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『ブルー・セーター』 [読書日記]

ブルー・セーター――引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語

ブルー・セーター――引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語

  • 作者: ジャクリーン ノヴォグラッツ
  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2010/02/02
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
この世界は哀しく、そして美しい。―貧困の現実と人間の真実をめぐる女性起業家の奮闘記。世界が注目する社会起業家、非営利ベンチャーキャピタルアキュメン・ファンドCEO渾身の力作、待望の邦訳。
先ず、この400頁強にもなるボリュームのハードカバーで、これだけのスラスラ読める翻訳をした北村陽子さんという翻訳者に1票を投じたいと思う。英語を日本語に翻訳し、読みやすい日本語に組み直していく作業がかなりの困難を伴うことは、僕自身がこの3年間このブログでさんざんやってきたことだからよくわかる。欧米の出版物を翻訳した場合、翻訳の稚拙さのせいでゴツゴツつかえて読むペースが上がらず途中で挫折したという経験も僕は何度かしているが、これだけスラスラ読める訳文を見たのは本当に久し振りのような気がする(訳本読んだの自体も久々だが(笑))。但し、「institution」は僕なら「機関」じゃなく「組織・制度」と訳すけど…。

読みやすいからこの類の本にしては非常に速いペースで読了した。面白かったことも勿論あるし、インドと関連した記述も後半頻出しているので興味もあった。僕がアキュメン・ファンド(Acumen Fund)のことを知ったのは3年前の2007年5月のことで、プラネットファイナンス・ジャパンが東京で「マイクロファイナンス・シンポジウム」というのを開催した際にお手伝いをさせてもらい、インドのドリスティ(Drishtee)の事例紹介をして下さる方の招聘を手掛けた際のことで、ドリスティから関係者を呼ぶのかと思っていたら、挙がって来た候補者がニューヨークのアキュメン・ファンドのフェローだったので当惑してしまった。当時は当然ながらアキュメン・ファンドのことをちゃんと知らなかったので、何でアキュメン・ファンドドリスティになり替わってドリスティの取組みを紹介できるのかよく理解できなかったのだ。それに、僕はドリスティについてはインドで働きたいと思い始めた最も初期の頃から名前を知り、活動内容をウェブで調べていた。

アキュメン・ファンドとは何かという疑問には、著者による次の記述が最も的確に述べられているように思う。
 世界には新しいタイプの機関が必要なんです、と私は言った。フィランソロピーの最良の教訓と戒めの上に築かれ、同時に、ビジネスのアプローチとコンセプトを生かす機関。社会志向を持つ企業が伸びているのを見ていた私は、ビジネスでもフィランソロピーでも深層の変化が進行しているのを感じていた。(中略)
 違うタイプの”基金(ファンド)”のことで頭がいっぱいだった私は、息もつかずに話した。その基金は、フィランソロピーの資金を集め、非営利団体にも営利団体にも資金提供なり投資なりをする柔軟性を持っています。貧困層にとってきわめて重要なサービスを提供する企業に託して、低所得層が確実に解決の一端を担えるようにします。あらゆるレベルにいっそうの透明性と説明責任を確立し、貧困層を、黙って施しを受ける相手ではなく、ほんとうの声を持った顧客として扱うんです。
 「いまあるいろいろな財団の仕事とどのくらい違うんだ」とゴードンは訊いた。
 「最大の違いは」私は言った。「単に資金援助をおこなうのではなく、市場的発想と手法で地元の問題に取り組む能力とビジョンを持った起業家に投資することです。予算を作るだけでなく、財務諸表を読む力のある、創造的な人間を雇います。特定の”プロジェクト”に取り組む代わりに、投資先を強力な組織にしていくことに力を注ぎます。そして徐々に財政的に持続可能な、安定した状態になるのを支援します」
 フィランソロピー部門はすでに変わりつつあった――”フィランソロピー”という言葉自体が時代遅れの響きを持つようになっていた。民間部門とフィランソロピーの境目もすでにぼやけはじめていた。事前に近い使命を事業の中に統合する企業が増える一方、ビジネスライクになる非営利団体も多く、また第二の人生として社会還元を追求する人も増えていた。(pp.306-307)
ここを読めば、ドリスティの事業説明をなぜNYに拠点があるアキュメン・ファンドのフェローができるのかというのもかなり理解できるだろう。要は投資して資金を投入するだけではなく、一緒に組織と実施体制を構築・強化していきましょうという姿勢を明確に示しているのだ。従って、当事者なのだから彼らは現場で起きていることもよく知っているし、基金に対して資金拠出をしてくれている顧客に説明責任を果たすという意味でもそれが必須だということになる。

その上で、本書で紹介されているアキュメン・ファンドのインドでの出資先の事例は4つあった。

1つ目は、そもそもがアキュメン・ファンド自体の出資先第1号だったアラビンド眼科病院(Aravind Eye Hospital)。タミルナドゥ州マドゥライに拠点を置くこの病院については、C.K.プラハラード著『ネクスト・マーケット』(Fortune at the Bottom of the Pyramid)でも紹介されているので、この本が出た当初から知っていた。
⇒アラビンド眼科病院のウェブサイトはこちらから。
 http://www.aravind.org/

