の輸出競争力強化と生産性向上を阻んでいること(pp.121-122)等が指摘されている。このあたりはその通りなのだが、こうした政党の支持基盤と施行される政策との関連性については、もう少しうまい描き方があってもよかったのではないかと思える。是々非々で適切な経済政策の導入を阻む社会的硬直性があるというのなら、それを克服するためにインド政府はどのような努力をしているのか、さらには今後こうした硬直性は解消され得るのか、そうした見通しまで示されないと、単に問題点の指摘だけで終わってしまう。

本書では度々チャンドラバブー・ナイドゥ州首相時代のアンドラ・プラデシュ州で進められてきた民間セクター主導による自由主義的経済政策とか、具体的に首相名は挙げられていないが(多分イェドゥラッパ首相だろうが)カルナタカ州でのインド人民党(BJP)の勢力拡大については言及がなされているが、その一方では、ウッタル・プラデシュ州やビハール州では何故不可触民カーストが歴代首相を輩出しているのか、しかもなぜ首相経験者間での対立が起きるのか、彼らの支持基盤との関係でどのような経済政策が取られているのかといったことには言及もされていない。何故ケララや西ベンガルでは共産党が強いのかとか、そういう地域別の有力政党の違いが中央での政策形成にどのように影響を与えているのかも、本書を読むだけではよくわからない。

個人的に関心があったのは、次の2点である。

第1に、インドはアフリカの多くの国々と同様、多様な民族構成を持つ国である。これに加えて、宗教や社会階層の多様性も存在する。本書が指摘するように、インドでは民主主義が定着しているため、飢饉に直面しても政府はただちにしかるべき措置を取らざるを得ない(p.4)というのはその通りであろうが、これだけ多様性を持つ国がその多様性をプラスに働かせて民主主義を機能させて来られたのはなぜなのだろうか。これも本書では深く考察がなされていない点なので、そうしたことに言及がなされている別の文献を探してみる必要がある。

第2に、インドはASEANとどのような経済連携を図ろうとしているのかという点。本書では、ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ(BIMSTEC)や「ASEAN+6」への言及もあるし(pp.94-95)、南部のチェンナイあたりに行くと、確かにASEANとの関係強化を期待する経済界の声は相当に強いと実感させられることはある。貿易相手としても、対印直接投資送出元としても、インドにとってASEANはまだまだシェアが小さく、今後大きく進展する余地はあると思われるが、僕がインド駐在している間、こうした問題意識からインドの対ASEAN関係の進展のフォローは全くしていなかったのが悔やまれる。

最後に、本書は所々に著者のインド長期滞在を通じて得たインド人との交流経験に基づく具体的事例が、半ば脱線的にちりばめられており、それがなかなか興味深かった。p.139で紹介されているPawan Varmaのエッセイなんて、デリーの高級家庭のご婦人連中の傍若無人ぶりに言及されており、思わず「その通り!」と膝を叩きたくなった。「自己利益だけを念頭に置いたインド人中間層の行動様式―道徳的退廃―」とか「大半の中間層の社会的に逸脱した行動」とか、そういうものをデリーで実際に見ると、インドは大丈夫なのだろうかと不安も感じたし、そうした人々とも仕事上は付き合っていかなければならない自分達まで常識を失いつつあるのではないかと心配にもなった。
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Sanchai

さとまろさん、niceありがとうございました。
私のブログにniceを下さった、通算300人目のお客様です。
by Sanchai (2010-11-15 15:31) 

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