新たな「人口爆弾」 [少子高齢化]
世界を変える四つの人口メガトレンズ原典はJack A. Goldstone, "The New Population Bomb - The Four Megatrends That Will Change The World"といい、米雑誌『Foreign Affairs』の2010年1-2月号に掲載されたものである(右図参照)。職場の資料室で偶然見つけたのだが、これはマクロ的視点からこれからの世界情勢の変化を述べた非常に示唆に富む論説だと思ったので、本日は少々長いがこの論説について紹介してみたいと思う。
――先進国の衰退と途上国の台頭をどう管理するか
ジャック・A・ゴールドストーン/ジョージ・メイソン大学 公共政策大学院政治学教授
21世紀の新しい現実は、世界のどの地域で人口が減少し、どこで増大するのか、どのような国で高齢者が多くなり、どのような国で若者が多くなるか、世界の人口動態の変化が国境を越えた人の移動にどのような影響を与えるかで左右される。欧米を中心とする先進国は人口面でも経済面でも衰退し、世界経済の拡大はブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、トルコ等の新興途上国の経済成長によって刺激される。しかも、若者の多い途上国から労働力不足の先進国へと大きな人の流れが必然的に起きるし、一方で、経済基盤の脆弱な途上国の若年人口が世界で大きな混乱を作り出す恐れもある。必要なのは、こうした21世紀の新しい現実に備えたグローバル構造の構築を今から始めることだ。
『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2010年1号、pp.5-15
本稿では冒頭で、21世紀の国家安全保障にとって重要なのは世界人口の規模よりも、その構成がどのようになもので、分布がどうなるかだという。現状、このポイントは十分な認識をされておらず、広く理解もされていない。筆者は、国連人口部の発表データを見れば、今後40年間における人口動態をめぐる4つの歴史的変化が世界を大きく様変わりさせるのは明白だと主張する―――。
①世界人口に占める先進国の人口割合は25%低下し、経済パワーも途上国へとシフトしていく。―――これら各項目について、本稿はさらに次のような、言われてみたら当たり前だけどなかなか気付かれにくい実現可能性が高い予測を披露していく。
②先進国の労働力が高齢化し、規模も小さくなるため、経済成長も抑え込まれ、移民労働力への需要が高まっていく。
③予想される世界の人口増の多くは、教育、資本、雇用面でのまともなインフラを欠く、貧しくて若者が多いイスラム諸国で集中的に起きる。
④今後、世界人口の多くが都市で暮らす「都市化率」が高まり、治安、公衆衛生、医療面で問題をかかえる世界の貧困国に世界最大の都市センターの多くが出現する。
1.世界経済に占める欧米の比重の低下
●2030~2050年におけるGDP成長の約80%は、米国、欧州、カナダ以外の世界で起きる。21世紀半ばまでには、車、家電等の耐久消費財の多くを購入するのは、現在の途上国の中産階級層になる筈である。世界銀行の予測によれば、途上国の中産階級の規模は2030年までに対2005年比で200%増の12億人規模に達する。これは、途上国の中産階級層の人口が、米国、欧州、日本を合わせた総人口よりも大きくなることを意味する。
2.人口高齢化
●ベビーブーマー達が年を取り、平均寿命が延びていくにつれて、60歳以上の人々が総人口に占める比率は劇的に上昇していく。2050年には、米国、中国、欧州の30%以上の市民が60歳以上になり、日本や韓国ではその比率が40%を超えていると予想される。
●今後10年にわたり引退世代の数が増えるにつれて、必然的に労働力の規模は小さくなっていく。1945~1965年のベビーブーマー世代が既に引退する時期に入っているが、現役労働者世代(15~59歳)がベビーブーマー世代を埋め合わせるのは数字的には不可能であるため、先進国では人口増大ペースの鈍化を上回るペースで労働力の減少というトレンドが進行していく。
●これらの状況は先進諸国の経済成長、医療制度、軍事力に大きな衝撃を与える。(教育レベルの向上による生産性の向上、女性の労働力への参入、技術革新といった)20世紀後半に先進諸国の経済成長を刺激してきた要因は、今後いずれも先細りになっていく。技術革新は新しい製品を世に送り出す開発者とそれを試してみようとする進取の消費者がいあからこそ実現したが、この2つの集団は、先進国社会が高齢化していくにつれて小さく、層が薄くなっていく。
●医療面では、もう仕事ができず、ナーシングホームその他の高額の医療ケアを必要とする可能性が極めて高い80~90代の人々の数が劇的に増えていく。
●労働者、技術研究者、消費性向の高い若い家計の数が減少していくにも関わらず、少なくなる経済成長の恩恵の多くを、高齢人口のための医療コストや年金へと割り振らなければならなくなる。
3.イスラム教徒人口の増大
●以上で述べてきた世界人口の構成変化に対し、途上国政府の多くが、若くて急速に拡大する人口にうまく雇用を提供できずにいる。こうした途上国の若者達は、いずれ欧州、北米、北東アジアの先進高齢国の労働市場に目を向けるようになる。
