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『東アジア共同体をどうつくるか』 [読書日記]

東アジア共同体をどうつくるか (ちくま新書)

東アジア共同体をどうつくるか (ちくま新書)

  • 作者: 進藤 榮一
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
アセアン諸国と日本・中国・韓国を含む13カ国を軸に、一歩一歩アジアにおける地域統合への道のりがつけられようとしている。通商金融分野を皮切りに、域内経済統合への動きがすでに加速されはじめているが、さらに軍事安全保障や環境・農業・エネルギーなど、さまざまな分野における相互協力への動きがどんなシナリオを描き、アジア共通文化と交差しながら地域統合の実現へと実を結ぶのか。アジア諸国への最新の調査・取材を踏まえて、歴史のひだに分け入り、日本再生の条件と東アジア共同体構築への道を指し示す注目の1冊。
読了してから2週間近くが経とうとしているが、ついついメモを先延ばしにしているうちに今日に至っている。最初は何の気なしに市立図書館で手にとって借りて読もうと考えたのだが、読み始めてみると面白くて、マーカーで線を引っ張っておきたい衝動にも駆られ、読了後に同じ本を書店で購入し、線を入れまくった。このところの僕の抱えている仕事の上では少なからず参考になる情報が得られる本で、3年以上前の出版であるにも関わらず、僕の目の前で行なわれている議論よりも進んでいる論考もあるように思えた。例えば、ASEAN方式の特徴としてよく言われるのは①全会一致と②内政不干渉であるが、こうした伝統的な原則に固執せず、柔軟に合意形成を進めていったケースが幾つか紹介されている(pp.182-183)。

1.開かれた地域主義
今日の東アジア共同体が、かつての欧州統合を後追いしながらも、欧州統合とは形を異にして進展していかざるを得ないと論じている(pp.108-109)。かつての工業革命下の欧州地域統合は、工業生産の基幹資源である石炭鉄鋼の共同生産体制を構築しながら、域内先進工業国家間の水平分業に拠って、域内農産物に高関税を課し、後発農業国を含めた域外諸国に対しては「閉ざされた」関税同盟を基軸に出発し、展開した。


これに対して東アジア地域統合について、著者の見方は異なる。
情報革命下の東アジア地域統合は、情報化工程の基幹資源である通貨スワップ・債券投資体制を構築しながら、閉ざされた関税同盟として発出しない。WTO体制下「工程大分業」による域内ネットワーク化に拠った、包括的自由貿易協定もしくは経済連携協定として発出する。それゆえ統合過程は、”開かれた地域主義”として展開する。(p.109)


2.経済発展と民主主義
このところ、アフリカについてもこのテーマについて言及し、少し前にはタイについても述べたことがあるが、1人当たりGDP2000ドル前後を分岐点として、政治と経済が最も動揺して不安定になる時期を迎えるという考え方がある(中村政則『経済発展と民主主義』)。共産党支配であれ軍部独裁であれ、およそ権威主義体制が、経済発展によって内側から切り崩され、市民主義社会へと転換し、政治発展をも連動していかざるを得ないとする考え方である。これによれば、タイで民主化暴動が起きても当たり前だし、中国内陸部で「反日」を名目としているとはいえ大規模なデモが起きても当たり前であり、要はこれらの国々の経済発展段階がそういうところにさしかかっているのだということだと考えられるのである。この中村教授の著書はいずれ読んでみたいと思う。