2つ目が前述のドリスティ(Drishtee)ドリスティのことは、テレセンターについて初めて耳にした2000年末頃には知っていた。インドに来てからも、香港の若手投資家グループが3週間ほどの現地調査を経てデリー郊外でのルーラルBPO構想について投資家向け説明会を開いた時、そのオペレーションに先駆者として参加予定としてドリスティから来られていた方が得意顔で発言されていたのが印象に残っている。先駆者が加わることで投資家に安心感を与えようという考え方なのだろう。今から思うと、香港の若手グループがやろうとしていたことそのものがアキュメン・ファンドのアジア版だったのではないかという気がする。最近日本では官民あげてBOP向けビジネス開発で躍起になっているような印象を受けるが、1社でビジネス開拓するよりも、こういうところに出資して技術提供するというようなアプローチがあってもいいのではないかと思う。
⇒ドリスティのウェブサイトはこちらから。
 http://www.drishtee.com/cms/

3つ目はIDEI(International Development Enterprises(India))a>。IDEIのことは、南部タミルナドゥ州の沿岸漁村でエコサントイレ(廉価で清潔なトイレ)の普及を試みておられる日本の大学の先生から話を聞いた。元々トイレで用をたす習慣がなかったインドの農民に大規模にトイレを普及させるのに成功されている団体だという。その大学の先生はIDEIとなんとか連携できないものかと考えてデリーに上がって来られていた。既に成功のフォーミュラを持っておられる団体と組むのは良いことだと思うが、それで日本の技術ノウハウを持ち込んだ協力と言えるのかというのは少し疑問だった。本書では、「ドリップ灌漑」の先駆者として登場している。 
⇒IDEIのウェブサイトはこちらから。
 http://www.ide-india.org/

最後はウォータヘルス・インターナショナル(WaterHealth International)。カリフォルニア州アーバインに拠点を置く企業だが、その経営陣の多くはインド人であり、インド国内ではアンドラプラデシュ州ハイデラバードの郊外に支部を持っている。僕にとっては初めて耳にする企業名だったが、ウェブサイトを見るとウォーターヘルス・センターとかウォーターストアとかいった、水を大量に浄化して商業ベースで販売するような仕組みなのかなという印象だ。ハイデラバード辺りを拠点にしているとガンジス川流域で起きている地下水砒素汚染問題に対してどの程度貢献できるのかはよくわからないが、僕にもう少し残り時間があったら、そういう話を聞きに行ってみてもいいなと思った。勿論、ウッタルプラデシュ州やビハール州辺りの農民は購買力が低いので、水の入った15リットル容器に対してアンドラプラデシュ州で行なわれているほどの価格は付けられないかもしれないが…。
⇒WHIのウェブサイトはこちらから。
 http://www.waterhealth.com/

さて、さんざん褒めちぎった本に対して少しぐらいは皮肉も言っておこう。以前山口絵里子さんのマザーハウスの話が書かれた『裸でも生きる』を読んだ時にも正直感じたのだが、本書の著者にしても、若かった頃はナイーブで引っ込み思案で、泣いてばかりいた、圧倒的な貧困の前で、なすすべもなく立ちつくし、自分の無力を痛感した、そんな記述がすごく鼻に付いた。失敗に失敗を重ねて教訓を得て今に至っているので、当たらずしも遠からじだったのだろうと想像はするが、多分誰でも自分達のようになれる、自分たちだっても昔はこんなだったと強調したかったのだろうが、ちょっと極端過ぎる描き方ではないかと思う。ひねくれた見方であることは重々承知している。

それに、46歳の僕が読むと、もはやこの時点で彼女達のような生き方をこれからするなんてとうてい無理だろうなと諦めの境地に陥ってしまったというのも事実。僕らぐらいの年齢から一大転身を遂げて世界を大きく変える仕事をしている人も中にはいるが、そういう人は僕と違って凡人ではない。

最後に、本書の中で最も好きな記述を引用してこの長い紹介記事を締めくくりたい。
 ヴェンカタスワミ医師とジョン・ガードナーはすでに世を去ったが、2人とも、死後もずっと続く遺産を残した。変化を求める2人のビジョンは、自分自身のエゴにではなく、何百万人ものエネルギーを引き出して世界に貢献することにもとづいていた。それによって偉大な2人は、目的、意義、幸福を深く抱いていた。次の世代やさらにその次の世代を見るとき、私達より前に来てこうした知恵を授けてくれた世代を振り返ることは、私たちみなにとって大切だと思う。
 人々のためのビジョンを築き、いかなるリーダーも1人ではそれを実現できないと自覚すること。
 これが、だれでも参加できる未来を築くための私たちの課題だ。そうなったとき、人類に恩恵をもたらす発明家、学者、教訓、アーティスト、起業家を思い描いてほしい。私たち一人ひとりにとって最初のステップは、自分の道徳的想像力、つまり他の人の立場に身を置く能力を伸ばすこと。とてもシンプルに聞こえるが、おそらく最も難しいことだろう。(pp.399-400)

*アキュメン・ファンドのウェブサイトはこちらから。  http://www.acumenfund.org/
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