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途上国ニッポンの知恵 [読書日記]

Crossroad.jpg月刊クロスロード2010増刊号
途上国ニッポンの知恵-戦後日本の生活改善運動に学ぶ-
平成22年3月18日発刊
国際協力機構青年海外協力隊事務局

3月末、子供達を引率して「なごや地球ひろば」を訪れた際、昼食を食べた「カフェ・クロスロード」内のマガジンラックに「月刊クロスロード」の増刊号がいっぱい置いてあった。タイトルを見て面白そうだなと思い1冊いただいてきたのだが、読んでいて引き込まれ、約100頁の冊子を結構なスピードで読み切ってしまった。

1年半ほど前、僕は「国づくり、陰で支えた「生改さん」」という記事をこのブログに掲載し、当時見たマルチメディア教材とかJICA(国際協力機構)が発行している報告書とかをまとめて紹介したことがある。昭和23年に制度化され、翌24年(1949年)から日本全国の農村地域で活躍した「生活改良普及員」、通称「生改さん」の活動が主に紹介されており、昔の日本が農村生活を改善するために公共心溢れる良家の女性が「生改さん」としてどのような経験をしたのかが語られていた。本日紹介する冊子も、1950年代から60年代にかけて進められた生活改善運動の模様が描かれているが、そこでの主役は生改さんと、そしてそれ以上に重要なのが農村の女性たち、そして彼女たちを取り巻く亭主や姑たちの理解と参加であったことがわかる。

この冊子はこれまで青年海外協力隊の機関誌だった「月刊クロスロード」で長く連載されていた記事を纏めたもので、この時期に増刊号として纏められたのは、4月から始まった今年の青年海外協力隊の春募集と密接に関係している。日本に帰っている間、新聞・雑誌や電車の中吊り広告でやたらと見かけたのがこの青年海外協力隊募集であるが、これの募集説明会の会場に行ってこの冊子でも目にするなら、「自分もやってみようかな」ときっと思うに違いない。生改さんは元々特別な技能があって開発ワーカーになったわけではない。今の途上国で村落普及のような活動を行なうには、それほどの技能は必要ない。そういう人が昔の日本でこれだけの働きをしてきたという事実は、今の若い人々を力づけるだろう。

この冊子には含蓄のある言葉が幾つも含まれている。幾つか例を挙げてみよう。
 今日途上国で働いている開発ワーカーたちも、貧しい人々が少しでも豊かな、安心した生活を送れるようになることを願って活動している。日本の戦後の経験が教えるのは、結局は当事者が自分たちの社会の状況に合わせて、時間をかけてよそ者の介入を土着化することによってしか、社会は変化しないのだ、ということなのである。(p.82)

 途上国の貧困問題を理解するためには、ほんの50年前の日本についての知識を確かにしておく必要があるのかもしれない。(p.83)

 貧困脱却だの収入向上だのと短期間での成果を急ぐあまり、わたしたちは持ち込んだ技術にあわせて相手の生活を変えようとしてはいないだろうか。生活のための技術を見つけ、生かすという視点は、今、多くの国で、自らの専門性や技術の先進性に悩む協力隊員にとって、重要な姿勢の転換をうながす鍵かもしれない。(p.86)

 日本の農村で展開された生活改善では、グループ活動を行ったことが人生の宝だと胸を張る女性たちが全国各地で数多く生まれた。現地の人々が将来的に「充実した毎日」を得るための援助が、わたしたちにはできているのだろうか。(p.89)

 一般に、開発プロジェクトは対象国(地域)に「ないもの」を持ち込むか、それが不足している場合は補充することにより、目標を達成しようとする。(中略)「ないもの」導入型の開発は、どうしてもモノとカネが中心になる。すると、それらの切れ目が開発の切れ目となり、プロジェクトに終結が訪れる。従って、開発効果の持続性はもともと望み薄である。
 (中略)
 これに対して、日本の農村生活改善の経験に基づいて組み立てられたカイゼン(改善、KAIZEN)のアプローチでは、すでに「あるもの」のいずれかを出発点として開発に着手する。人が生活している限り、カイゼンの糸口になる何かが必ずある。従って、「だれでも、いつでも、どこでも、なにからでも」カイゼン型の開発に取り組める。
 (中略)
 カイゼン型開発の中心は、カイゼンを実践する人間にある。実践を通して、(生産を含む広義の)生活のみならず、人間主体そのものがカイゼンされる。だから、カイゼンは人間開発を目指している。(p.97)
これを梃子に多くの若者の協力隊応募を狙っているJICAの意図はわからないでもないが、こんなに面白い冊子をタダで配布するというのはどうなのかなという気もする。なんかものすごく貴重な情報資産だと思うのだが…。

さらに読み進めて興味深かった点、気になった点を少しだけ加筆する。

第1に、こうして生改さんとして活躍した女性たちが、今も生活改善に取り組んでいるという話。生活改善がただ単に経済的な貧困をなくす集団としてではなく、いつの時代、どんな世代にも必要な「生き方、暮らし方を考え、学ぶ営み」として実践されているということだ。生改さんの中にはその後国際協力の分野で活躍された方もいらっしゃるが、それだけではなく、今でも地域の中で生き生きと暮らしていくための改善に取り組んでおられる方も多いという。

第2に、こうして1冊全てを読み切ってみると、どの頁も人間の営みに溢れている。上で述べた引用の中に「人間開発」とあるが、まさに人間を中心に据えた開発である。よそ者の僕達がどのように村人と関わったら、人はどのように変わっていくのか、そしてその意識変革・行動変革を見つつ、僕ら自身はどのように変わっていくのか、生活改善の取組みは、こうしたダイナミズムに溢れていて、一人ひとりの顔が意識しやすい。「人間嫌い」を自称する僕が言うのもなんだが、そこに魅力を感じる。

最後に、こうした生活改善運動の取組みについてはよくわかったが、これを時系列で並べて、誰がどのような考えの下で導入推進を進めていったのか、日本国内でどこが活発に応じていったのか、誰が積極的に推進したのか、その時々の運動の目玉がどのように推移していったのか、といった点について、整理して概観できる記述があるともっとわかりやすかった。一つ一つの取組みは魅力的だが、それではどうやってこの運動が広がり、そして役割を終えていったのかといったプロセスがないと、それではこの日本の経験をインドでどのように売ったらいいのか、具体的なシナリオが描きづらいように思えた。
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