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離任カウントダウン2 [インド心残り]

6月23日(水)の日誌―――。

1.引越貨物引き取りまで
この日は引越貨物の引き取りを13時に予定していたので、それを待っている間に幾つかの作業を自宅でした。
1)新聞・雑誌類の処分: 職場の庶務担当スタッフに手伝ってもらい、カバリ(リサイクル業者)に売った。
2)引継ぎ書の作成: 家と車は別々の駐在員に引き継ぐため、それぞれの引継ぎ書を作成した。
3)バスルームの修理: 出が悪かったシャワーのノズル交換と壊れていたトイレの蓋の交換を行なった。

これだけやって13時の運送業者の到着を待ったが、案の定来ない。30分遅れが我慢の限界で、業者に電話を入れたところ、「今着いた」と蕎麦屋の出前的応対。昨年8月に家族が帰る時にも利用した業者なのだが、その時にも堂々と遅れてきた前科があるだけに、僕もブチ切れて、「お前のところは毎回こうして遅れてくるのか」と荒れ狂った。

その担当者は「着てやったんだからいいじゃねーか」と言わんばかりのふてぶてしい態度。口では「アイム・ソーリー」と言ったが、理由は渋滞にはまったとかで、全く反省などしてない様子だった。何時にオフィスを出たのかと聞くと「12時35分」、どこにオフィスがあるのかと聞くと「ここから50km」ぐらい離れているという。その時点で13時に着こうという気がなかったことがバレバレだ。「渋滞予想して早めにオフィスを出発しろ」と僕は怒鳴り散らした。周囲を凍らせる怒鳴り方だった。こういう時の英語は不思議とスラスラと出てくる。

その業者とはさらにもう1ラウンド揉め事があった。なんとパッキング用のガムテープがあるかと聞かれたのだ。勿論持ってはいたが、そのことは伏せて僕は聞いた。「なんでプロの業者のあんた達が持って来てないのか」と。そのふてぶてしいインド人担当者は平然と言い放った。「パッキングをそちらでやると聞いたから持って来なかったのだ」と…。

このやり取りについてはこちらも相手に隙を与えたと反省している。「パッキング」といったら僕の定義は取りあえず箱に詰めるだけのことで、蓋をこちらで閉めてしまうことまでは想定していなかった。しかし、彼らにとってはそうではなかったのだ。インドで暮らした3年間の間、こうした言葉の定義をインド人相手としっかりすり合わせずに曖昧にしておいて、後で手痛いしっぺ返しに遭ったことが何度かあった。今回の一件も「パッキング」という言葉で顧客がどこまでやっておけばいいのかのイメージを事前にこの業者と共有していなかった僕自身にも問題がある。正直、離任直前の土壇場で「アッチャー」な失敗を自分がやってしまったと思ったものだ。

元々この業者は僕の飲み友達が主任駐在員をやっていることから今回も運送をお願いしたものなのだが、今回は直前になってこの日本人の飲み友達が急遽日本に出張することになったため、インド人スタッフが対応することになったものだ。出張の連絡を受けた時、即座に「13時集荷は守られないだろう」という予感がしたが、遅れて来るのを回避するために朝から担当者に電話攻撃をかけるといったトラブル予防策を取らなかったのは僕の失敗だったと思う。

2.職場の日本人スタッフによる歓送迎会
幸い集荷作業だけなら15分程度で終わり、僕は14時30分には出勤することができた。それから約4時間は残務処理とマイカーと運転手に関する後任への引継ぎの作業を行ない、夜は職場の日本人スタッフの主催で歓送迎会を開いていただいた。

会場は幹事さんに我儘を言い、ニューフレンズ・コロニー地区のインド料理レストラン『ダワット・カナ(Dawat Khana)』にしていただいた。僕が2007年7月に赴任してきた最初の出勤日の夜に、「ハッピーアワー」と称して当時の支社長や管理職の方に連れて来てもらったのがこのお店で、オフィスがこの地区にあった間はかなり頻繁に飲食で使わせていただいてきた。今はオフィスが移転して縁遠くなってしまった地区であったので、「最後の飲み会は始まりの場所で」というのをずっと前から考えていた。

久し振りの『ダワット・カナ』は昔と同じ店員が多く残っており、味もあまり変わらず美味しかった。初日の夜に飲ませていただいたインド産ワイン『スラ(Sura)』も飲ませていただいた。とてもいい思い出となりました。
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