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『塩の道』 [宮本常一]

塩の道 (講談社学術文庫 (677))

塩の道 (講談社学術文庫 (677))

  • 作者: 宮本 常一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1985/03/06
  • メディア: 文庫
出版社/著者からの内容紹介
本書は、生活学の先駆者として生涯を貫いた著者最晩年の貴重な話――「塩の道」「日本人の食べもの」「暮らしの形と美」の3点を収録したもので、日本人の生きる姿を庶民の中に求めて村から村へと歩きつづけた著者の厖大なる見聞と体験が中心となっている。日本文化の基層にあるものは一色でなく、いくつかの系譜を異にするものの複合と重なりであるという独自の史観が随所に読みとれ、宮本民俗学の体系を知る格好の手引書といえよう。
以前、宮本常一の著書についてブログで紹介したところ、『塩の道』が面白いとご推薦下さるコメントがあった。講談社学術文庫から出ていたので、文庫本ならいずれ読んでみようかと随分前に購入していたのだが、他の読書に時間をとられ、ゆっくり「宮本ワールド」を味わう時間がなかった。ただ今海外出張中だが、仕事で読まなければいけない資料とは別に、何冊かまとめ読みしようと積読してあった本を携行しているが、その中で真っ先に読んだのが本書だった。羽田から関空経由での旅だったが、なんと羽田を発つ前に読み切ってしまった。

確かに、薦められるだけあって非常に面白い本だった。日本という国の豊かさを改めて感じることができる1冊だ。

収録作品の1つでもある「塩の道」は、新陳代謝の促進のために必需品だった塩を、昔の日本人はどのように摂取していたのか、山奥に住む人々は、どのようにしてその塩を調達していたのかを述べた力作だ。民衆が歩いた道、村と村をつないだ道の中には、塩のような生活必需品を運んだ道があり、それがだんだん大きくなって、今日のような道に変わってきたという。表街道や裏街道がなぜそこに出来ていったのか、今ある道路網の起源を考える良いきっかけを与えてくれる。

第Ⅱ部「日本人と食べ物」も非常に興味深い。今僕達が何の気なしに食べている野菜がいつ頃日本に入ってきたのか、冷蔵庫がなかった昔に食物をどのように貯蔵していたのか、今や僕らは立ち止まってそうしたことを考えたりする機会など全くないが、読みながら「そうだったんだ」と気付かされる事実(フィールドワークを通じた宮本の推測も随分あるが)の多さに驚かされる。そして、宮本が単にフィールドワークだけではなく、古典や古文書を相当に読みこなして本稿をまとめていることにも感動を覚える。

例えば、次のようなくだりである。
『古事記』であるとか、あるいは『日本書紀』であるとか、『風土記』であるとか、そういうものに出ている食用作物の重要なものをあげてみますと、イネ、ムギ、アワ、キビ、ソバ、ダイズ、アズキ、ヒエ、サトイモ、ウリ、ダイコン、そういうものが出てきます。ダイコンはオオネという名前で出ております。
 時代を一時代引き下げて平安時代の文献に当たってみますと、ササゲであるとか、エンドウであるとか、キュウリ、トウガン、あるいはナスとかいう豆類・うり類が出てきます。それからヤマノイモのようなものも出てきます。おそらくは奈良時代から平安初期にかけて、大陸との交通が盛んになったその時期に、こういうものが日本へ入ってきたのではなかろうか。そうしてその栽培が進んでいっております。
 さらに戦国時代の終わりころに、スペイン、ポルトガルの宣教師たちが日本へたくさんやってまいります。そのときにいろいろの食用作物が日本へもたらされています。そのいちばん重要なものをあげてみますと、まずサツマイモがあります。それからトウモロコシ、カボチャ、ジャガイモがあり、スイカがあり、やや時代が下がりますとインゲンマメ、ソラマメ、それからサトウキビが入ってきています。(pp.90-91)

さらに面白かったのは、僕の故郷からほど近い岐阜県と福井県の県境では、植わっているトチの木の所有者が1本1本決まっているという話である。娘が生まれるとトチの木を植え、嫁に行く時にその所有権を持って行かせたのだそうだ。そして親元の村のトチの実が落ちる頃には娘は親元の村にトチの実を取りに帰ってくる。その実を背負って、娘はまた嫁ぎ先に戻っていったという。昔は、こうしたトチの木を持つことによって飢饉から逃れることができたともいう。「人々が生きていくための手段として、そういうようにじつにきめこまかに、食用に供しうるものすべてを抱え込んで生活を立てていたということを、そういう事実を通して知ることができる」(p.103)と宮本は述べている。

実はこれに類する話は、日本各地だけではなく、僕はインドでも聞いたことがある。ビハール州のある村では、娘が生まれるとマンゴーの木を植えるのだという。収穫したマンゴーの売り上げは娘のために基金として積み立てられる。結婚とは繋がっている話ではないが、女性の立場が非常に弱いインドで、それを守るためのセーフティネットとして考案され、実践されているのだそうだ。

こうした逸話が満載の1冊である。寿司の起源だとか、勧進帳の意味とか、本書を読まなかったら考えたこともなかっただろう。日本人なら是非一読されることをお薦めしたい。日本人として生まれたことに喜びを感じられる1冊である。そして、こういう本は世代をこえて僕の子供たちにも是非一度読んでほしいものだと思う。食事は出てくるのが当たり前だと思っている子供達に、いったいこの食材はいつ頃から日本で食べられるようになったのか、それを考えさせるきっかけになればと思う。
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