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『閉鎖病棟』 [帚木蓬生]

閉鎖病棟 (新潮文庫)

閉鎖病棟 (新潮文庫)

  • 作者: 帚木 蓬生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件だった…。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?その理由を知る者たちは―。現役精神科医の作者が、病院の内部を患者の視点から描く。淡々としつつ優しさに溢れる語り口、感涙を誘う結末が絶賛を浴びた。山本周五郎賞受賞作。
仕事がひと段落して、最初の読書はやはり小説を読むことにした。少し前にブログでこの帚木作品を紹介しておられた方がいて、僕もいずれ読もうと思って日本から買って持ってきていたけれど、いかついタイトルとその装丁になかなか手が出せず、半年以上放ったらかしにしていた作品だ。

医療小説といってもいろいろあるが、帚木蓬生さんや南木佳士さんの作品は風景を上手く描いていて優しい雰囲気の作品が多いように思う。また、登場人物の心の動きを丁寧に追っていて、しかも著者の優しい視線が常に感じられる。それはたとえ本書に登場する極悪人患者・重宗に対してでも、100%悪役で描かれているわけではないという印象を受けた。激しさが表に現れた文章ではなく、読んでいてこちらも心が落ち着く。そんな気がする。

昔僕らが子供の頃、故郷には精神病院というのが1ヵ所あり、変な行為を行うと「〇〇〇(病院名)に行ってこい」と言って相手を小馬鹿にするのが一種の常套句だった。そこには得体の知れない患者が沢山収容されていて、一度入院すると病院とのお付き合いは一生ものだという勝手な思い込みをしていたものだ。その病院は街道筋にあったが、その病院入口の看板の前を車で通り過ぎる度に身構えた。病院どころか、その病院が立地する地元地域全体に対しても、ややもすると好奇の眼を向けていたことに今さらながら気付かされる。「精神科の患者=危険」という勝手な思い込みがあった。

今から思うとこんなアホらしいことを、当時は本気で考えていた。それが僕には恥ずかしい。作品を通じて感じられる著者の優しい視線は、世間的に見たら精神病を患っていて時折問題となる言動が見られるような人であっても根本の部分では病院の外でふつうに暮らしている人以上の純粋さ、優しさ、他者への気遣いというものを持っているということを教えてくれる。ややもすると、外で暮らしていて病院を忌避して入院患者の見舞いにも訪れない家族や親戚の方がまともな心を持っていないとすら感じられる。

その一歩手前ぐらいまでに精神的に追い込まれたことは一度や二度の話ではない。そこに至るまでの経緯というものがあり、それを「精神分裂」とか「精神薄弱」という言葉で断定的に書かれるのには納得がいかない気がする。本書でも週1回診療を行う精神科医が登場するが、片やこうした断定的な物言いで患者の人格を全く認めず、多くの患者が心を開いて診察に臨めなかった前任の精神科医に対し、後任で来た新しい精神科医は患者に対して「あなたはどう考えるのか」という問いを投げかける。患者を中心に考え、そして患者の理解に努めている様子が窺える。そして、この担当医の交代によって、ドラマは大きく展開していく。

文庫本の解説に逢坂剛さんが寄稿しているが、この本を読んで僕が感じたことをそのままズバリの言葉で解説されているのが印象的だった。
 この本を読んだ読者は、精神科の患者たちがしばしばわたしたち以上に、純粋でまともな心の持ち主であることを知り、愕然とするに違いない。むしろ、異常なのは自分たちの方であって、もしかすると彼らの方が実は正常なのではないか、という気さえするだろう。逆にそのような不安を、たとえ一瞬でも感じない人がいるとすれば、むしろわたしは不安を覚える。
(中略)
 ここに出て来る人びとは、わたしたちであり、あなたがたなのである。《閉鎖病棟》という言葉は、ある特定の病院を指しているわけではむろんなく、管理化されたわたしたちの社会全体を象徴している。(pp.359-360)
もう1つ、わざわざ逢坂さんの解説から引用したいのは、本編の中から「この作品の眼目」が集約されているとして唯一引用している次のくだりである。実は僕も本編を読んでいて最も印象に残ったセリフがこれだった。
「患者はもう、どんな人間にもなれない。だれそれは何々、だれそれは何々……という具合に、かつてはみんなは何かであったのだ。……それが病院に入れられたとたん、患者という別の次元の人間になってしまう。そこではもう以前の職業も人柄も好みも、一切合財が問われない。骸骨と同じだ。チュウさんは、自分たちが骸骨でないことをみんなに知ってもらいたかった。患者でありながら患者以外のものになれることを訴えたかった。(pp.360-361)
患者であっても1人の人間だ。個々の人間として受け入れられることの重要性を改めて感じさせられる作品だった。
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