偶然の再会

インド離任が決まった時、離任前に最後に訪問したいと考えたのはマハラシュトラ州プネであった。

International Longevity Centre（ILC）のゴカレ博士とSevadham Trustのゴレ博士にちゃんとご挨拶しておきたかったし、最後の悪あがきで観光するならプネとムンバイを結ぶハイウェイ上に位置するロナヴァラに行きたかった。今度の異動でひょっとしたらここ1年近い間業務多忙で頓挫しかかっていたアジアの人口高齢化研究を立て直していける可能性が強いだけに、取り分けゴカレ博士にはちゃんとご挨拶して今後の交流もお願いしておいた方が良いとも思った。

最初は休暇も入れて12日（土）～18日（金）のかなり長めの休暇日程を考えていた。ところが、本社から僕が担当してきた案件について僕の離任前に出張者が派遣されてくることになった。僕の方からは、17、18日で仕事してもらえるよう出張日程を組んで下さいとお願いしていたのだが、今朝（7日）になってこの出張者が15日（火）にはデリーに到着するフライトで日程を組んでいると本社から聞かされ、このため僕もそれに合わせて15日（火）夜にはプネからデリーに戻ってくる必要が生じてしまった。

元々14、15日は日本のNGOが支援しているプネ郊外の村落を訪問させていただく予定を入れ、その後両博士を表敬する日程を考えていたため、15日夜プネを出発してしまう日程ではお二人に会えなくなる。このため、プネ入りを1日早めて11日（金）夕方とし、土曜日の日中をフルに使ってお二人をご自宅に訪問する日程を組めないかと考え、お二人の事務所に連絡を入れた。

ゴレ博士の自宅訪問はアポがすぐ取れたが、ゴカレ博士に関してはILC事務局に電話したところ、ゴカレ博士がたまたま今日はデリーに来られており、明日（8日）プネに帰る予定だと聞かされた。社会正義エンパワーメント省で行なわれた会議に出席しているのだという。携帯の番号を聞いたので、夕方さっそく博士に電話を入れてみた。「なんだったら今晩食事しようよ」――そんなお誘いを受けた。

外勤の仕事が予定通り進まず、いったんオフィスに戻ったら時計は既に20時を回っていたが、それでも宿泊先のIndia International Centre（IIC）に行ってみると、そこにはもう1人懐かしい人もいた。ケララ州トリバンドラムにあるCentre of Gerontological Studies（CGS）のナヤール所長だった。2009年2月に行なわれた「超高齢者の健康と介護に関する国際専門家会議」の主催者である。

ゴカレ博士と会うのは通算4回目で、既に十分僕自身を覚えていてもらっているものの、ナヤール博士の方は会議の席上での反応はイマイチだったし、その後のやり取りのなさからも、彼にとって僕は存在感が希薄だったのだろうと思わざるを得なかった。ナヤール博士も、最初は僕が誰かすぐにわからなかったようだが、途中でようやく気付いてもらえた。ああ、あの会議で発表をやってくれたあの日本人かと…。

ゴカレ博士とは離任前にプネを訪ねてなんとかお目にかかる時間を作ろうと思っていたわけだが、ナヤール博士についても僕が今後ケララ州で調査を行なう場合には貴重な人脈になる筈だった。しかし、離任前にどうしてもトリバンドラムまで行っている時間が作れず、結局お目にかかることなく離任を余儀なくされるのではないかと半ばあきらめていたところだった。それがデリーで偶然の再会。一石二鳥でありがたかった。

IICでお二人とおち合ったのは21時少し前だったが、その後3人で軽い夕食を取りながら、情報交換をさせていただいた。お二人が揃って参加していた社会正義エンパワーメント省での会議というのは7名の委員（委員長はゴカレ博士）から成る超高齢者のケアに関する諮問委員会のようなものだったらしい。そして、目下のインドにおける高齢者研究の未開拓領域として、「高齢化とスピリチュアリティ」「高齢化に伴う認知症（dementia）」「若年世代と高齢者世代の交流の場づくり」等が挙げられるのだと仰っていた。

「日本は超高齢者向け施策としては他国に比して非常によくやっている」――ゴカレ博士もナヤール博士もそう仰っていた。日本人の僕としては本当にそうなのか自信が持てないところは正直言ってあるものの、そう言って下さるのは励みになるし、こういう方々とちゃんと交流を続けて日本のどういう点が評価されているのかをちゃんと知り、過大評価（或いは過小評価）されている部分は適宜修正し、日本の経験を正しく知ってもらうことが、今後の僕の活動において重要になってくるのではないかと考えている。今日のこの偶然の再会も、そういうメッセージが込められていたのではないかとすら思えるのだ。