3.東アジア安全保障体制
著者は、東南アジア友好協力条約(TAC)とASEAN地域フォーラム(ARF)に基づく東アジアの地域安全保障体制を高く評価している。植民地解放後の東南アジア諸国にとっての安全保障とは、何よりも「国内秩序安定化によって『国家的強靭性』を育てていくこと」(p.173)であったという。その上で、国境を越えて民族と宗教が入り組み国境線すら曖昧な、不安定で脆弱な地域秩序の安定を強めるような「地域的強靭性」を育てていくことが必要だった。特に国境が接し合う、南シナ海で係争が尽きない中で、係争処理のガイドラインを作り、さらにTACへの参加を周辺国にも呼びかけ、ASEAN固有の外交流儀を、周辺に拡大しようと努力してきた。そうした安全保障の中軸としての国家的、地域的な強靭性を、冷戦終結後はARFの対話プロセスを中心に、信頼醸成から予防外交を経て紛争処理に至る、協働メカニズムを制度化することによって構築した。「TACとARFの想定する安全保障は、ウェストファリア体制下の西欧諸国と違って、外なる敵から来る”脅威”への対処でなく、内なる敵から来る”リスク”への対処を軸としてつくられている」(p.174)というのは印象的だ。
冷戦終結15年後、ポスト・ポスト冷戦下の今日、東アジア地域の中心的安全保障は、ウェストファリア体制固有の伝統的安全保障課題――「攻撃するか攻撃されるか」――にはない。むしろ国境を越えた海賊やテロ、麻薬や人身売買、山火事による煙害や水質汚染、黄砂などの環境劣化、SARSや鳥インフルエンザの拡延のような非伝統的な安全保障課題にこそある。いずれも貧困や開発発展、脆弱な政治体制などに密接にからみあったリスク課題だ。しかもそのリスク課題は、グローバル化によってつくられ、加速される。(p.174)
よって、リスクを除去するのは、他国からの侵攻に対する軍事的手段、言い換えれば防衛(ディフェンス)ではなく、自国内と地域内の政治的社会的安定化、すなわち予防的解決策によると著者は強調する。

4.「トラック2」外交
前述のARFについては、伝統的な国家間外交の主軸である政府間外交(トラック1)の他に、半官半民的な半政府間外交(トラック2)にも依拠しているのが特徴として挙げられている。それは、「NGOや民間外交ではない。シンクタンクに関与する民間有識者や専門家に加えて「私人の資格で参加する政府当局者」が参画してつくる外交チャンネル」(p.185)であるという。トラック2のチャンネルとしては、1971年発足のインドネシア戦略国際問題研究センター(CSIS)と1983年発足のマレーシア戦略国際問題研究所(ISIS)を経て、1988年に域内戦略シンクタンク連合体「ASEAN-ISIS」が形成された。

本書ではさらに、「トラック3」についても言及がある。これは「トラック2」に集うエリート知識人のネットワークだけでは地域共同体の形成には依然として脆弱性が付きまとうとの認識から、NGOや大衆指導者、シンクタンク体表の参加等を得て「ASEAN市民集会(ASEAN People's Assembly)」を開催するという動きに繋がっている。もはや地域の安全保障体制は、市民社会の関与抜きでは考えられない段階に来ている現われと見ることができる。こうして、「トラック3」の要請に応える形で「トラック2」が軸となり、2003年の第2ASEAN協和宣言(バリ宣言)におけるASEAN共同体の三本柱の1つに、「社会文化共同体」が明示されるようになった。

 かくて総体としてアセアンは、(1)非伝統的安全保障装置、(2)アセアンを操縦者とする対話プロセス外交、(3)「トラック2」チャンネルの、それぞれの潜在的局面を相互作動させて、東アジア安全保障レジームの構築を促している。その潜在性は今日、どれほど強調してもしすぎることはない。
 その意味で、東アジア共同体の道、とりわけ安全保障レジーム形成の道は、欧米主導の近代ウェストファリア体制下の軍事同盟型とは異質な力学を示し、その力学が、東アジア共同体の形成過程の中に集約されはじめていた。そしてグローバル化の進展の生む非伝統的安全保障問題に対処し処理する過程でその力学が機能しはじめていたのである。(p.190)

全体的なまとまりという点ではどうかなという気もしたが、各論の部分では非常に学ばされることが多い1冊だった。
タグ:ASEAN
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