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『Dabawalas』 [インド]

*本稿は元々は2010年7月に書かれていますが、末尾に書き加えたことがありますので、日付を更新しました。

Dabawalas.jpgShrinivas Pandit
Dabawalas
- Lessons for building lasting success based on values -
Tata McGraw-Hill, 2007

実は本書を読了したのは3週間前。インドを離任する直前のことだった。本書を購入したのは昨年12月に出張でムンバイに立ち寄った時のことである。「ダバワラ(Dabawala)」のうち、「ダバ」とはお弁当のことで、「ワラ」というのは職業につく人を指す。即ち、お弁当のデリバリーを行なう人である。

実はこのダバワラのお話はインドではかなり有名で、多くの識者が持続可能なビジネスの典型事例として度々引用する。僕が最初にダバワラの話を聞かされたのはネルー大学のアミターブ・クンドゥ教授からで、貧困層をステークホルダーとして巻き込んでかなりの成功を収めている好例として絶賛されていた。
本書紹介
 ビジネスには劇的な紆余曲折がつきものである。その中で、生き残るビジネスもあれば、そうでないビジネスもある。企業のトップは紆余曲折を巧みに掌握し、組織を存続させる持続可能なモデルの模索に余念がない。
 ダバワラはムンバイの家庭のお手製弁当の配達を行なう男達である。彼らのビジネスは上で述べた曲折とは好対照をなす。創業115年にもなるこの企業体は半文盲の男達によって運営され、企業組織の栄枯盛衰の中を生き延び、持続可能なビジネスのロールモデルとなっている。4人の登場人物の対話を通じ、本書は成功する組織の鍵となる特徴は何かを導き出す。それは、価値(values)、意思決定の分散化(decentralized decision-making)、顧客サービスに対する弛まぬ付加価値提供といったものである。
 これらに加え、本書は、リーダーやマネージャーが価値観をベースにして持続的な成功をおさめるためのコツを教えてくれる。
本書自体は経営の本なので105頁程度とはいえ全体を読むとあまり面白くはない。ただ、この成功モデルには惹かれるものがある。ムンバイのダバワラ(Nutan Mumbai Tiffin Box Suppliers Charitable Trust)の特徴的な点について、以下の通り纏めてみた。

Dabawalas2.jpg

1)半文盲のダバワラはムンバイに5,000人ほどおり、ムンバイで毎日通勤している半径60kmの圏内に住む約20万人の会社員に、自宅で用意された自家製弁当を3時間以内で職場まで届け、そして昼食後の空の弁当箱(Tiffin Box)を回収して各家庭に返却するというサービスを行なっている。(ちなみにムンバイの人口は1030万人)

2)誤配の発生率はなんと1,600件に1件(!)。この優れた誤配発生率は、高度なITを用いるのではなく、各弁当箱に張られたラベルで識別するシステムになっている(下図参照)。ムンバイは近距離通勤のための鉄道網が発達している。従って、会社員の自宅でピックアップされた弁当箱を荷車に乗せて最寄駅まで持って行くダバワラ①がいて、次にこれを駅で集めて行き先を整理してターミナル駅まで列車で運ぶダバワラ②がおり、さらにターミナル駅から会社員の最寄り駅まで列車で運ぶダバワラ③がいて、そして最寄り駅から職場まで荷車でデリバリーを行なうダバワラ④がいる―――こんな具合で連携が取られており、しかもその間の担当者が病気などで急に休んだ場合のバックアップ体制までしっかり整備されているという。

Dabawalas4.jpg

3)繰り返しになるが、お弁当は鮮度が命。温かいうちに各家庭から職場まで届けるには3時間が限度であり、これをダバワラは見事な連携で実現させている。このサービスに顧客が払う費用は、距離や弁当の重量を問わず1カ月僅か200ルピーの定額で決められている。1人のダバワラが担当するのは25~30人の顧客で、これにより1人当たり5,000~6,000ルピーの現金収入を得ている。この全体での売上高は年5億ルピーにも上る。

4)ダバワラは全員がNutan Mumbai Tiffin Box Suppliers Charitable Trustの会員―――即ち株主ということになる。従って、ダバワラひとりひとりがこのシステムに対してオーナーシップ意識を持っている。

Dabawalas3.jpgこのビジネスモデルは英国チャールズ皇太子が大変気に入られたそうで、皇太子のインド公式訪問の日程の中にもダバワラ訪問が組み込まれたし(右写真)、皇太子がカミラさんと結婚式を行なった際にも、ダバワラの経営代表者の1人が式に招待されたという。

―――以上が本書のあらましである。

最近、最底辺(Bottom of the Pyramid)の低所得者層を対象とした「BOPビジネス」なるものが日本の企業の間でも注目を集めている。先日ウェブベースのインド情報サイト『インド新聞』のインド・ビジネスコラムに、「低所得者層攻略にNGO活用」というのが掲載されていた。「低所得者層攻略」とか「NGO活用」とかいった言葉遣いには正直抵抗も感じる。そもそも「NGO活用」などというのは企業側の視点に立っており、対等なパートナーとしての意識に欠けていると思ったからである。また、「低所得者層攻略」という書き振りには、たとえ著者の意図はそういうことでなかったとしても、なんとなく低所得者層に何かを売りつけて食いものにするようなニュアンスを感じる。

ところが、ダバワラの成功モデルを見ると、低所得者層とはむしろダバワラの男達の方であり、顧客は通勤に列車を使っている中所得者レベルの会社員ということになる。「BOPビジネス」というとすぐに低所得者を購買層と見なした財やサービスのことを想像してしまうが、このように生産者やサービス提供者側がむしろBOPに属していているケースを想定したビジネスの開発というのも検討に値するのではないかと思う。

そしてさらに重要なのはダバワラひとりひとりのやる気を引き出し、良い方向に仕向けるのに、彼ら自身が組織のオーナーになるという考え方ではないだろうか。外部者が新たなビジネスモデルを持ち込むのと違い、ダバワラは115年もの歳月をかけて地元の低所得者層企業家が形成してきたいわば内生的発展ビジネスだ。在地の知恵と経験を結集させて形成された地に足の付いたビジネスモデルである。

失礼ながらインドでBOPビジネスの開発に成功している日系企業というのはすぐに思い付かない。それはターゲットとして捉えているマーケットの情報をあまりにも知らないからではないかと考えられる。低所得者層の生活実態を必ずしも知らない中での商品開発は難しい。今はそれを知るための学習の時間として充てられているケースが多い。そこで対象グループのことを知っているNGOの「活用」ということになるのだろうが、彼らをステークホルダーとしてビジネス開発に取り込んでいくぐらいのつもりでなければ持続可能なビジネスモデルは形成が難しいのではないだろうか。

【2012年1月26日加筆分】
ダバワラについて、最近産経新聞がウェブ版ニュースでもとり上げていたので紹介したい。
「インド人もびっくり」を、新聞記者が使うとは思わなかったな。
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コメント 2

toshi

この金属製の弁当箱、インドで買ってきました。
インドで買ってきたカレー粉を使って料理を作り
この弁当箱に入れて食べると美味しく感じます。
by toshi (2010-07-13 13:38) 

宇宙恐竜ゼットン

サンチャイ様、
はじめて書き込みさせていただきます。
> 生産者やサービス提供者側がむしろBOPに属していているケース
つまり、「ビッグイシュー」方式ということですね。
インドにはこういう取り組みはないのでしょうか?
by 宇宙恐竜ゼットン (2012-01-27 18:05) 

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