●1950年当時、バングラデシュ、エジプト、インドネシア、ナイジェリア、パキスタン、トルコの総人口は2億4200万だったが、2009年までに8億8600万に増大していた。これが今後も増え続け、2050年までにさらに4億7500万の人口増が見込まれる。世界的に見ても、現在年2%以上の急速な人口増大を経験している48カ国のうち28カ国は、イスラム教徒が多数派の国か、33%を超える大規模なイスラム教徒少数派を国内に抱えている。当然、イスラム社会と西洋社会の関係改善が急務となる。
●各国の戦略家は、教育や雇用面で最も遅れているイスラム諸国を含む地域に社会の若年層が集中して存在するようになることの意味合いにもっと配慮する必要がある。その結果、生じる貧困、社会的緊張、イデオロギーの過激化が世界各地で大きな混乱を引き起こすかもしれない。
4.途上国の急速な都市化
●2010年には史上初めて世界の人口の大多数が地方ではなく都市部で暮らすようになる。1950年当時は世界人口の30%程度しかなかった都市人口は、今後も増え続け、2050年までには70%以上にも到達する。
●こうした都市化は不安定化を伴う。21世紀に都市化を経験する途上国の1人当たり所得の水準は、現在の先進国が都市化を経験した当時のそれと比べてはるかに低いからである。若年人口の多い国々では社会騒乱が起きやすく、民主的制度を構築して維持していける可能性も低下し、都市化率が高ければ高いほど貧困と暴力的な無秩序へと陥りやすい。19世紀の欧州が都市化の際に経験した様々な問題(労働争議や暴動の多発、革命の発生)が、より深刻な形で、今後数十年における途上世界での急速な都市化によって再現される恐れがある。
―――以上を踏まえ、筆者はこれからの世界を次の3つのグループで捉えるべきとする。
第1世界:
北米、欧州、アジア太平洋地域。アジア太平洋地域には、日本、シンガポール、韓国、台湾、(2030年以降の)中国も含まれる。
第2世界:
急成長を遂げ経済的にもダイナミックで、バランスのとれた人口を持つ国々。ブラジル、イラン、メキシコ、タイ、トルコ、ベトナム、(2030年以前の)中国など。
第3世界:
人口が急成長し、若者が人口に占める比率が高く、都市化も進むが、経済も政治もまだ整備上の不備が多い国。
第3世界の都市化、経済抗争、秩序の乱れ、潜在的テロ活動に派生する不安定化に対処していくには、第1世界は、パワーを養いつつある第2世界と上手く連帯を汲んで第3世界に救いの手を差し伸べていかなければならない。第2世界と第3世界は、宗教、文化、地理的に近いからである。そして、G8に代表されるような現在のグローバル構造は、今後のパワーシフトを踏まえて再考が余儀なくされる。
最後に、筆者は迫り来る人口動態の大変動の余波を安定化させるための様々な改革について言及している。効果の定かでない出生促進策よりも、移民政策の方が重要だと主張する。途上国で有効活用されていない若者を先進国で受け入れてやる気を引き出せという主張はさすがは米国の研究者ならではの視点だとは思う。一方で、従来あまり強調されていなかった特異な視点も提示されている。
移民に関するより大胆な措置は、かつて先進国へと移住してきた人々が先進国から途上国へと帰国する逆の流れを促すことだ。先進国で働くかつての移住者たちが、引退後に(年金を手に)地中海の南岸、ラテンアメリカやアフリカへと移住すれば、(医療コストなどの)先進国の社会保障コストのひっ迫を緩和できるし、こうした人々を受け入れる途上国も恩恵を手に出来る。高齢者の介護、引退後の生活支援、レジャーなど、帰国した人々が利用する労働集約型のサービスは現地に雇用をもたらすし、第2、第3世界で増大する若年労働者に貴重なサービス・セクターでの訓練の機会が提供される。かなり難しそうな構想だが、インドのメディカル・ツーリズムなど、実際にその萌芽と見られる傾向は目立ち始めてはいる。問題はそうした好ましい居住・就業環境を途上国が提示できるかどうかにかかっていると思う。元々年少時代を祖国で過ごしたことがある第1世代の人々であればこれは可能かもしれないが、一度もその国に住んだことがないような第2世代の人々が、引退したからといって見も知らぬ土地に移り住めるかどうかはかなり疑問だ。
初めまして(^O^)/nmzkと申します。
『Foreign Affairs』のレポートを紹介頂き、どうも有り難うございます。
難しい内容ですが、この分野は関心が有りますので、少しずつ勉強したいと思います。
私も以前、「中国の人口問題と社会的現実」という本を取り上げたことが有ります(^_^;)
http://nmzk.at.webry.info/200506/article_1.html
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
by nmzk (2010-08-01 21:50)
★nmzkさん★
nice!&コメントありがとうございます。御紹介いただいたブログ記事、これから拝見したいと思います。
by Sanchai (2010-08-01 22:43)