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MISHOPスタディツアーのアグラ訪問 [インド]

昨日既報の通り、3月17、18日の両日、(財)三鷹国際交流協会(MISHOP)スタディツアーの会の一行は、アグラを訪問した。スタディツアー自体は先週コルカタから入国し、西ベンガル州シャンティニケタンでの学生交流やサンタル族の村訪問等を行い、コルカタ、バラナシでの観光を経て、17日にアグラ入りしたものだ。この後はデリー観光を挟んでラジャスタン州アルワールでの学生交流を行い、再びデリーに戻って解散し、直帰組は22日に帰国の途につく。

アグラでは、1日目午後にギリッシュ・グプタ博士が事務局長を務めるRespect Age International(RAI)のビル(Respect Age Bhawan)を訪ね、2日目は朝タージ・マハル観光、JALMA(アジア救らい協会)研究所見学、昼食後にアグラ城観光を行い、夜の列車でデリーに移動するという日程だった。従い、観光はともかくとしても僕がアレンジに関わった目玉はRespect Age Bhawan訪問とJALMA訪問なので、今回はこの2つに絞って報告したい。

1.Respect Age Bhawan
今回のスタディツアー13人の構成は、5人がシニア市民、7人が学生、1人が学生に近い社会人だった。僕は元々日印のシニア市民間で交流機会ができないものかとかなり以前から考えていたので、ちょうどいい機会だとRAI訪問日程を加えることを考えた。しかも、RAIの活動の主眼はシニア市民と現役世代や次世代の子供達との交流機会を設けていくことで高齢者に対する若い世代の人々の意識を変えていこうとしており、その点では日本から来た若い人達にもRAIの取組みを見てもらうことは意味あることだと考えた。

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Respect Age Bhawanでは、2月18日から3月18日までの日程で、北インドの周辺3、4州の老人ホーム、介護施設等で働くソーシャルワーカーを対象とした研修コースを開講している。この建物は2階が宿泊棟になっているため、遠方から来た参加者はここで寝泊まりして研修受講する。社会正義エンパワーメント省の予算で、国立社会保護研究所(National Institute of Social Defence)が実施する1ヵ月の老人医療・介護基礎研修の、北インドでの実施を請け負っているのがRAIだ。参加していたソーシャルワーカーはスタディツアーの学生さんと世代的には殆ど同じだ。

プログラムは先ず、研修コースのモデレーターであるナイドゥさんからRAIの事業説明があり、質疑応答を経て、最後はシタール演奏による歌や踊りで盛り上がって終えるというもの。RAIの活動についてまともに説明を聞いたのは僕自身も初めてで、知らなかったことが幾つかあった。

例えば、現役世代による老人認知(adoption)をRAIも導入しようとされているということ。僕はHelpAge International(HAI)の「Adopt-A-Gran(AAG)」でどこの誰かは知らないが2人のお年寄りのスポンサーになっているので、プログラムの趣旨には賛同するものの、AAGはどこの州のどの地域のお年寄りのスポンサーに自分がなりたいかをイヤマークできない仕組みになっており、結局金は出しても自分に何の恩恵もないというプログラムだなと痛感している。しかし、RAIの老人認知プログラムは、地域的にかなり狭いエリアに限定されていて受益者とスポンサーが特定しやすいという特性があるからだと思うが、1対1でのマッチメークを想定して自分が誰を支援しているのかが見える仕組みにしていくのだという。

ただ、僕はこのテーマについては関心も知識も多少はあるので聞いていて面白かったのだが、そういう問題意識で参加されていたわけではないツアー参加者もいらっしゃったからなのか、質問はあまり出ず、場を持たせるために引率のコーディネーターの方と僕がかなり質問をし続けるという形になってしまったのは残念。三鷹といえばシニアSOHOもあるし、地域包括支援センターもあるし、小中学校の総合学習でシニア市民の方々が講師として参加されているという事例もあるので、うまく三鷹の取組みをプレゼンできたら、受け入れたRAIや研修参加者の方々にも学ぶものがあったに違いない。

HT.jpgさすがはグプタ博士のネットワークだと思ったのは、アグラで最高齢のお年寄りが来られていたことだ。数えで99歳だという。僕が自己紹介でうちの祖母は99歳まで生きたと述べたところ会場から拍手が起きたぐらいだから、生活が厳しいウッタルプラデシュ州で99歳まで生き、かつ杖をつきながらもちゃんと自分で歩いておられたムスリムのお爺ちゃんには驚かされた。僕のヒンディー語では全く理解できなかったが(まあ、お年寄りに対する場合は、内容を理解することよりも、聞いていますよという姿勢をちゃんと示すことが大事なのだが)、隣りに座っていろいろお話を聞くことができた。

