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『インパラの朝』 [読書日記]

インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日

インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日

  • 作者: 中村 安希
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/11/13
  • メディア: 単行本
内容紹介
第七回開高健ノンフィクション賞受賞作。
26歳の私は、ユーラシア・アフリカ大陸へ2年間の旅に出る。「その地域に生きる人たちの小さな声に耳を傾けること」を主題に、そして、その“小さな声”を手がかりに、生き延びる手段を模索し、世界を見つめ直していく。中国からチベットへ抜け、高僧に謁見。インドを放浪し、危険地帯といわれているパキスタンに入国。イスラム圏では、旅を続けるために戒律に従い、2度の結婚と2度の離婚を経験する。アラビア半島からアフリカ大陸へ渡り、オンボロ列車、船、バス、トラック……が壊れて、荒野へ放り出された私は、地元の乗客たちと同じ時を過ごすうちに、世界の奇妙な一面を捉え始める。ウガンダで孤児たちと生活を共にし、タンザニアで宝石堀りをし、ザンビアで密輸に加わり、ジンバブエで強盗事件に巻き込まれ …。私は、旅を続ける中で、人間社会の深い闇と確かな希望を発見していく。
インドも出てくるし、アフリカも出てくる。だから、インドのことを思い出しつつ、軽くアフリカの勉強でもしておこうかという気持ちで、コミセン図書室で借りて読み始めた。ノンフィクションとしては賞も取っている作品なのだが、読者の評価はかなり割れている。正直言うと、僕自身も読後感があまり良くない。

第1に、この著者が2年間にもわたるバッグパッキングの旅に出たのかがよくわからなかった。「その地域に生きる人たちの小さな声に耳を傾けること」――序盤ではそれだけしか書かれていなかった。著者が米国カリフォルニア大学に留学していたこと、そこには「声の大きな人」が沢山いたというのも想像はつく。でも、それがどうしてアジアから中東、アフリカへと続く西回りの旅に繋がっていったのか、それがわからずに序盤はかなり苦労した。終盤になってそれらしい記述が出てきて初めて「ああ、そういうことか」と理解した。
 貧困? それはまさに私自身が一番言おうとしていたことだ。私はアフリカに行くにあたって、1つの構想を立てていた。アフリカへ行って貧困と向き合い、現地の惨状を確認し、世界に現状を知らしめて共感を得ようと計画していた。アフリカの貧困を見極めて、貧困の撲滅を訴えて、慈愛に溢れる発想を誰かに示すはずだった。先進国の豊かな知恵を貧しい人に紹介し、不幸そうな人を探して幸福を与える夢を描いた。けれど、あてがはずれてしまった。なぜなら、予想していた貧困が思うように見つからなかったからだ。想像していたほど人々は不幸な顔をしていなかった。(pp.246-247)

第2に、上記とも関係するが、なんだか日本政府がやっていることに対する批判が随所に出てきて、たとえ匿名にしていてもおそらく旅先で著者と関わった人々は、「そういうつもりで言ったんじゃない」という反論の言葉が湧いてくるだろう。ニューデリー日本大使館で彼女に応対した領事担当の方の描かれ方とか、もし著者がそういう気持ちを持ったのなら、その場でちゃんと相手に伝えたのかと聞きたくなる内容だ。その場で異論を呈せず、後で活字メディアに批判的記述を載せるのでは、僕らブロガーがやっていることと大差がない。マラウイ湖の畔で耳にした青年海外協力隊員の大騒ぎは、後で活字にされたら協力隊事業自体を批判されていると受け止められても仕方がない内容だし、彼女がニジェールで親しくなった協力隊員の発言も、協力隊廃止論者のような人が読んだら「我が意を得たり」というのでさんざん引用されるような内容だ。事業仕分けで日本の国際協力実施機関が槍玉に上がった背景には、こんなノンフィクションがタイミングよく出版されていたというのもあったのかもしれない。でも、これだけ読んで、「だからODAは無駄ばかり」とは安易に結論付けないで欲しい。

断わっておくが、僕は著者の記述を全否定しているつもりはない。国際援助の関係者がランクルに乗ってケニアのサバンナをハイスピードでぶっ飛ばしていくシーンとか、僕もその場に居合わせたら著者と同じ印象は持ったかもしれない。著者と同じぐらいの移動速度でないと見えてこないものも沢山あるだろう。そういう目線でなされるべき協力活動は多いと思う。著者が滞在したウガンダの孤児院でのボランティアとはそういうものだろう。ただ、どちらか一方の側に立ってもう一方を不要だとか「的が外れている」とか言って批判するような話ではないと思う。

第3に、僕は著者はこの2年間のバックパッカー生活を最初から本にするつもりだったのか、或いはそうでなかったとしたら、どのような経緯で本にすることになったのか、そのあたりのことには興味がある。本書の中で、ザンビアでの経験を綴った節で、街の人々をデジカメ写真に収めていて1人の通行人と口論になったエピソードが登場する。「そもそもの問題は、先進国の人間が僕たちのようなアフリカ人を汚く貧しい人として雑誌で紹介していることだ。お金持ちの国のメディアは、アフリカ人を見世物にして、それでお金を手に入れて、あるいは寄付を募ったりして自分勝手なことばかりする。貧しい僕の写真を撮ってそれを世界にばら撒いて、人を見下して楽しんでいる」と言われ、著者はかなりむきになって反論している。しかし、結局のところ、帰国してから写真展や講演会は行なっている。ザンビアで口論していた著者には、帰国後の展開が見えていたのだろうか。著者のブログも拝見した。正直僕のブログなんか比較にならないほどよく書かれているし、それを旅の最中にもずっと更新しておられたようなので、言い方は失礼だが相当計画的に進められたご本人のキャリア形成の一環としてのこの旅だったんだろうなと思う。

最後に、インドに関して1つだけ共感した記述があったので紹介しておく。それは、コルカタのマザーハウス訪問に関するものである。著者もご多聞にもれずマザーハウスには「国際貢献をしたという動かぬ証拠を獲得し、その実績や経験を何かこれからの将来に役立てたい」という期待を持って訪ねている。そしてそこで、「館内はとても清潔で、設備や環境もよく整っており、世界中から集まったボランティアがほとんど飽和状態」(p.55)という現状を述べている。「大勢いるボランティアの中へ分け入って、それなりに社交し、ささやかな仕事を分け合って日々の時間を埋めること」への抵抗感――これはよくわかる。ボランティアをやれる場所はマザーハウスだけではないのだ。情報の偏在がこのような結果を招いており、もっと多くのボランティア機会がインド国内で発掘され、その情報が広く共有されれば、ボランティア兼ツーリストがコルカタにばかり集まる事態にはならないと思う。

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