さて、このRespect Age Bhawan訪問については、翌18日付のHindustan Times紙のアグラ市版に記事が掲載されていた(右図、クリックすると拡大表示されます)。

余談ながら、昨年6月に故郷・岐阜県池田町で活動報告をやらせていただいた際、主催者の「美濃池田国際交流を考える会」の方から、端切れを使って作られた手工芸品を託されました。インドで機会があったら誰かに贈呈して欲しいと言われていました。どこで贈呈したらいいのかと考えた場合、やっぱりアグラかなと考え、この交流行事の後でRAIのグプタ事務局長に贈呈してきたので報告しておきます。Respect Age Bhawanでは高齢女性の所得向上に向けた技能向上研修も行なわれているので、売れる手工芸品の一種のサンプルとして、活用していただけるのではないかと期待しています。

2.JALMA訪問
18日に訪問したJALMAでは、マルヴィヤ副所長の簡単なご挨拶と、Ph.D課程の研究者であるプラシャーントさんによる施設案内、宮崎博士の慰霊碑と西占博士のお墓への献花の他に、JALMAとインドにおけるハンセン病の歴史、それに日本でのハンセン病の歴史について、僕自身が説明を行なった。特に僕は2009年1月に初めてJALMAを訪問して以降、1年間ぐらいの間にハンセン病について相当情報収集をしてきたので、それを日本語で説明するのはわけないことであった。

ツアー一行の中には、タージ・マハル訪問時に、東門へのアクセス道路が「Dr. Matsuki Miyazaki Marg(宮崎松記博士通り)」と呼ばれているのに気付いた方もいらっしゃった。なぜ日本人の名前がついた道路がここにあるのか、それを1960年代の那須元大使や宮崎博士、70年代の西占博士のご尽力に関する紹介も含めてアグラを訪れる日本人観光客には是非知ってもらいたいと思っていた。そして、それを通じて、日本が国内でのハンセン病患者と回復者に対して行なった完全隔離政策の不適切性、それによって強固になってしまった「心の壁」の問題について、特にそれをあまり知らずに20年あまりを過ごしてきた日本の学生さん達に少しでも知っていて欲しいと思った。

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JALMAについては、デリーの旅行代理店の方にも、ことあるごとに、「訪問自体は難しくても、日本人観光客を引率してタージ・マハルを訪れるようなツアーがあれば、ガイドさんにひと言ぐらい紹介してもらって下さい」とお願いしているところである。

3.反省点
さて、アレンジした側の思惑通りにツアー参加者の方々がお感じになられたのかどうかはよくわからない。反省すべき点は前回の記事でも述べているが、上でご紹介した2ヵ所の訪問に関して言えば、特に以下の点は強調しておきたい。

第1に、早めに訪問先を明確にしてツアー参加者に伝え、ツアー出発前に勉強会等を企画して予習をしておいていただくようお願いするべきだった。これについては、もし来年以降にインドツアーが企画されるようなら、僕はおそらくインド駐在員生活を終えて三鷹に戻っているのではないかと思うので、訪問先との連絡調整も含め、勉強会での説明係をやらせていただくのもやぶさかではない。

第2に、ツアー参加者はある程度は英語がわかると事前には聞かされていたが、やはり特定課題について突っ込んだ説明を現地で聞いて質問をせねばならないという状況を考えると、このような場所を訪問する際にはガイドの配置は必須だと思う。今回は部分的には僕も逐次通訳のお手伝いをしたけれど、日本語のわからない方々と市民交流を行なうなら、僕のような者が現地で同行でもしない限りは間に通訳をかませた方が交流はスムーズにいく。

第3に、ツアー参加者のニーズを事前に掴んでおくこと。アグラに行ったら観光したいと考える方がいらっしゃるのは当たり前であり、そこに交流行事をくっつけても、冗長過ぎると飽きもするだろう。ことアグラに関する限り、観光3、交流1ぐらいの比率で考えておかないと、参加者の多くの方には欲求不満が残る訪問になってしまう。

第4に、現地とのコミュニケーション。前回も書いたけれど、今回はギリッシュ・グプタ博士とのコミュニケーションの難しさを痛感させられた。今回は初めてのアレンジだったので手探り状態であったが、特に上記3のポイントを教訓として、今後アグラ訪問をアレンジするなら、最初から2日間の使い方の大枠をこちらからグプタ博士に示し、その中でどこは誰が受入準備をやるのか、責任分担を明確にしておくのがよいと思う。

そんな反省はあったものの、全体としては僕は満足している。これで自分が三鷹に戻る足掛かりもできたと思う。
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